思い出は未来の中に #カップリング #ダイヤの #雅鳴
「思い出は未来の中に」 塩野肘木
「なぁ、いいのか」
教室で、寮で。出会う人が野球部員、それも三年であれば必ずそう、投げかけられた。
「何がだ」
「何がって……その、負けちゃったみたいじゃねぇか、鵜久森によ」
「あぁ、聞いた」
「反応薄」
反応も何も、引退とはそういうことでは、という提案はあまりに棘がある。
だが、もうすでに稲城実業野球部、という名詞で飾られる機会が減り、北海道を本拠地とする球団の所属として扱われることが増えるにつれて、自分が属しているというよりは、古巣のような感覚で、グラウンドを忙しなく駆け回り、白球を追いかける後輩たちを見てしまっている。
というのは建前半分、本音半分で、あれほどの大舞台を共にし、対外的にはバッテリーという名前だけが付けられている鳴と関わる機会が必然的に減ったことで、今更何を言えばいいのかわからない、というのがもう半分の本音だ。
あれだけ近くに居たのに、数か月で鳴は相棒から、樹の相棒となった。そんなことは当たり前のことで、小学校の頃からずっとバッテリーというものは投手が挿げ替えられ、捕手が挿げ替えられる、唯の名詞以上の役割を持たないはずだった。
そのはずがなぜか、認めたくないどころか目を向けたくない感情の塊にすり替わっているような気がして、それがまた、鳴のところから足が遠ざけているのだろう。
そんな俺の浅ましさを知ってか知らずが、自分のやりたいように他人を巻き込む、それが成宮鳴だということを忘れていた。
「まー」
聞き覚えのある声を耳がとらえ、思わず身を竦めてしまった。
「ささん……ってそんな反応?」
「うるせぇ」
「テレなくていいよ」
からかうときの笑い方で背中を軽く叩いてくる鳴を、数か月前と同じような感覚で頭を小突く。
小突かれた辺りの髪の毛を直す鳴が少し影のある表情をしたものだから、強く小突きすぎたかと心配になる。
「まー、さ、さん」
妙に間延びした口調で呼びかけてくる。心配になって声をかけようと顔を覗き込もうとしたその鼻先をつままれた。
「今日、夜にさ、軽くキャッチボールしよ」
「ダメだ」
まさか断られるとは思わなかった、と表情が語りかけてくる。
「樹とすればいいだろ」
「そうじゃなくて」
「今のお前の捕手は樹だろ、練習なら樹としろ」
「話聞いて」
「俺としても意味が無い」
「雅さん」
諭すように名前を呼ばれて我に返った。
特別機嫌を損ねた様子もなく、そんじゃまたね、と宣う。以前の鳴ならば、やかましく突っかかってきただろうに。それを成長と呼んで良いものなのかはわからない。ただ自分の知らないところで変わっていく相棒を知って、知らない感情に捉われてしまう。
女々しい考えが頭を支配し始めたあたりで、クラスメイトが教室変更を伝えてくれた。
◇
まだ誰も来ていないブルペンは、練習後に整備をした後輩のおかげで綺麗に土が均されている。それを遠慮なく踏み荒らしているのが暗闇でうすぼんやり見える髪が動くことでわかる。電気をつけると、余すことなく蛍光灯の光を弾いているその薄い金、甲子園球場のグラウンドで、十八.四四メートル挟んでいるとまた違って見える。今それを知っているのは多分俺だけなのだろう。
夜独特の湿っぽい空気を拭い去るように鳴は、力のあるボールを投げてくる。ミットを叩くボールの音が、染みついた習性を呼び起こしてくれる。野球をしている間は、くだらない妄想を振り払ってくれる。目の前の投手の球、表情、腕の振り、すべてが俺のすべきことはここに有ると示してくれる。
◇
肩慣らし程度の数十球を投げ、休ませる。練習後に無理をさせても仕方がない。脚を思い切り投げだしてベンチに腰かけた鳴の表情が、暗がりにいることもあってか、昼間のこともあって何か思い悩んでいるように見えてしまった。
夜は少しだけ冷える。責任ある立場になったせいかは知らないが、自分から上着を着て管理をするようになった。二つ三つ、言葉を交わしたが特別落ち込んでいるということもなく、俺が知っている、唯強い成宮鳴だ。
「やっぱり、北海道は寒いのかな」
「そりゃあ、そうだろうよ。けど最初の数年は関東の寮住まいだ」
「そうなんだ」
それからはいつもの、というより俺が知っている鳴のイメージのまま、北海道ならちょっと泊めてもらおうと思っていたのにだとか勝手なことを次々と言葉にしてくる。かと思えば急に真面目な声音で。
「今度は、俺が優勝旗をここに持ってくるから」
「楽しみにしてる」
「雅さんと同じようにはチームを引っ張れないだろうけど、どうにかする」
「まぁ、お前のやり方があるだろうからな」
軽く頷く鳴は、先ほどのような揺らぎを解決したのか、それとも隠したのかはわからないが、心配させまいとしているのは何と無くわかった。
「なるようにしかならねぇよ」
「それ、カワイイ後輩にかける言葉にしては素っ気なくない?」
「じゃあなんだ、頑張れとか言って欲しいのか」
「ちょっとだけ」
俺もキャプテンになりたての頃は悩んだような気がする。鳴も鳴なりに、考え、悩むことが有るのかもしれない。
「が……がんばれ」
「えっ……ありがと」
何を頑張るのか、だとか、何のためにこれからの長いオフを野球に捧げろだとかは言及できない。正しくは語彙が追い付かない上に自分でも何故ここまで野球に人生を尽くしているのかが分からない。
それでも、言いたいことは大まかに伝わったと信じたい。
「雅さん、あと三十球くらい投げていきたい」
「多いな、あと十球だ」
「えー」
口ではブチブチ文句を言いながらも素直に上着を脱いで、ブルペンまで駆けて行き、投球に備える。早く早くと言われると何故が逆らいたくなる。
「なんかさぁ、本当に野球バカだよね」
「そうだな、俺もお前も相当に」
快音を立てて、速球がミットに収まる。この時ばかりは、鳴とまた同じチームで野球する未来を描きたい。 畳む
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王子様とお姫様のことが大好きな俺と、俺のことが大好きな王子様とお姫様 #夢小説 #K2 #男夢主
王子様とお姫様のことが大好きな俺と、俺のことが大好きな王子様とお姫様 #夢小説 #K2 #男夢主
※大親友ルート
俺が一番一也が王子様で宮坂がお姫様だってわかってたのに、なんで俺が入っていけると思ってしまったんだろうな。
そんなことを言ったら、二人は何言ってんだこいつは……みたいな目でみてくる。だって高校の時に少女漫画みたいな出会いがあって、でまあ医療漫画みたいな展開があって……そのあと大学で俺と出会ってさ、そういうなんか……感動的なエピソードみたいなものないじゃん。俺だけ。
そんな卑屈な告白を、二人は真面目に聞いてくれた。真面目なんだよ二人とも。ほんっとに真面目。俺だって地元じゃ真面目な方だったけど、なんていうか二人は……真摯なんだよな。向き合ってくれるの。話してる時も適当に聞かないし。適当に返事もしない。あとで違うと思ったら訂正してくるし。
しおりん(どうやら彼女の人生でこのあだ名で呼ぶのは俺だけらしい)はからかうように声をかけてきた。
「何、おでかけがしたかったの、ナマエ君は。どっかいく? サンリオピューロランドとか」
「そうじゃな……なくはない。お出かけはしたいかな。サンリオピューロランド行きたい。全ての建物からはみでる一也見たい」
「面白そう。行ってみたいね。……特別な思い出もあったらうれしいけど、ナマエくんと僕と宮坂さんで過ごした時間も十分素敵な関係になってると思うけどなぁ」
「一也……お前は俺より徳が高すぎてさぁ……時々俺、恥ずかしいよ。一也みたいにすごくなくて」
「どうしたんだい。ナマエくんらしくない。いつも……太陽……?いやもっと近い……うーんと、なんか、腹巻き?」
「腹巻き……俺は、一也の、腹巻き?」
「うん。あったかくて、大切なんだけど近くにいてくれる」
「え、それナマエ君はうれしいの?」
「それ言っちゃだめだしおりん」
「わぁ……男の子って、わっかんないなぁ……」
自分でも幼稚だなとか、くだらないとか、さびしいのに大人ぶって自分の気持ちを覆い隠してしまおうとしたのに二人は俺の気持ちを言葉にして、それでいて俺のことを大切にしてくれる。俺、二人のこと大好きだ。あんまり深く考えてないけど、二人の子供に生まれてきたかったな。畳む
※大親友ルート
俺が一番一也が王子様で宮坂がお姫様だってわかってたのに、なんで俺が入っていけると思ってしまったんだろうな。
そんなことを言ったら、二人は何言ってんだこいつは……みたいな目でみてくる。だって高校の時に少女漫画みたいな出会いがあって、でまあ医療漫画みたいな展開があって……そのあと大学で俺と出会ってさ、そういうなんか……感動的なエピソードみたいなものないじゃん。俺だけ。
そんな卑屈な告白を、二人は真面目に聞いてくれた。真面目なんだよ二人とも。ほんっとに真面目。俺だって地元じゃ真面目な方だったけど、なんていうか二人は……真摯なんだよな。向き合ってくれるの。話してる時も適当に聞かないし。適当に返事もしない。あとで違うと思ったら訂正してくるし。
しおりん(どうやら彼女の人生でこのあだ名で呼ぶのは俺だけらしい)はからかうように声をかけてきた。
「何、おでかけがしたかったの、ナマエ君は。どっかいく? サンリオピューロランドとか」
「そうじゃな……なくはない。お出かけはしたいかな。サンリオピューロランド行きたい。全ての建物からはみでる一也見たい」
「面白そう。行ってみたいね。……特別な思い出もあったらうれしいけど、ナマエくんと僕と宮坂さんで過ごした時間も十分素敵な関係になってると思うけどなぁ」
「一也……お前は俺より徳が高すぎてさぁ……時々俺、恥ずかしいよ。一也みたいにすごくなくて」
「どうしたんだい。ナマエくんらしくない。いつも……太陽……?いやもっと近い……うーんと、なんか、腹巻き?」
「腹巻き……俺は、一也の、腹巻き?」
「うん。あったかくて、大切なんだけど近くにいてくれる」
「え、それナマエ君はうれしいの?」
「それ言っちゃだめだしおりん」
「わぁ……男の子って、わっかんないなぁ……」
自分でも幼稚だなとか、くだらないとか、さびしいのに大人ぶって自分の気持ちを覆い隠してしまおうとしたのに二人は俺の気持ちを言葉にして、それでいて俺のことを大切にしてくれる。俺、二人のこと大好きだ。あんまり深く考えてないけど、二人の子供に生まれてきたかったな。畳む
さよなら言えてたらよかったのかな #夢小説 #ヒロアカ #百合夢
さよなら言えてたらよかったのかな #夢小説 #ヒロアカ #百合夢
恋人のいる世界を守って死ぬ、ドラマの見過ぎなんじゃないの?
実際そんなことが自分の身に起きてしまうと、とたんに現実になる。折り合いがつけられない愛する人の死という現実が迫ってくる。
そこから目を逸らすために、私はキャシーの死に意味を持たせる。たとえキャシーがそんなこと望んでいなくても想定していなくても、生き残ってしまった私のために私はキャシーは、私のために世界を守って死んだのだと思い込む。思い込みたい。まさか私以外の誰かのために、キャシーが私からキャシーを奪って行ったなんて思いたくない。
でも、知ってるんだよね。
キャシーがヒーローになったきっかけのお師匠さんのために自分の立場も全部振り切って行っちゃったってこと。
私とキャシーの恋や愛の定義が違いすぎて、私の中に煮え切らない気持ちがあること。
死ぬつもりなんてなかったと思うけど、生きて帰れる保証もなかった。
それでも、キャシーは困ってる人がいる・怖がっている人がいると縁もゆかりも、キャシーが助けに行ってくれたことも認識してないようなやつらが大多数である国に行って、帰ってこなかった。私はキャシーの献身に似た陶酔を理解できなかった。キャシーも、私の……キャシーだけ無事でいてくれればいいという願いを理解できなかった。それを恋というラッピングに包んで二人で眺めていただけ。
キャシーがくれたアメが溶けて再度形づくってを繰り返すのを、私は一人で過ごさないといけないのかな。キャシーは、私がこんな気持ちになること想像してたかな。畳む
恋人のいる世界を守って死ぬ、ドラマの見過ぎなんじゃないの?
実際そんなことが自分の身に起きてしまうと、とたんに現実になる。折り合いがつけられない愛する人の死という現実が迫ってくる。
そこから目を逸らすために、私はキャシーの死に意味を持たせる。たとえキャシーがそんなこと望んでいなくても想定していなくても、生き残ってしまった私のために私はキャシーは、私のために世界を守って死んだのだと思い込む。思い込みたい。まさか私以外の誰かのために、キャシーが私からキャシーを奪って行ったなんて思いたくない。
でも、知ってるんだよね。
キャシーがヒーローになったきっかけのお師匠さんのために自分の立場も全部振り切って行っちゃったってこと。
私とキャシーの恋や愛の定義が違いすぎて、私の中に煮え切らない気持ちがあること。
死ぬつもりなんてなかったと思うけど、生きて帰れる保証もなかった。
それでも、キャシーは困ってる人がいる・怖がっている人がいると縁もゆかりも、キャシーが助けに行ってくれたことも認識してないようなやつらが大多数である国に行って、帰ってこなかった。私はキャシーの献身に似た陶酔を理解できなかった。キャシーも、私の……キャシーだけ無事でいてくれればいいという願いを理解できなかった。それを恋というラッピングに包んで二人で眺めていただけ。
キャシーがくれたアメが溶けて再度形づくってを繰り返すのを、私は一人で過ごさないといけないのかな。キャシーは、私がこんな気持ちになること想像してたかな。畳む
お題:もしも #カップリング #ヒロアカ #荼炎 #燈炎
お題:もしも #カップリング #ヒロアカ #荼炎 #燈炎
もしも、もしも俺がお父さんの個性だけを受け継いでお父さんを超える炎を出し続けてもなんの支障もないからだに生まれていたら、どんな人生を送っただろう。
高校なんか行かなくてもお父さんの右腕として活躍していたかもしれない。
でもお父さんは高校は行った方がいいと、俺に興味を持っているから進路に口を出してきたかもしれない。俺は仕方ないなぁなんて言って、雄英でアオハルしたりできたのかもしれない。
仲間と切磋琢磨して、お父さんの過保護を嘆いてみせたりして、自分の才能に酔いしれるタイミングがあるかもしれない。
ああ、俺は俺に生まれて良かったと、心から思えたかもしれない。
……そんな夢を見た日は本当に気分が悪い。心からそうであって欲しかった未来が決して手に入らないものであると何度でも思い知らないといけなくなる。そんな自分が可哀想で、ダサくて。
もしも、なんて夢想は俺が叶えない限り現実にはならないんだよ。努力しないと、夢は現実にならないんだよ。……努力したって、叶わないことだってあるんだよ。生まれつきのことは、努力したって満足いかない結果になることの方が多い。そんなの俺が一番わかっているし、そのために俺が今できることを頑張っているのに俺の深層心理はそう思ってなくて、何の努力もしないでこう在れたら、と俺の脳に映し出す。残酷すぎて涙が出そうだ。
ひとしきり毒づいたら、顔を洗って歩き出す。俺は、俺のやり方でお父さんに俺を認めさせる。夢見る乙女なんてやらねぇ。夢は見るけど、俺が俺の手で叶える。
なんだか少年漫画の主人公みたいだ。友情努力勝利。友情は無ぇけど、努力と勝利はあるだろ。
そんな鮮烈な復讐心を、いまだに思い出す。
焼け爛れた身体を懸命に世話をするかつて俺がこうありたいと心から願った人。こうありたかったからこそ、もう何もできない俺の世話を焼くみたいなつまんねぇことやって欲しくなかった。本当に本当に、この人生は……言葉にならない虚しさに襲われる。
もし、願いが叶うなら……戦いの中で死にたかった。たぶんあのまま家族を皆殺しにしてしまっていたら後悔しただろうけど、なんの価値もなくみじめったらしく排泄物を垂れ流すより全然ましだ。巨悪は去り、ハッピーエンドみたいな空気になってるのを見るのも嫌だ。
もし、願いが、今からでも、叶うなら……
すべてやり直して、俺が俺のやり方でヒーローに……
それは無理か。俺はフツウに生きるしか道が用意されてなくて、俺はそう生きたいわけじゃなかったんだから。お父さんがあの時来てくれていたなら、まだ何か変わったかな。
いや、そのもしもは叶わない。お父さんは、俺のところになんか来ない。行けなくて、じゃなくて行かなくて、なんだから。俺のお願いなんてとっくに聞いてもらえなかったんだよ。お父さんにとって、価値がなかったから。
わかっているはずなのに、あまりにひどいやつを好きになってしまって苦しくて笑いが止まらない。お父さんは能天気に「燈矢、うれしいことがあったのか?」なんてニコニコしてるし。もう個性もないから何もできないけど、バカバカしくって逆に面白い。ひどいやつ。大嫌い。大嫌い。大嫌い。
もしも、もしも俺がお父さんの個性だけを受け継いでお父さんを超える炎を出し続けてもなんの支障もないからだに生まれていたら、どんな人生を送っただろう。
高校なんか行かなくてもお父さんの右腕として活躍していたかもしれない。
でもお父さんは高校は行った方がいいと、俺に興味を持っているから進路に口を出してきたかもしれない。俺は仕方ないなぁなんて言って、雄英でアオハルしたりできたのかもしれない。
仲間と切磋琢磨して、お父さんの過保護を嘆いてみせたりして、自分の才能に酔いしれるタイミングがあるかもしれない。
ああ、俺は俺に生まれて良かったと、心から思えたかもしれない。
……そんな夢を見た日は本当に気分が悪い。心からそうであって欲しかった未来が決して手に入らないものであると何度でも思い知らないといけなくなる。そんな自分が可哀想で、ダサくて。
もしも、なんて夢想は俺が叶えない限り現実にはならないんだよ。努力しないと、夢は現実にならないんだよ。……努力したって、叶わないことだってあるんだよ。生まれつきのことは、努力したって満足いかない結果になることの方が多い。そんなの俺が一番わかっているし、そのために俺が今できることを頑張っているのに俺の深層心理はそう思ってなくて、何の努力もしないでこう在れたら、と俺の脳に映し出す。残酷すぎて涙が出そうだ。
ひとしきり毒づいたら、顔を洗って歩き出す。俺は、俺のやり方でお父さんに俺を認めさせる。夢見る乙女なんてやらねぇ。夢は見るけど、俺が俺の手で叶える。
なんだか少年漫画の主人公みたいだ。友情努力勝利。友情は無ぇけど、努力と勝利はあるだろ。
そんな鮮烈な復讐心を、いまだに思い出す。
焼け爛れた身体を懸命に世話をするかつて俺がこうありたいと心から願った人。こうありたかったからこそ、もう何もできない俺の世話を焼くみたいなつまんねぇことやって欲しくなかった。本当に本当に、この人生は……言葉にならない虚しさに襲われる。
もし、願いが叶うなら……戦いの中で死にたかった。たぶんあのまま家族を皆殺しにしてしまっていたら後悔しただろうけど、なんの価値もなくみじめったらしく排泄物を垂れ流すより全然ましだ。巨悪は去り、ハッピーエンドみたいな空気になってるのを見るのも嫌だ。
もし、願いが、今からでも、叶うなら……
すべてやり直して、俺が俺のやり方でヒーローに……
それは無理か。俺はフツウに生きるしか道が用意されてなくて、俺はそう生きたいわけじゃなかったんだから。お父さんがあの時来てくれていたなら、まだ何か変わったかな。
いや、そのもしもは叶わない。お父さんは、俺のところになんか来ない。行けなくて、じゃなくて行かなくて、なんだから。俺のお願いなんてとっくに聞いてもらえなかったんだよ。お父さんにとって、価値がなかったから。
わかっているはずなのに、あまりにひどいやつを好きになってしまって苦しくて笑いが止まらない。お父さんは能天気に「燈矢、うれしいことがあったのか?」なんてニコニコしてるし。もう個性もないから何もできないけど、バカバカしくって逆に面白い。ひどいやつ。大嫌い。大嫌い。大嫌い。
地獄 #カップリング #ヒロアカ #荼炎 #燈炎
地獄 #カップリング #ヒロアカ #荼炎 #燈炎
死んだ後にも地獄があるなら、これ以上の苦しみが待ち受けてるってことなのか。
俺が想像できる苦しみはすべて受けたと思う。
望んでいた機能を持ち合わせていないがために見捨てられる不安。
持たざるものとして生きなければならないと選択を押し付けられるみじめさ。
そして、文字通り身を焼く苦しみ……お父さんは知ってるのかな。火が燃え移ったことにパニックになって大きく息を吸い込んでしまい……そして、内臓が燃えて……モツにも神経って通ってるんだぜ?
それに助かってからもじくじくと痛む深いやけど……お母さんの個性のおかげでマシなのかもしれないけど、それでも。
環境的に恵まれた幼少期とは違い、泥水を啜り食べ物も満足になく、そして腐った人間に媚びないと今日の寝床すらない、お父さんからは見えない……見ようともしない沈殿物としての生活。ここはみじめとか痛いとか苦しいとかより、怨みが俺を形作ってくれていたから、あんまり大変じゃなかった。いや、大変じゃなかったというより、痛みを感じる器官もあの日瀬古渡で焼けてしまったんだ。
それに、同じく怒りや悲しみ、そして恨みを抱えたやつらと出会えた。
陳腐な結束でまとまってる奴らだったけど、社会のあぶれ者といると少しだけ気が楽になった。大人たちが連綿と作り上げた社会からこぼれ落ちたフツウになれなかったやつらたちといると、もしかして俺が雄英に入っていたらこうやってクラスメイトたちとくだらない話をしたりしたかなと不毛な妄想に浸ったりできた。
友情とか全然感じてなかったはずなのに、つまらない死に方したやつらのことを思い出しては少しだけしんみりとすることもあった。俺にちょっとの人間らしさ、年相応の人間らしさを与えてくれたのは、もう名前も顔も思い出せないあいつらなのかもしれない。
それでも、俺の人生は間違いなく地獄だった。死んだ後もこれ以上の苦しみがあるなんてあまりにも酷じゃないか。まあでも、コロシはコロシだもんな。
どんな地獄だろうな。弱って死を待つだけになったお父さんは罪を償うポーズだけは上手くて甲斐甲斐しく世話焼いてくれてるけど、それをまたお母さんに押し付けて誰かのためのヒーローになる、とか。そんで、俺はお父さんにブチ切れる個性もなくただ弱って死んでいく。マジで最悪。
でも、お父さんはヒーローだけど天国にはいけない。子供と妻をこんなにも苛んだんだから。轟家の中で地獄に行くのは俺とお父さんくらいだろうし、地獄でもいいや。お父さんも地獄でいいよね?まぁ回答権は無いんだけど……
俺とお父さん、誰もいない地獄でもう一回親子をやろう。死んでも、ずっと一緒。かわいくて頑張り屋さんの俺のお誘いを無視したんだからそれくらい、いいだろ?
死んだ後にも地獄があるなら、これ以上の苦しみが待ち受けてるってことなのか。
俺が想像できる苦しみはすべて受けたと思う。
望んでいた機能を持ち合わせていないがために見捨てられる不安。
持たざるものとして生きなければならないと選択を押し付けられるみじめさ。
そして、文字通り身を焼く苦しみ……お父さんは知ってるのかな。火が燃え移ったことにパニックになって大きく息を吸い込んでしまい……そして、内臓が燃えて……モツにも神経って通ってるんだぜ?
それに助かってからもじくじくと痛む深いやけど……お母さんの個性のおかげでマシなのかもしれないけど、それでも。
環境的に恵まれた幼少期とは違い、泥水を啜り食べ物も満足になく、そして腐った人間に媚びないと今日の寝床すらない、お父さんからは見えない……見ようともしない沈殿物としての生活。ここはみじめとか痛いとか苦しいとかより、怨みが俺を形作ってくれていたから、あんまり大変じゃなかった。いや、大変じゃなかったというより、痛みを感じる器官もあの日瀬古渡で焼けてしまったんだ。
それに、同じく怒りや悲しみ、そして恨みを抱えたやつらと出会えた。
陳腐な結束でまとまってる奴らだったけど、社会のあぶれ者といると少しだけ気が楽になった。大人たちが連綿と作り上げた社会からこぼれ落ちたフツウになれなかったやつらたちといると、もしかして俺が雄英に入っていたらこうやってクラスメイトたちとくだらない話をしたりしたかなと不毛な妄想に浸ったりできた。
友情とか全然感じてなかったはずなのに、つまらない死に方したやつらのことを思い出しては少しだけしんみりとすることもあった。俺にちょっとの人間らしさ、年相応の人間らしさを与えてくれたのは、もう名前も顔も思い出せないあいつらなのかもしれない。
それでも、俺の人生は間違いなく地獄だった。死んだ後もこれ以上の苦しみがあるなんてあまりにも酷じゃないか。まあでも、コロシはコロシだもんな。
どんな地獄だろうな。弱って死を待つだけになったお父さんは罪を償うポーズだけは上手くて甲斐甲斐しく世話焼いてくれてるけど、それをまたお母さんに押し付けて誰かのためのヒーローになる、とか。そんで、俺はお父さんにブチ切れる個性もなくただ弱って死んでいく。マジで最悪。
でも、お父さんはヒーローだけど天国にはいけない。子供と妻をこんなにも苛んだんだから。轟家の中で地獄に行くのは俺とお父さんくらいだろうし、地獄でもいいや。お父さんも地獄でいいよね?まぁ回答権は無いんだけど……
俺とお父さん、誰もいない地獄でもう一回親子をやろう。死んでも、ずっと一緒。かわいくて頑張り屋さんの俺のお誘いを無視したんだからそれくらい、いいだろ?
ノーチャンス! #夢小説 #ヒロアカ #飯田天晴
ノーチャンス! #夢小説 #ヒロアカ #飯田天晴
私の個性はエンジンの持久力を上げるための内燃機関。願ってもない個性だと思っていた。
飯田家が個性婚をやっている、というのは誰の目にも明らかだった。けれど飯田家がそれを表明しなかったから誰も言及しなかった。轟家があんなふうになってしまってからも、何も言わずにしれっとヒーロー活動してる。兄のほうはもうヒーローとして使い物にならないし、もしかしたら子供に夢を託したりしちゃうかもって。
だからちょっと期待しちゃった。
私にも、インゲニウムとワンチャンあるかなって。
でもそんなものなかった。飯田家はもうそういうのやめるんだって。こんなカス個性を引いてしまってから生きている価値を飯田家の個性婚に見出してるような私が悪いとでも言いたいのか、インゲニウムのサイドキックたちはあわれなものを見る目で私を見た。
「どうしたの」
「天晴さん」
車椅子に乗った精悍な顔立ちの青年が不思議そうに見上げてくる。
サイドキックの人がかいつまんで天晴さんに私のことを説明すると、明らかに顔が引き攣っているようだった。
それもそうか。自分の種でうまいことやろうとしている女なんかふつうにキモいわ。ヒーローも人間だったってことか。知らなかった。
それなのに天晴さんは、私に言葉を尽くして別の道で生きるように説得してくれた。個性だけが全てじゃないって。
でもそれって、"持っている"側の感覚よね。お金、学歴、美貌なんかと同じで持ってる側はお金じゃないんだよ、とかいけしゃあしゃあと言ってのけるんだ。"持っていない"側の僻みなんか思いもよらない。
そのままの君ていてほしい。
太陽は太陽のままそこに輝くことに意味がある。そのすがたを手が届くなんて思いもしないくらい遠くから眺めて、あんなに綺麗なひとがいるんだから私も、と思わせてほしい。偶像崇拝に近いような感じかな。
私の個性はエンジンの持久力を上げるための内燃機関。願ってもない個性だと思っていた。
飯田家が個性婚をやっている、というのは誰の目にも明らかだった。けれど飯田家がそれを表明しなかったから誰も言及しなかった。轟家があんなふうになってしまってからも、何も言わずにしれっとヒーロー活動してる。兄のほうはもうヒーローとして使い物にならないし、もしかしたら子供に夢を託したりしちゃうかもって。
だからちょっと期待しちゃった。
私にも、インゲニウムとワンチャンあるかなって。
でもそんなものなかった。飯田家はもうそういうのやめるんだって。こんなカス個性を引いてしまってから生きている価値を飯田家の個性婚に見出してるような私が悪いとでも言いたいのか、インゲニウムのサイドキックたちはあわれなものを見る目で私を見た。
「どうしたの」
「天晴さん」
車椅子に乗った精悍な顔立ちの青年が不思議そうに見上げてくる。
サイドキックの人がかいつまんで天晴さんに私のことを説明すると、明らかに顔が引き攣っているようだった。
それもそうか。自分の種でうまいことやろうとしている女なんかふつうにキモいわ。ヒーローも人間だったってことか。知らなかった。
それなのに天晴さんは、私に言葉を尽くして別の道で生きるように説得してくれた。個性だけが全てじゃないって。
でもそれって、"持っている"側の感覚よね。お金、学歴、美貌なんかと同じで持ってる側はお金じゃないんだよ、とかいけしゃあしゃあと言ってのけるんだ。"持っていない"側の僻みなんか思いもよらない。
そのままの君ていてほしい。
太陽は太陽のままそこに輝くことに意味がある。そのすがたを手が届くなんて思いもしないくらい遠くから眺めて、あんなに綺麗なひとがいるんだから私も、と思わせてほしい。偶像崇拝に近いような感じかな。
ワンドロ:ケーキ #レゾ #ヒロアカ #鳥師弟
ワンドロ:ケーキ #レゾ #ヒロアカ #鳥師弟
「ケーキっておいしいよね。俺さ、大人になってから初めて食べたんだけど美味しすぎてびっくりしたよ」
こうやって不遇だった子供時代をさらけだして特段憐れんだり気遣ったりしたりをせず、そうかとだけ言ってくれるこの後輩のことが不思議で仕方がない。
情が薄いというわけではない。むしろ他人のために自分を捧げることができる英雄たりえる精神を持ったひとだ。
「この前の時任さん(ホークス事務所事務員)のお誕生会でチマチマケーキ食べてるなと思っていましたが、そういうことでしたか」
「食べたらなくなるし」
「そりゃ、そうだ」
「くだらなくて、涙が出そうになるくらい大切な時間だったよ。終わっちゃうのすごく寂しかったな〜……」
「感傷的ですね……またやればいいじゃないですか。誕生日は毎年来ますよ」
「ほんと、そうだよねぇ……誕生日を迎えられるように頑張ろうね」
「ホークスか頑張るんで、俺は高みの見物してます」
「ちょっと前までは俺が頑張るんでホークスは休んでてください!って張り切ってたのに」
「ホークスはただぼんやり休んでるより身体動かしてたほうが気がまぎれるタイプかなと思ってのことです。そうですよね?」
「そう。その通り。だから俺あんまり家に帰ってないんだよね。一人で休んでると考えが悪い方向にばっかりいっちゃって」
「だからカプセルホテルでの目撃情報がたくさんあるんですね」
「そう。他人のいびき聞こえる環境が一番ゆっくりできる」
「へー。よくわからないですね。あの生活感のなさ納得です」
「まあ使わないから、物置だよね」
「あの立地を物置に……」
「使いたかったら使ってもいいよ」
「ほんとですか? じゃあ今度みんなでシャトレーゼのケーキ全種類買って食べましょう」
「楽しそう。不二家のもやりたい。猫の形したやつとか」
「いいですね」
あるかどうかもわからない未来の約束をするのは楽しい。そこまで頑張るかって思えるから。叶えられなくてもいい。そっちの方が楽しみだからくだらなくて何にも替えられない約束をする。ささやかな幸せを想像して眠りにつくのも楽しい。消化試合みたいに生きるより、ずっといい。
「ケーキっておいしいよね。俺さ、大人になってから初めて食べたんだけど美味しすぎてびっくりしたよ」
こうやって不遇だった子供時代をさらけだして特段憐れんだり気遣ったりしたりをせず、そうかとだけ言ってくれるこの後輩のことが不思議で仕方がない。
情が薄いというわけではない。むしろ他人のために自分を捧げることができる英雄たりえる精神を持ったひとだ。
「この前の時任さん(ホークス事務所事務員)のお誕生会でチマチマケーキ食べてるなと思っていましたが、そういうことでしたか」
「食べたらなくなるし」
「そりゃ、そうだ」
「くだらなくて、涙が出そうになるくらい大切な時間だったよ。終わっちゃうのすごく寂しかったな〜……」
「感傷的ですね……またやればいいじゃないですか。誕生日は毎年来ますよ」
「ほんと、そうだよねぇ……誕生日を迎えられるように頑張ろうね」
「ホークスか頑張るんで、俺は高みの見物してます」
「ちょっと前までは俺が頑張るんでホークスは休んでてください!って張り切ってたのに」
「ホークスはただぼんやり休んでるより身体動かしてたほうが気がまぎれるタイプかなと思ってのことです。そうですよね?」
「そう。その通り。だから俺あんまり家に帰ってないんだよね。一人で休んでると考えが悪い方向にばっかりいっちゃって」
「だからカプセルホテルでの目撃情報がたくさんあるんですね」
「そう。他人のいびき聞こえる環境が一番ゆっくりできる」
「へー。よくわからないですね。あの生活感のなさ納得です」
「まあ使わないから、物置だよね」
「あの立地を物置に……」
「使いたかったら使ってもいいよ」
「ほんとですか? じゃあ今度みんなでシャトレーゼのケーキ全種類買って食べましょう」
「楽しそう。不二家のもやりたい。猫の形したやつとか」
「いいですね」
あるかどうかもわからない未来の約束をするのは楽しい。そこまで頑張るかって思えるから。叶えられなくてもいい。そっちの方が楽しみだからくだらなくて何にも替えられない約束をする。ささやかな幸せを想像して眠りにつくのも楽しい。消化試合みたいに生きるより、ずっといい。
ワンドロ:絆 #カップリング #ヒロアカ #荼炎 #燈炎
ワンドロ:絆 #カップリング #ヒロアカ #荼炎 #燈炎
俺の仏壇を拝んで、”荼毘”になってから数日くらいはさ……親子の絆が俺とお父さんを結びつけてくれるって思ってたんだよ。
でも実際そんなことはなくて、俺が「初めまして」だなんて言ったらお父さんは気づきもしなかった。絆なんてウソだね。お互いの努力があって関係を維持しようと関わり続ける意思のことを絆って呼んでることを、荼毘になりたての俺に伝えてやりたいよ。かわいそうな俺。もしかしたら殺し続けることでお父さんが俺のこと見つけてくれないかなって期待してたんだぜ。罪が俺たちを結ぶ絆になるかもしれないって。でもそんなことなかった。俺だって生殖にそんな夢見てるような歳じゃないけどさ、もしかしたら血のつながりにはなんかしらの絆が生まれるのかもって。でも全然そんなことなかった! 俺のこと憎らしい人殺しを見る目で見た! 俺ずーっと、お父さんのこと待ってたのに。涙なんか出るなって言ってたら本当に出なくなっちゃうまで焼けてしまったのに。お父さんがあの時来てくれたらこんなことにはなっていなかったのに。お父さんのせいなのに。
あんな目で、俺を見た。
俺の仏壇を拝んで、”荼毘”になってから数日くらいはさ……親子の絆が俺とお父さんを結びつけてくれるって思ってたんだよ。
でも実際そんなことはなくて、俺が「初めまして」だなんて言ったらお父さんは気づきもしなかった。絆なんてウソだね。お互いの努力があって関係を維持しようと関わり続ける意思のことを絆って呼んでることを、荼毘になりたての俺に伝えてやりたいよ。かわいそうな俺。もしかしたら殺し続けることでお父さんが俺のこと見つけてくれないかなって期待してたんだぜ。罪が俺たちを結ぶ絆になるかもしれないって。でもそんなことなかった。俺だって生殖にそんな夢見てるような歳じゃないけどさ、もしかしたら血のつながりにはなんかしらの絆が生まれるのかもって。でも全然そんなことなかった! 俺のこと憎らしい人殺しを見る目で見た! 俺ずーっと、お父さんのこと待ってたのに。涙なんか出るなって言ってたら本当に出なくなっちゃうまで焼けてしまったのに。お父さんがあの時来てくれたらこんなことにはなっていなかったのに。お父さんのせいなのに。
あんな目で、俺を見た。
ワンドロ:ふたり #カップリング #荼炎 #燈炎 #ヒロアカ
ワンドロ:ふたり #カップリング #荼炎 #燈炎 #ヒロアカ
あのとき、お父さん助けてとは言えなかった。助けを求めるというのは自分が相手に無償の加護を求めることであり自分が不良品であることを認めることに等しかったから。
いや、言ったほうのかもしれない。
助けて
痛い
怖い
と。
それはどれも届かなかった。そこにいない人にどれだけ伝えたいと思っても伝わるようなもんじゃない。テレパシーとかないからね。それにパニックになって叫ぼうとして深く息を吸ってしまったら、炎は簡単に肺に届き、喉を灼いた。
そして、俺は荼毘になって「はじめまして」と言った。焼けた喉から絞り出された声は燈矢のものだとわからなかったみたい。
あれから俺はうめき声しかあげれないまだ死んでない焼死体になったわけだけど、その声の方が燈矢のものだってわかるみたい。
俺がどれだけなじっても、ずっと相槌を打ってくれる。それも興味ないやつにやる適当な返事じゃなくて、ちゃんと会話になってるやつ。俺がこんなふうになる前に気づいて欲しかったんだけど、それができなかったから俺たちは……いま戻せない時を、消せない過去を取り出して眺めては今を生きている。変なの。バカみたい。でも今の俺はちょっと満足してる。許してはないけど、満足している。
あのとき、お父さん助けてとは言えなかった。助けを求めるというのは自分が相手に無償の加護を求めることであり自分が不良品であることを認めることに等しかったから。
いや、言ったほうのかもしれない。
助けて
痛い
怖い
と。
それはどれも届かなかった。そこにいない人にどれだけ伝えたいと思っても伝わるようなもんじゃない。テレパシーとかないからね。それにパニックになって叫ぼうとして深く息を吸ってしまったら、炎は簡単に肺に届き、喉を灼いた。
そして、俺は荼毘になって「はじめまして」と言った。焼けた喉から絞り出された声は燈矢のものだとわからなかったみたい。
あれから俺はうめき声しかあげれないまだ死んでない焼死体になったわけだけど、その声の方が燈矢のものだってわかるみたい。
俺がどれだけなじっても、ずっと相槌を打ってくれる。それも興味ないやつにやる適当な返事じゃなくて、ちゃんと会話になってるやつ。俺がこんなふうになる前に気づいて欲しかったんだけど、それができなかったから俺たちは……いま戻せない時を、消せない過去を取り出して眺めては今を生きている。変なの。バカみたい。でも今の俺はちょっと満足してる。許してはないけど、満足している。
俺たちの間だって愛だよ #スラムダンク #夢小説 #男夢主 #木暮公延
俺たちの間だって愛だよ #スラムダンク #夢小説 #男夢主 #木暮公延
俺が一番嫌いなタイプのひとだった。
だっさいメガネ、髪型、ボーボーの眉毛。どれもが冴えない、どこにでもいるただのメガネくんだった。なんでそんな子がうちの……若干チャラめのバスケサークルに入ったんだろうか。偏差値がいい大学だから、他大の女の子目当てに入ってくるやつは結構いたけど、木暮くんはそういうタイプでもなさそうだった。
「木暮君はさ、どうしてうちのサークルに入ったの」
馬鹿正直にウーロン茶だけを飲み、かたくなにビールを拒む木暮くんのグラスにウーロン茶の上からビールを注ぎながら質問した。木暮くんは顔をひきつらせながら驚いたような顔をして俺を見た。ピアスだらけの耳、金髪。自分が生きてきた世界にはいなかったであろう、ヤンキーとはまた違うタイプのワルぶってるやつ。木暮くんは驚きながらも怯んだ様子はなく、俺の目を見て答えた。
「このサークルが……趣味で続けていくなら一番いいかと思ったんです」
「ふーん。まあまあ合ってる。俺らみんな医者になりたいからさ、突き指とか怖いしそんなに……めちゃくちゃガチってわけじゃないんだけど、いまあるバスケサークルの中では1番まじめかもね」
「先輩がそう俺に説明してくれたんですよ。入学式のときに」
「えーそうだっけ。覚えてない」
「はは」
俺は木暮くんからグラスを奪って、ウーロン茶とビールが混ざった苦いだけの水を飲み干した。
「ありがとうございます」
「べつにお礼言うようなことじゃないでしょ。俺がイヤなことしたんだから」
ごめんね? と謝るつもりもないセリフを吐き出して、俺は木暮くんとLINEを交換した。絵文字もスタンプもない、アイコンもデフォという、木暮くんらしいっちゃらしいユーザーを、俺は何をするでもなく眺めていた。
やがて通知が来て、「これからよろしくお願いします」と言うメッセージが来た。
「先輩からありがたいこと教えたげる。医者狙いの女の子ってマジでいるからね。下半身の躾はちゃんとするんだよ。それで何人も失敗してるから」と送ると、「ご忠告、痛み入ります」って。上司と部下じゃないんだから。
「明日バスケする?」と聞くと、『します』と即答。なんだ、この熱意。ずーっと芽が出なかった湘北で腐らずプレイしていただけはある。三井があとから参戦してきて、レギュラーの座を明け渡すことになって思わなかったはずはないのに、またバスケがしたくなるだけのものを、木暮くんは持っているのかもしれない。俺はそれがまぶしくて、自分がやる気のない怠けものに見えてしまって少しだけ苦しくなった。
一年生は一限がある代わりに、十九時にはフリーになることが多いという。それでも予習復習があるからいつでも暇ってわけじゃないけど、俺たちは時間を見つけて、あの小さなカゴにボールを放る生活をした。何を話すわけでもないのに、終わる頃には俺は久しく体験していなかった感覚を取り戻しつつあった。言葉を交わしたり、飲み会をして汚らしい飲み方をした訳でもないのに、俺木暮くんに親しみを感じていた。ひまつぶしにしては、あまりに心地よい時間がすぎていった。男同士の友情なんてもう手放してしまって、二度と手に入らないと思っていたけどそんなことないと信じさせてくれた。
本当はそれだけでよかったのに、どちらがどうしたとかじゃなくていつの間には俺らはおよそ友情とは呼べない関係になっていた。多分俺が酔ってた時にベロチューしちゃったら、木暮くん俺のこと恋愛的な意味で好きだったみたいな感じのこと言ってそんでもって……その辺からは記憶がない。までも、俺はたくさんいるセフレの中の一人に彼が参加しただけで、俺はまた大切な友達を失ったのだと被害者ヅラをした。
そんなふうに余裕ぶってたのは最初のうちだけで、木暮くんがときどきうちにきて真面目に勉強したり、一緒にご飯作ったり、木暮くんの十九の誕生日を祝ったり、なんか恋人同士みたいなことをした。木暮くんと一緒にいる時間が長くなればなるほど他のセフレと会う時間は無くなって、俺の生活には木暮くんが深く根付くようになった。
打算も、裏切りもない……穏やかな結びつきが俺たちの間にあった。
今まで女としてきたような、将来の専業主婦生活のための前置きじみたおままごとじみた関係ではなく、心から信頼し、そして大切にしあうことができた。友達から恋人になってしまってから、俺はもう女を好きになれないと悲観的になったこともあったし、友情を壊してまで恋という結びつきを選ばなくてもといじけたこともあった。けれどそのたび木暮くんは俺より一つ下なのに説教じみたことを言うのにそれでいて腑に落ちる解説をしてくれた。
俺はこんなに木暮くんが大切で、木暮くんだって俺のこと愛してくれてるのに、手を繋いで歩いたり路上でキスなんてできやしない。それがなんだか切なくて、俺はよく木暮くんと並んで歩くとき少しだけ距離を置くのだった。
木暮くんは俺が外面繕いたがるくせにその繕う時に使った針で傷ついているのをよく知っているので、眠りに着く前俺の頭をたくさん撫でてくれる。
俺は親父の病院を継ぐとしたら多分子供を残すことを求められるだろう。だからこれは終わりのある物語なんだと、木暮くんとずっとずっと一緒にいたいという期待を何度でも踏み潰す。期待をすれば、叶わなかった時に苦しい気持ちになる。俺の気持ちを知ってか知らずか、木暮くんは俺が悲しい気持ちになるとなぜかそれを察知して「ナマエさん、大丈夫です。俺はずっとそばにいますから」と言ってくれるのだ。永遠にしたいと願えば願うほど、それに伴う困難の多さに眩暈がする。この温もりだけを信じて守っているだけでいいならどれだけよかったか。
もしかしたら俺が大学卒業するまでに同性婚ができるようになっているかもしれない。そんな一ミリ以下の望みをいつまでも叩いて伸ばして、味わっている。叶うわけないと予防線を張りながら俺は、自分の言葉で社会を動かそうともせず、ただ誰かがそれを叶えてくれることを夢見ている。俺は弱いんだろうか。不甲斐ないんだろうか。そんな葛藤を木暮くんは知ってか知らずか、「今日はナマエさんがご飯当番ですね。楽しみです」なんて笑うんだ。ああ、目が覚めたら世の中がなんかいい感じに変わっててさ、俺たちが好き同士だったとしても誰も気持ち悪がらない、ふーんそうなんだでスルーされるようになってないかな。だめかな。畳む
俺が一番嫌いなタイプのひとだった。
だっさいメガネ、髪型、ボーボーの眉毛。どれもが冴えない、どこにでもいるただのメガネくんだった。なんでそんな子がうちの……若干チャラめのバスケサークルに入ったんだろうか。偏差値がいい大学だから、他大の女の子目当てに入ってくるやつは結構いたけど、木暮くんはそういうタイプでもなさそうだった。
「木暮君はさ、どうしてうちのサークルに入ったの」
馬鹿正直にウーロン茶だけを飲み、かたくなにビールを拒む木暮くんのグラスにウーロン茶の上からビールを注ぎながら質問した。木暮くんは顔をひきつらせながら驚いたような顔をして俺を見た。ピアスだらけの耳、金髪。自分が生きてきた世界にはいなかったであろう、ヤンキーとはまた違うタイプのワルぶってるやつ。木暮くんは驚きながらも怯んだ様子はなく、俺の目を見て答えた。
「このサークルが……趣味で続けていくなら一番いいかと思ったんです」
「ふーん。まあまあ合ってる。俺らみんな医者になりたいからさ、突き指とか怖いしそんなに……めちゃくちゃガチってわけじゃないんだけど、いまあるバスケサークルの中では1番まじめかもね」
「先輩がそう俺に説明してくれたんですよ。入学式のときに」
「えーそうだっけ。覚えてない」
「はは」
俺は木暮くんからグラスを奪って、ウーロン茶とビールが混ざった苦いだけの水を飲み干した。
「ありがとうございます」
「べつにお礼言うようなことじゃないでしょ。俺がイヤなことしたんだから」
ごめんね? と謝るつもりもないセリフを吐き出して、俺は木暮くんとLINEを交換した。絵文字もスタンプもない、アイコンもデフォという、木暮くんらしいっちゃらしいユーザーを、俺は何をするでもなく眺めていた。
やがて通知が来て、「これからよろしくお願いします」と言うメッセージが来た。
「先輩からありがたいこと教えたげる。医者狙いの女の子ってマジでいるからね。下半身の躾はちゃんとするんだよ。それで何人も失敗してるから」と送ると、「ご忠告、痛み入ります」って。上司と部下じゃないんだから。
「明日バスケする?」と聞くと、『します』と即答。なんだ、この熱意。ずーっと芽が出なかった湘北で腐らずプレイしていただけはある。三井があとから参戦してきて、レギュラーの座を明け渡すことになって思わなかったはずはないのに、またバスケがしたくなるだけのものを、木暮くんは持っているのかもしれない。俺はそれがまぶしくて、自分がやる気のない怠けものに見えてしまって少しだけ苦しくなった。
一年生は一限がある代わりに、十九時にはフリーになることが多いという。それでも予習復習があるからいつでも暇ってわけじゃないけど、俺たちは時間を見つけて、あの小さなカゴにボールを放る生活をした。何を話すわけでもないのに、終わる頃には俺は久しく体験していなかった感覚を取り戻しつつあった。言葉を交わしたり、飲み会をして汚らしい飲み方をした訳でもないのに、俺木暮くんに親しみを感じていた。ひまつぶしにしては、あまりに心地よい時間がすぎていった。男同士の友情なんてもう手放してしまって、二度と手に入らないと思っていたけどそんなことないと信じさせてくれた。
本当はそれだけでよかったのに、どちらがどうしたとかじゃなくていつの間には俺らはおよそ友情とは呼べない関係になっていた。多分俺が酔ってた時にベロチューしちゃったら、木暮くん俺のこと恋愛的な意味で好きだったみたいな感じのこと言ってそんでもって……その辺からは記憶がない。までも、俺はたくさんいるセフレの中の一人に彼が参加しただけで、俺はまた大切な友達を失ったのだと被害者ヅラをした。
そんなふうに余裕ぶってたのは最初のうちだけで、木暮くんがときどきうちにきて真面目に勉強したり、一緒にご飯作ったり、木暮くんの十九の誕生日を祝ったり、なんか恋人同士みたいなことをした。木暮くんと一緒にいる時間が長くなればなるほど他のセフレと会う時間は無くなって、俺の生活には木暮くんが深く根付くようになった。
打算も、裏切りもない……穏やかな結びつきが俺たちの間にあった。
今まで女としてきたような、将来の専業主婦生活のための前置きじみたおままごとじみた関係ではなく、心から信頼し、そして大切にしあうことができた。友達から恋人になってしまってから、俺はもう女を好きになれないと悲観的になったこともあったし、友情を壊してまで恋という結びつきを選ばなくてもといじけたこともあった。けれどそのたび木暮くんは俺より一つ下なのに説教じみたことを言うのにそれでいて腑に落ちる解説をしてくれた。
俺はこんなに木暮くんが大切で、木暮くんだって俺のこと愛してくれてるのに、手を繋いで歩いたり路上でキスなんてできやしない。それがなんだか切なくて、俺はよく木暮くんと並んで歩くとき少しだけ距離を置くのだった。
木暮くんは俺が外面繕いたがるくせにその繕う時に使った針で傷ついているのをよく知っているので、眠りに着く前俺の頭をたくさん撫でてくれる。
俺は親父の病院を継ぐとしたら多分子供を残すことを求められるだろう。だからこれは終わりのある物語なんだと、木暮くんとずっとずっと一緒にいたいという期待を何度でも踏み潰す。期待をすれば、叶わなかった時に苦しい気持ちになる。俺の気持ちを知ってか知らずか、木暮くんは俺が悲しい気持ちになるとなぜかそれを察知して「ナマエさん、大丈夫です。俺はずっとそばにいますから」と言ってくれるのだ。永遠にしたいと願えば願うほど、それに伴う困難の多さに眩暈がする。この温もりだけを信じて守っているだけでいいならどれだけよかったか。
もしかしたら俺が大学卒業するまでに同性婚ができるようになっているかもしれない。そんな一ミリ以下の望みをいつまでも叩いて伸ばして、味わっている。叶うわけないと予防線を張りながら俺は、自分の言葉で社会を動かそうともせず、ただ誰かがそれを叶えてくれることを夢見ている。俺は弱いんだろうか。不甲斐ないんだろうか。そんな葛藤を木暮くんは知ってか知らずか、「今日はナマエさんがご飯当番ですね。楽しみです」なんて笑うんだ。ああ、目が覚めたら世の中がなんかいい感じに変わっててさ、俺たちが好き同士だったとしても誰も気持ち悪がらない、ふーんそうなんだでスルーされるようになってないかな。だめかな。畳む
うつくしく散る姿こそ #ヒロアカ #夢小説 #女夢主 #スターアンドストライプ
うつくしく散る姿こそ #ヒロアカ #夢小説 #女夢主 #スターアンドストライプ
「ちょ、ちょっと待ってよキャシー。シガラギとがいうやつが日本で暴れてるのは知ってるわ。大変なんだってね。でもそれをなんでアメリカの国防の要であるあなたが助けないとならないの」
学生時代からの恋人であった私とキャシー。それが日本とかいう小さな島国で起きているゴタゴタのために亀裂が走っていることに苛立ちを隠せなかった。
そんな私をキャシーは悲しい目をして見ていた。そんな目で私を見ないでほしい。あなたはひだまりの中で静かに笑っているのが一番似合うのに。
「ナマエ、あなたがそんなことをいう人だとは思わなかった」
「で、でもキャシー、あなたの師匠とかいう人がどうにかしてくれるよきっと。あなたが出る幕じゃない」
「師匠は力を失っている。私しかいないんだ。怖い目にあっている人を、私は放っておけない」
「日本にだってヒーローはいるよ。けど、キャシーあなたの代わりはどこにもいないんだから、ねえお願いやめて」
「ナマエ、コスチュームを隠したでしょう。あれでなくてもいいけど、できればあれがいいんだ」
「……キャシー。あなたの個性がもっと凡百の物だったらよかったのに」
「そうだったら、あの時ナマエを助けることもなかったし、私たちが恋仲になることもなかったよ、きっと」
「そんなことない。私はあなたの個性を愛したんじゃなくて、あなたそのものを愛したのに」
「私と個性は切り離せないよ…… ナマエ、そろそろ行くね」
「バカッ……ちゃんと戻ってこなかったら許さないんだからねッ……」
「泣かないで、ナマエ……」
やさしくあたたかな私にキスをくれたキャシーは、髪の毛一本、骨の一欠片も残さず死んでしまった。シガラギは倒せなかったが、弱体化はできたという。
正しさを執行するという脳味噌がアドレナリンでひたひたになっている正義中毒のバカが一人いなくなっただけなのに、私は寂しくて仕方ない。彼女が残した歯ブラシ、殉職で特進してもらった勲章、そしてお揃いで買ったネックレスだとかが私の中に楔のように穿ち続ける。
彼女を運んだ戦闘機乗りの方々に、彼女が散ったという海へ連れていってもらった。暗澹として冷たい海。その海水を瓶に汲んで、墓にかけてみたら少しはあの空っぽの墓に信憑性が出るかなと思っていたけど、何にもなかった。どんなにいとしい人であれ、死んでしまったら失ってしまったらそれまでなのだと私は身を以て知った。
「さよなら」
私は誰にも聞こえないような小さな声で別れを告げた。私の中のケジメをつけるために、キャシーがもういなくなってしまったんだと自分の中に刻むように、静かに。日本の人々は、ヒーローぐらいしか彼女が自国のために死んでいったと知る人はいないだろう。それがどうにも悔しかったけど、恩着せがましく宣うのはきっとキャシーは嫌がるだろうから黙って帰ることにした。まだ瓦礫の山や、愛する人の死など傷だらけの人たちばかりだったけど、諦めようとしてはいなかった。
ひだまりの中、赤ん坊がお父さんに抱かれて笑っている。炊き出しの列は途切れないけど、絶望のあまり道端で座り込む人に食べ物を渡す人がいる。彼女が守った幸せたちが、この小さな島国で芽吹き始めているのを見届けて、私は日本を去った。
2022/10/15
「ちょ、ちょっと待ってよキャシー。シガラギとがいうやつが日本で暴れてるのは知ってるわ。大変なんだってね。でもそれをなんでアメリカの国防の要であるあなたが助けないとならないの」
学生時代からの恋人であった私とキャシー。それが日本とかいう小さな島国で起きているゴタゴタのために亀裂が走っていることに苛立ちを隠せなかった。
そんな私をキャシーは悲しい目をして見ていた。そんな目で私を見ないでほしい。あなたはひだまりの中で静かに笑っているのが一番似合うのに。
「ナマエ、あなたがそんなことをいう人だとは思わなかった」
「で、でもキャシー、あなたの師匠とかいう人がどうにかしてくれるよきっと。あなたが出る幕じゃない」
「師匠は力を失っている。私しかいないんだ。怖い目にあっている人を、私は放っておけない」
「日本にだってヒーローはいるよ。けど、キャシーあなたの代わりはどこにもいないんだから、ねえお願いやめて」
「ナマエ、コスチュームを隠したでしょう。あれでなくてもいいけど、できればあれがいいんだ」
「……キャシー。あなたの個性がもっと凡百の物だったらよかったのに」
「そうだったら、あの時ナマエを助けることもなかったし、私たちが恋仲になることもなかったよ、きっと」
「そんなことない。私はあなたの個性を愛したんじゃなくて、あなたそのものを愛したのに」
「私と個性は切り離せないよ…… ナマエ、そろそろ行くね」
「バカッ……ちゃんと戻ってこなかったら許さないんだからねッ……」
「泣かないで、ナマエ……」
やさしくあたたかな私にキスをくれたキャシーは、髪の毛一本、骨の一欠片も残さず死んでしまった。シガラギは倒せなかったが、弱体化はできたという。
正しさを執行するという脳味噌がアドレナリンでひたひたになっている正義中毒のバカが一人いなくなっただけなのに、私は寂しくて仕方ない。彼女が残した歯ブラシ、殉職で特進してもらった勲章、そしてお揃いで買ったネックレスだとかが私の中に楔のように穿ち続ける。
彼女を運んだ戦闘機乗りの方々に、彼女が散ったという海へ連れていってもらった。暗澹として冷たい海。その海水を瓶に汲んで、墓にかけてみたら少しはあの空っぽの墓に信憑性が出るかなと思っていたけど、何にもなかった。どんなにいとしい人であれ、死んでしまったら失ってしまったらそれまでなのだと私は身を以て知った。
「さよなら」
私は誰にも聞こえないような小さな声で別れを告げた。私の中のケジメをつけるために、キャシーがもういなくなってしまったんだと自分の中に刻むように、静かに。日本の人々は、ヒーローぐらいしか彼女が自国のために死んでいったと知る人はいないだろう。それがどうにも悔しかったけど、恩着せがましく宣うのはきっとキャシーは嫌がるだろうから黙って帰ることにした。まだ瓦礫の山や、愛する人の死など傷だらけの人たちばかりだったけど、諦めようとしてはいなかった。
ひだまりの中、赤ん坊がお父さんに抱かれて笑っている。炊き出しの列は途切れないけど、絶望のあまり道端で座り込む人に食べ物を渡す人がいる。彼女が守った幸せたちが、この小さな島国で芽吹き始めているのを見届けて、私は日本を去った。
2022/10/15
傷つく君は人間だったね #ヒロアカ #夢小説 #女夢主 #スターアンドストライプ
傷つく君は人間だったね #ヒロアカ #夢小説 #女夢主 #スターアンドストライプ
「それはあなたが女の子だからだよ、キャシー」
「…… ナマエ、もうそれを言うのはやめて」
この言葉がいちばんキャシーを傷つけることがわかっていて、私は言葉を重ねる。それでもキャシーは私から離れていかないと驕り昂り、私は言葉を連ねる。
「でも、本当のことだよ。次は死んじゃうかもしれない。あなたが憧れている師がいるのはわかるけど、その人は男の人で、わたしたちとは違うんだよ」
「何も違わない。性別のせいにしてなにもかもあきらめているのは名前の方だよ」
「昔々、オリンピックっていうスポーツのお祭りがあったというじゃない。あれはなぜ男女で別れていたかわかる?男と女には埋めがたい差があるからだよ」
「…… ナマエはそうやって諦める理由を捏ね回していればいいさ」
呆れたように吐き捨てて、私との会話を終えるキャシー。そんなキャシーが次の日には髪の毛一本残さず死んでしまうなんて誰が想像するだろう。
日本のヴィランは日本のヒーローに任せておけばいいし、日本が産んだ怪物をアメリカが助けてやる義理はないと何度も言ったはずなのに、キャシーは師のために、日本のために、世界のために美しく散っていった。
日本にはカミカゼという言葉があるらしい。国難に神が風を吹かせて救ってくださるらしい。ならばなぜキャシーの死に際吹いてくださらなかった。
放っておいてもカミカゼだなんだと言いながら滅んでいく民族のことなんか知ったことじゃない。
でも、こんな理屈キャシーは一笑に付して戦闘機に立ち、困っている人がいるから助けに行くだなんて自己犠牲のお笑い草にみずからなりにいく。
そんなところが好きなんだけど、死んでしまったら何にもならないじゃない。軽すぎる棺にキャシーは宿っただろうか。魂くらいは、帰ってきてほしいものだけど。
お題は天文学様より
2022/7/13
「それはあなたが女の子だからだよ、キャシー」
「…… ナマエ、もうそれを言うのはやめて」
この言葉がいちばんキャシーを傷つけることがわかっていて、私は言葉を重ねる。それでもキャシーは私から離れていかないと驕り昂り、私は言葉を連ねる。
「でも、本当のことだよ。次は死んじゃうかもしれない。あなたが憧れている師がいるのはわかるけど、その人は男の人で、わたしたちとは違うんだよ」
「何も違わない。性別のせいにしてなにもかもあきらめているのは名前の方だよ」
「昔々、オリンピックっていうスポーツのお祭りがあったというじゃない。あれはなぜ男女で別れていたかわかる?男と女には埋めがたい差があるからだよ」
「…… ナマエはそうやって諦める理由を捏ね回していればいいさ」
呆れたように吐き捨てて、私との会話を終えるキャシー。そんなキャシーが次の日には髪の毛一本残さず死んでしまうなんて誰が想像するだろう。
日本のヴィランは日本のヒーローに任せておけばいいし、日本が産んだ怪物をアメリカが助けてやる義理はないと何度も言ったはずなのに、キャシーは師のために、日本のために、世界のために美しく散っていった。
日本にはカミカゼという言葉があるらしい。国難に神が風を吹かせて救ってくださるらしい。ならばなぜキャシーの死に際吹いてくださらなかった。
放っておいてもカミカゼだなんだと言いながら滅んでいく民族のことなんか知ったことじゃない。
でも、こんな理屈キャシーは一笑に付して戦闘機に立ち、困っている人がいるから助けに行くだなんて自己犠牲のお笑い草にみずからなりにいく。
そんなところが好きなんだけど、死んでしまったら何にもならないじゃない。軽すぎる棺にキャシーは宿っただろうか。魂くらいは、帰ってきてほしいものだけど。
お題は天文学様より
2022/7/13
路傍の石風情が、星になりたいと願うなんて #ヒロアカ #夢小説 #男夢主 #八木俊典
路傍の石風情が、星になりたいと願うなんて #ヒロアカ #夢小説 #男夢主 #八木俊典
俺が一番になりたいって言えなかったから、今この現実が俺に与えられるってわけ。一番になりたい、って言ってたら結ばれたかというとそうでもないだろう。けどこんなに執着することだってなかったはずだ。
テレビやSNSで活躍を知るたびに胸が締め付けられる。ネットで叩かれてるのを見るたびに怒りに震えた。彼の手は二本しか生えてないのだから、みんなを救いきれるはずがないのに、救われなかった奴らが恨みを抱いている。
八木だって、一人の人間なんだよ。
今、あんなふうに目に見えるもの全て救おうとする彼を見てると信じられないかもしれないけど、人間なんだよ。俺みたいに、ヒーロー科まで出たのに怪我で活動できなくなったやつのことまで覚えていて、救ってくれようとするんだから。
「ナマエくん、調子はどうだい?」
「ああ、ダメ。もうヒーローはできないよ。俺これからどうやって生きればいいんだろ。ヒーロー科みたいな単科高校出てたら、仕事なんて見つからないよ。ヒーローやらないヒーローって、何?」
せっかく訪ねてくれた八木に、俺は饒舌に絶望を吐いた。そんなこと休みの日にまで聞きたくないだろうに、八木はやさしく微笑んで、俺の肩に手を乗せた。
「ナマエくん。前線に立っているだけがヒーローじゃない。敵と戦うだけがヒーローじゃない。大丈夫!ナマエくんのような人あたりのいい人はどこでだって重宝されるよ」
「ナンバーワンヒーローにお墨付きもらったんなら、励みになるな」
「元気なナマエくんとまた一緒に活動できたらうれしいな」
そう言って笑った八木は、十年以上の時を経て痩せほそった姿でテレビに映し出された。オールマイトの時代が終わったと強調するアナウンサーの言葉が俺の心に深く突き刺さった。
俺を励ましてから、いやそれよりずっと前から八木は傷ついていて、でもその傷のこと誰にも言えてなかったんだよな。無論、俺にも。
学校では結構仲良くしていたつもりなんだけどな、その程度だったのか。八木から俺に対する信頼なんて。八木のことだから、巻き込まないためだなんて言いそうだけど、わかるだろ。ヒーローなら。大切なひとが辛い時、辛いと言ってくれないことのほうが辛いって。
この戦いが終わったら、また八木に連絡してみようかな。酒でも飲んで、そしたらまた、腹を割って話せるかもしれないし。希望は捨てない。だってヒーローが希望を失ったら、誰が希望を、綺麗事を、理想を語るんだっての。
俺が一番になりたいって言えなかったから、今この現実が俺に与えられるってわけ。一番になりたい、って言ってたら結ばれたかというとそうでもないだろう。けどこんなに執着することだってなかったはずだ。
テレビやSNSで活躍を知るたびに胸が締め付けられる。ネットで叩かれてるのを見るたびに怒りに震えた。彼の手は二本しか生えてないのだから、みんなを救いきれるはずがないのに、救われなかった奴らが恨みを抱いている。
八木だって、一人の人間なんだよ。
今、あんなふうに目に見えるもの全て救おうとする彼を見てると信じられないかもしれないけど、人間なんだよ。俺みたいに、ヒーロー科まで出たのに怪我で活動できなくなったやつのことまで覚えていて、救ってくれようとするんだから。
「ナマエくん、調子はどうだい?」
「ああ、ダメ。もうヒーローはできないよ。俺これからどうやって生きればいいんだろ。ヒーロー科みたいな単科高校出てたら、仕事なんて見つからないよ。ヒーローやらないヒーローって、何?」
せっかく訪ねてくれた八木に、俺は饒舌に絶望を吐いた。そんなこと休みの日にまで聞きたくないだろうに、八木はやさしく微笑んで、俺の肩に手を乗せた。
「ナマエくん。前線に立っているだけがヒーローじゃない。敵と戦うだけがヒーローじゃない。大丈夫!ナマエくんのような人あたりのいい人はどこでだって重宝されるよ」
「ナンバーワンヒーローにお墨付きもらったんなら、励みになるな」
「元気なナマエくんとまた一緒に活動できたらうれしいな」
そう言って笑った八木は、十年以上の時を経て痩せほそった姿でテレビに映し出された。オールマイトの時代が終わったと強調するアナウンサーの言葉が俺の心に深く突き刺さった。
俺を励ましてから、いやそれよりずっと前から八木は傷ついていて、でもその傷のこと誰にも言えてなかったんだよな。無論、俺にも。
学校では結構仲良くしていたつもりなんだけどな、その程度だったのか。八木から俺に対する信頼なんて。八木のことだから、巻き込まないためだなんて言いそうだけど、わかるだろ。ヒーローなら。大切なひとが辛い時、辛いと言ってくれないことのほうが辛いって。
この戦いが終わったら、また八木に連絡してみようかな。酒でも飲んで、そしたらまた、腹を割って話せるかもしれないし。希望は捨てない。だってヒーローが希望を失ったら、誰が希望を、綺麗事を、理想を語るんだっての。
檸檬(レモン)、そして絆 #ヒロアカ #カップリング #荼炎 #荼炎 #燈炎
檸檬(レモン)、そして絆 #ヒロアカ #カップリング #荼炎 #荼炎 #燈炎
高村光太郎「智恵子抄」
梶井基次郎「檸檬」
をうっすらオマージュしてます
誰もが口々に自らの息子の死を願うというなら、親である俺に何がしてやれるだろう。何かしてやる、という仮定からして間違っていてしてやるのではなく、しなければならないのだと思う。子の罪は親が雪ぐ。世間からしてみれば当たり前のことだが、胃を苛んでやまない。燈矢のことが面倒になったわけではない。もちろんそんなことはあり得ない。あの焼け野原になった小山とその裾野を幾度歩き、名前を呼んでも答えなかった子がどんな形であれ戻ったのだから、うれしいにきまっている。
新しい家に夏雄と冬美、そして焦凍、冷を住まわせて、この二人で暮らすには広すぎる日本家屋に燈矢と二人で住んでいる。
燈矢は意志の強さで今まで体を支えていたようなものだというのが医師の見解で、こうして上半身を上げて本を読むことができるということが奇跡だという。何度も奇跡を乗り越えて、燈矢は三度目の冬を迎える。
荼毘と名乗り罪なき人を焼き殺した燈矢は、その頃の粗暴な言動をどこへやったのか、記憶の中の燈矢が穏やかに成長すればこのようになるであろうと想定した通りの優しげな、棘のない青年となっている。焦凍が来るとそうもいかないらしいが、想像がつかない。
燈矢は本を貪るように読んでいる。特段好みはないらしく、書店で平積みになっているものを買って与えたら特段何も言わずに黙々と読んでいる。本が好きな冬美と話が合うらしく、冬美の本を貸すこともあるという。けれど個性の調整が前ほどうまく行かず、冬美ちゃんの本を燃やしてしまうのは嫌だから、お父さんが買って欲しいと言われた。そのくらいならいくらでも買ってやる。あさましいことだが、それで少し救われた気になっていた。
冬美が連れてきた婚約者には、燈矢さんのこともありますし、疎遠になるかと思いますと初対面で言われてしまう始末だった。婚約者からしてみれば、近親者に人殺しがいるという時点でマイナスなのだろうけれど、自分が犯した罪の重さを再度確認させられているようで、胃がじわじわと苛んだ。生涯償い続けるといえば威勢がいいが、そうもいかない。真綿で締められるような苦しみとはこのようなことを言うのだと思う。胃薬は手放せないものとなったり、食事が喉を通らなくなり、以前のような力も出せない。片手がないぶん不自由も増えた。いつしか、人生の選択肢に引退と死がよぎるようになってきた。今となっては逃げだとか、錯乱していると考えることができるが、当時はそのような考えには至らなかった。そのうちどちらが魅力的に映ったかといえば、死の方だった。
夜中、喉の渇きを覚えて台所に立つと、何かを引きずるような音を聞いた。燈矢だった。
「どうした、こんな夜遅くに。歩けるようになったのか」
答えはなかった。正確には声帯まで焼けてしまっているため声が出ないという。器用にスマホで文字を入力して、薄ぼんやり光る画面を見せてきた。老眼が進んできた目をどうにか合わせて、画面を読む。
『夏くんが都合つく土日に、歩く練習をしてる』
「夏が? そうか、よかった」
『お父さん、レモンが食べたい』
本を欲する以外に、燈矢と再会してからはじめてのおねだりだった。深夜二時。やっている店といえばコンビニしかないが、飲み屋街のコンビニには酒に入れるためのレモンが売っていると聞いたことがある。燈矢がいままで俺にねだったのは修行だけだった。家族旅行も、流行りのおもちゃも欲しがらず友達の一人もつくらずに修行に明け暮れた。そんな燈矢の願い、叶えてないわけにはいかなかった。
コートを片手なしで着るのにも慣れており、マフラーを巻いて寒風吹き荒ぶ街に出た。しんしんと冷える冬空は星に満ちており、そういえば冬美が生まれたときもこんな寒い日だったと思い返した。
レモンは、と聞くともう無いですね、と言われたりうちには置いてないですと言われたり。燈矢がやっと心を許し、してくれたおねだりを早く叶えてやりたいと思うのは親の性だろうか、それとも罪滅ぼしだろうか。五件目でやっとひとつ、つやりとまぶしく蛍光灯の光を弾くレモンを買うことができた。片手で収まる果実を潰さないようにポケットに入れ、店を出た。現金で買い物をする人は年々減っているらしく、店内で人を探してやっと見つけた店員が面倒そうに会計をしてくれた。
『遅い』
「ああ、悪い燈矢……なかなか見つからなくてな。すぐに洗ってくるから、待ってろ。切ってやろうか?」
『いい』
俺が洗ってきたレモンを受け取るや否や、その白い歯がさくりとその鮮やかな黄色を穿った。燈矢は顔を顰めてひとつ咳をすると、もう一口齧った。
『お父さんも』
そう言って歯型がならぶ皮に、思い切って歯を立てた。燈矢が顔を顰めたとおり、酸味が味蕾をとおして脳に届く。
「酸っぱいな」
『お母さんがくれたレモン味の飴、美味しかったからレモンも食べたくなってさ。ありがとう』
それだけ残し、燈矢は歯を立てては顔を顰めを繰り返しながら寝室に戻っていった。
緊張がとけたのか、俺はほっと息をついた。
それからしばらくして、燈矢は帰らぬ人となった。世間は罰を受けずに死んでしまったと非難轟々だったが、燈矢はもう十分苦しんだ。ただしくは俺が苦しませたのだが、燈矢が受けるべきだった苦しみは俺が代わりに苦しむことで、世間には許しを乞い続けることにした。
親子の絆など、おこがましいことだが俺と燈矢に残った絆とはこの罪であり、罰であるのだと思う。他の親子がもつようなが持つようなうつくしい形をしていなくても、これこそが死がふたりを分つとも絶えることのない絆なのだと解釈する。
さよなら燈矢、もう少しだけ待っていてくれと墓石を撫でながら独りごつ。そんな石になってからじゃなくて、生きている間にこうして頭を撫でてやればよかったと後悔するが、燈矢はきっと地獄に下る俺を待っていてくれるような気がする。その時でも遅くはないだろう。春の兆しを見せる寒空を見上げ、レモンの果実とレモン味の飴を残して墓を後にした。
2022/7
高村光太郎「智恵子抄」
梶井基次郎「檸檬」
をうっすらオマージュしてます
誰もが口々に自らの息子の死を願うというなら、親である俺に何がしてやれるだろう。何かしてやる、という仮定からして間違っていてしてやるのではなく、しなければならないのだと思う。子の罪は親が雪ぐ。世間からしてみれば当たり前のことだが、胃を苛んでやまない。燈矢のことが面倒になったわけではない。もちろんそんなことはあり得ない。あの焼け野原になった小山とその裾野を幾度歩き、名前を呼んでも答えなかった子がどんな形であれ戻ったのだから、うれしいにきまっている。
新しい家に夏雄と冬美、そして焦凍、冷を住まわせて、この二人で暮らすには広すぎる日本家屋に燈矢と二人で住んでいる。
燈矢は意志の強さで今まで体を支えていたようなものだというのが医師の見解で、こうして上半身を上げて本を読むことができるということが奇跡だという。何度も奇跡を乗り越えて、燈矢は三度目の冬を迎える。
荼毘と名乗り罪なき人を焼き殺した燈矢は、その頃の粗暴な言動をどこへやったのか、記憶の中の燈矢が穏やかに成長すればこのようになるであろうと想定した通りの優しげな、棘のない青年となっている。焦凍が来るとそうもいかないらしいが、想像がつかない。
燈矢は本を貪るように読んでいる。特段好みはないらしく、書店で平積みになっているものを買って与えたら特段何も言わずに黙々と読んでいる。本が好きな冬美と話が合うらしく、冬美の本を貸すこともあるという。けれど個性の調整が前ほどうまく行かず、冬美ちゃんの本を燃やしてしまうのは嫌だから、お父さんが買って欲しいと言われた。そのくらいならいくらでも買ってやる。あさましいことだが、それで少し救われた気になっていた。
冬美が連れてきた婚約者には、燈矢さんのこともありますし、疎遠になるかと思いますと初対面で言われてしまう始末だった。婚約者からしてみれば、近親者に人殺しがいるという時点でマイナスなのだろうけれど、自分が犯した罪の重さを再度確認させられているようで、胃がじわじわと苛んだ。生涯償い続けるといえば威勢がいいが、そうもいかない。真綿で締められるような苦しみとはこのようなことを言うのだと思う。胃薬は手放せないものとなったり、食事が喉を通らなくなり、以前のような力も出せない。片手がないぶん不自由も増えた。いつしか、人生の選択肢に引退と死がよぎるようになってきた。今となっては逃げだとか、錯乱していると考えることができるが、当時はそのような考えには至らなかった。そのうちどちらが魅力的に映ったかといえば、死の方だった。
夜中、喉の渇きを覚えて台所に立つと、何かを引きずるような音を聞いた。燈矢だった。
「どうした、こんな夜遅くに。歩けるようになったのか」
答えはなかった。正確には声帯まで焼けてしまっているため声が出ないという。器用にスマホで文字を入力して、薄ぼんやり光る画面を見せてきた。老眼が進んできた目をどうにか合わせて、画面を読む。
『夏くんが都合つく土日に、歩く練習をしてる』
「夏が? そうか、よかった」
『お父さん、レモンが食べたい』
本を欲する以外に、燈矢と再会してからはじめてのおねだりだった。深夜二時。やっている店といえばコンビニしかないが、飲み屋街のコンビニには酒に入れるためのレモンが売っていると聞いたことがある。燈矢がいままで俺にねだったのは修行だけだった。家族旅行も、流行りのおもちゃも欲しがらず友達の一人もつくらずに修行に明け暮れた。そんな燈矢の願い、叶えてないわけにはいかなかった。
コートを片手なしで着るのにも慣れており、マフラーを巻いて寒風吹き荒ぶ街に出た。しんしんと冷える冬空は星に満ちており、そういえば冬美が生まれたときもこんな寒い日だったと思い返した。
レモンは、と聞くともう無いですね、と言われたりうちには置いてないですと言われたり。燈矢がやっと心を許し、してくれたおねだりを早く叶えてやりたいと思うのは親の性だろうか、それとも罪滅ぼしだろうか。五件目でやっとひとつ、つやりとまぶしく蛍光灯の光を弾くレモンを買うことができた。片手で収まる果実を潰さないようにポケットに入れ、店を出た。現金で買い物をする人は年々減っているらしく、店内で人を探してやっと見つけた店員が面倒そうに会計をしてくれた。
『遅い』
「ああ、悪い燈矢……なかなか見つからなくてな。すぐに洗ってくるから、待ってろ。切ってやろうか?」
『いい』
俺が洗ってきたレモンを受け取るや否や、その白い歯がさくりとその鮮やかな黄色を穿った。燈矢は顔を顰めてひとつ咳をすると、もう一口齧った。
『お父さんも』
そう言って歯型がならぶ皮に、思い切って歯を立てた。燈矢が顔を顰めたとおり、酸味が味蕾をとおして脳に届く。
「酸っぱいな」
『お母さんがくれたレモン味の飴、美味しかったからレモンも食べたくなってさ。ありがとう』
それだけ残し、燈矢は歯を立てては顔を顰めを繰り返しながら寝室に戻っていった。
緊張がとけたのか、俺はほっと息をついた。
それからしばらくして、燈矢は帰らぬ人となった。世間は罰を受けずに死んでしまったと非難轟々だったが、燈矢はもう十分苦しんだ。ただしくは俺が苦しませたのだが、燈矢が受けるべきだった苦しみは俺が代わりに苦しむことで、世間には許しを乞い続けることにした。
親子の絆など、おこがましいことだが俺と燈矢に残った絆とはこの罪であり、罰であるのだと思う。他の親子がもつようなが持つようなうつくしい形をしていなくても、これこそが死がふたりを分つとも絶えることのない絆なのだと解釈する。
さよなら燈矢、もう少しだけ待っていてくれと墓石を撫でながら独りごつ。そんな石になってからじゃなくて、生きている間にこうして頭を撫でてやればよかったと後悔するが、燈矢はきっと地獄に下る俺を待っていてくれるような気がする。その時でも遅くはないだろう。春の兆しを見せる寒空を見上げ、レモンの果実とレモン味の飴を残して墓を後にした。
2022/7
はじめての共同作業(広義)#ヒロアカ #カップリング #荼炎
はじめての共同作業(広義)#ヒロアカ #カップリング #荼炎
死後裁かれる、ってポスターを見つけてからずっと考えてたんだよ。もう俺は人を殺しすぎた。もう裁きからは免れない。
ならできるだけ罪を犯したほうがお得だよなぁ、お父さん?
なんだよ、そんなに怯えることないだろ。俺とセックスするのそんなに嫌なのか?お父さんは俺がどういう感情を向けてきたって、逃げない見続けるってカッコつけてたじゃんかよ。また、嘘つくのかよ。
尻たぶを割り開き、つんと尿のにおいがかおる。尻穴のまわりに生えた毛を引っ張ると大袈裟なくらい身を固くし、それが面白くて俺は大きな声をあげて笑った。
ふ、となでるように手を振るとお父さんの尻毛に火がついて、尻と脚の筋肉がこわばった。火はほんのすこしだけ燃えた後消えた。
「なんかもっと、悲鳴とかあげるのかと思った……あ、口にタオル詰めたんだった」
舌を切ってしまわないように詰めたタオルを取り除いてやっても、何も言わなかった。親っぽいこととか言うかな?と思ったけど何もなかった。ただ黙って、唇を弾き結んでいる。嵐に耐えたら、また日が昇ると信じてるやつみたいで、やまない雨はないと信じているやつみたいで腹が立った。俺の太陽は二度と登らなかったのに。俺に降る雨を防ぐために、傘を持ってたのにくれなかったくせに。
失ったもの、手に入らなかったものをずぅっと欲しがって、諦めることができたらよかったのかもしれないけど、そこはさ、俺だってお父さんの息子だから。
ものはためしでちんこ挿れてみたけど、全然。面白くもなんともない。気持ち良くもない。ただただお父さんが苦しげに呼吸するのを聞いていただけだ。
俺は、お父さんのことを罰したい訳じゃない……ような気がする。でも罪をつぐなってほしい気持ちもある。複雑。俺は、お父さんをどうしたいんだろう。
俺のこと好きになってほしいのかも。大事なものだったって抱きしめてほしいのかも。なんとなくわかっているのに、こうして突き放して、罰してしまう。
すぐに答えを出さなくていいや。俺の命が続く限り、問い続けていたい。俺はお父さんを……どうしたいのか、どうして欲しかったのか。いま、どうしてほしいのか。
お父さんの拘束を解いてやると、ふらふらとトイレまで歩いて行って吐いているみたいだった。かわいそうなお父さん。罪作りなお父さん。俺ともっと作ろうね、罪!
2023/3/17
死後裁かれる、ってポスターを見つけてからずっと考えてたんだよ。もう俺は人を殺しすぎた。もう裁きからは免れない。
ならできるだけ罪を犯したほうがお得だよなぁ、お父さん?
なんだよ、そんなに怯えることないだろ。俺とセックスするのそんなに嫌なのか?お父さんは俺がどういう感情を向けてきたって、逃げない見続けるってカッコつけてたじゃんかよ。また、嘘つくのかよ。
尻たぶを割り開き、つんと尿のにおいがかおる。尻穴のまわりに生えた毛を引っ張ると大袈裟なくらい身を固くし、それが面白くて俺は大きな声をあげて笑った。
ふ、となでるように手を振るとお父さんの尻毛に火がついて、尻と脚の筋肉がこわばった。火はほんのすこしだけ燃えた後消えた。
「なんかもっと、悲鳴とかあげるのかと思った……あ、口にタオル詰めたんだった」
舌を切ってしまわないように詰めたタオルを取り除いてやっても、何も言わなかった。親っぽいこととか言うかな?と思ったけど何もなかった。ただ黙って、唇を弾き結んでいる。嵐に耐えたら、また日が昇ると信じてるやつみたいで、やまない雨はないと信じているやつみたいで腹が立った。俺の太陽は二度と登らなかったのに。俺に降る雨を防ぐために、傘を持ってたのにくれなかったくせに。
失ったもの、手に入らなかったものをずぅっと欲しがって、諦めることができたらよかったのかもしれないけど、そこはさ、俺だってお父さんの息子だから。
ものはためしでちんこ挿れてみたけど、全然。面白くもなんともない。気持ち良くもない。ただただお父さんが苦しげに呼吸するのを聞いていただけだ。
俺は、お父さんのことを罰したい訳じゃない……ような気がする。でも罪をつぐなってほしい気持ちもある。複雑。俺は、お父さんをどうしたいんだろう。
俺のこと好きになってほしいのかも。大事なものだったって抱きしめてほしいのかも。なんとなくわかっているのに、こうして突き放して、罰してしまう。
すぐに答えを出さなくていいや。俺の命が続く限り、問い続けていたい。俺はお父さんを……どうしたいのか、どうして欲しかったのか。いま、どうしてほしいのか。
お父さんの拘束を解いてやると、ふらふらとトイレまで歩いて行って吐いているみたいだった。かわいそうなお父さん。罪作りなお父さん。俺ともっと作ろうね、罪!
2023/3/17
父の背中 #ダイヤの #カップリング #御クリ
父の背中 #ダイヤの #カップリング #御クリ
「先輩、お盆どうします?」
「そうだな……御袋のところに顔出すつもりだ。親父の墓参りに行こうと誘われているんだだ」
「そうですか、十五日ですか?」
「ああ」
「じゃあ、他の日はご飯いりますね」
クローゼットから懸命に喪服を探すクリス先輩の朽葉色の髪に、白いものが目立つようになってきた。それほどに、俺たちは長いときを過ごした。単なる先輩と後輩から、同性パートナー、と名の付く関係になってからは、十九年。俺がクリス先輩と出会ったのが中学、十三か十四だから、途方もなく長いように感じる。
始めから順風満帆というわけではなく、どんなに好きあっててもひとつの個人と個人の生活なのだからいろいろとやり合った。例えば一緒に寝ていても、クリス先輩は暑がりだから冷房の設定温度は二十五度が良い、俺は二十七度が良いと良い大人が二度のためにいってきますのキスをしなかったことがあったり。挙げはじめたらきりがない。その結果として一つの家族の形として、上手くやっていると思う。
高校生の頃は、こうして優しく頬を撫でるだなんて夢のまた夢だった。夢みたいだ、と今でも思うことはある。けれどこうして優しく微笑み返されて、どうしたんだ御幸、と頬にキスが一つ落とされた感触は、香りは現実だ。
五十代も後半になり、クリス先輩が存在しないかった時間より、存在する時間の方が増えているという事実が堪らなく、幸福という他に言葉が見つからない。
かけがえない人と過ごす時間は、今も、昔も輝いている。
久しぶりに、父に会ってみようかと思い立った。男性とパートナーになる、と報告し、すこし驚いてから、そうかとだけ言ったのを最後になんとなく顔を合わせづらくて会っていない。もとから口数の少ない父は、歳をとるごとに更に必要以上に話さなくなった。今更顔を合わせたところで、何を離せばいいかわからないが肉親に会いたいという気持ちに格段理由をつける理由もないだろう。
「もしもし」
「一也か」
「そうだよ」
親というものはこれだけ長い間会っていなくても、歳をとっていても、息子の声を聞いただけで分かるものらしい。
「ちょっと、お盆のときにでも会えたらなって思って」
「ああ、いいぞ」
意外とあっさりと会う約束ができてしまった。あれだけ抵抗感があった、ヘテロとして生きている父と会うことも、もしかしたら時間が解決してくれるのかもしれない。
◇
「先輩、今日は俺も外で食べてきます」
「ああ」
「親父と会うんです」
「そうか、そうしておいた方がいいと思うぞ」
「はい」
朝食の納豆にミョウガを山のように盛る先輩の前に、冷たいほうじ茶を置くとありがとう、と返事。
先輩がおととしの夏からミョウガにハマり、(先輩に言わせると、あの苦味がたまらん、らしい)ベランダの作物にミョウガを新しく植えたのは記憶に新しい。一度植えるとたくさんできるとどこかから聞いてきたらしく、甲斐甲斐しく水を遣っている。
昼前には家を出ると言っていた先輩は、喪服がなかなか見つからないらしく、家じゅうを右往左往している。最近、指摘しづらいが物忘れが目立つようになってきている。それだけの時を、俺は、先輩は過ごしてきた。
「悪い、貸してくれないか」
「いいですよ」
性別も体格も変わらないからこそできる貸し借り。白いシャツに、黒いネクタイ。それだけのある種日本的な喪に服す記号である喪服。それがここまで素敵に決まってしまうのだから、惚れた色眼鏡を通して見るのは本当に恐ろしいものだ。これだけ長い付き合いなのに、暫しの間見とれてしまう。
視線に気付かれてしまい、恥ずかしくなって部屋を後にした。見ていてもいいんだぞ、と冗談めかした声が俺の背に向かって投げられる。現役時代の投球を思い出す力強い皮肉だ。
少し薄めに作ったスポーツドリンクをお気に入りの水筒につめて、いってきます、のキスを頬に落としていった。
世の夫婦がどうなのかは知らないが、あまりベタベタと、時間を詰めて会う関係ではないから一人の時間が苦ではない。必ずあの人はここへ帰ってくると思いが、この長い時間、さまざまなやり合いの積み重ねがあって、確信できる。
のんびりと見送ったが、俺もそろそろ準備をしなくては。父は時間に厳しい人だから、口約束とは言えあんまりにも遅いとさらにだんまりを決め込むだろう。
お盆休み、しかも土曜ともなれば乗り換えた先々すべて空いている。先日、クリス先輩が高校生から席を譲られたと言ってたいそうショックを受けていた。高校生のときであった俺らが、高校生から見たら、労わるべき老人に見えたというのだから、時の流れは恐ろしい。それでいて、俺がかけている眼鏡が老眼鏡になった今も、先輩との出会いから、鮮明に思い出せるのだから人の記憶は恐ろしい。
ぼんやりと懐かしい思い出に浸っていると、実家の最寄駅についていた。少しも変わらない故郷、というわけにはいかず駅前の様子は随分様変わりしていた。高校のときにあった店はほとんどなくなり、それぞれ別の店になっている。二十代の頃クリス先輩と行った小さな飲み屋、先輩がモツ煮をおいしいおいしいと食べていた店も、なくなってしまっている。古ぼけたテナント募集中の看板にとまっている蝉のけたたましい鳴き声だけが鼓膜を叩く。
さやさやと葉擦れを奏でる竹林の脇を抜けると、見慣れた灰色の塔の群れが見えてくる。小さいころ、あの塔、煙突の排煙がオバケに見えると泣いて父を困らせた記憶がある。父は工場を余所の経験者に譲って、時に技術指導をしながら暮らしている、と言っていた。元気にやっているだろうか。記憶の糸をよくよくほどいてみると、孫の顔は見せられないと宣言してから会っていなかった。実に気まずい。が、ここまで来ておいて戻るわけにもいかない。
しんと静まり返るコンクリートの三和土から、小さくただいま、と言うと無愛想であまり感情を出しているところを見たことが無い父が何故か泣きそうな顔でおかえり、と返してくれた。
人を迎えるとき、これ以外の候補がないのかもしれない、と三つ重ねられた特上寿司のすし桶を横に除け、ずっと客を待っていたことを想像させる、水滴が余すことなくついたグラスの麦茶を一気に飲む。
父と、母と、本当に小さいころの自分の写真を、俺が小学四年ごろに図工の授業で作った木枠と紙粘土の写真立てに立てている。色の悪いカレーパンのような紙粘土製のキャッチャーミットが貼り付けられている。このころには、俺はクリス先輩といずれ出会う未来を歩み始めているかと思うと少しだけ頬が緩む。
独り暮らしが長いからか、実に手慣れた手つきで新しく緑茶をいれてくれた。一緒に暮らしていた頃はあまりそういうことをしていないから、苦手なのだと思っていた。
「一也」
「うん」
こんなに年をとっていながら、親とスムーズに会話ができないことに恥ずかしさすら覚える。ただ一人残った肉親とですら意志疎通が上手くできない憤りと寂しさ、のようなものに襲われる。
「お前は、できた息子だ」
「え?そ、そうかな」
「ああ」
それだけ言って満足したのか、湯飲みに手をかける父は何でもなさそうに俺を褒めた。数えるくらいしか褒められた記憶が無いだけに、なぜんこのタイミングで褒められたのか。混乱する俺を置いて父は珍しく話し続ける。父はというと何ともない様子で割り箸を割っている。
「お前が甲子園行きを決めてから、言おう言おうと思っていたんだけどな……」
大きな父、言葉にはせずとも尊敬する父からそんな言葉が聞けてしまうとは。混乱と、さらに動揺を心に沈める。湯飲みを持つ手の皺の深さが嫌に目についてしまう。
「お前が今、幸せを、誰かと生きることが幸せに思えて誰かと生きているなら、それが誰であろうと、構わない」
父には、ヘテロとして生き、ヘテロ以外の選択肢を考えてこなかったであろう父にこんなにあっさりと許容されるとは思ってもみなかった。どんな顔で俺を見ているのか見たくなくて澄んだ黄緑色を見つめるほかなかった。
「そんなに縮こまることは無い、一也、親はな、というか、俺はなお前が幸せならそれで、それ以上望むことは無いんだ」
「オヤジがそんなに喋ったの、初めて聞いたかも」
「そうか?」
「そうだよ」
ふふ、と穏やかに笑う父を、呆けた顔で見ることしかできなかった。ここまでわかり合うまでにこんなに長い時間をかけたが、わかり合うときは二、三の言葉で十分だったということだろうか。父の気持ちにまで気をまわし過ぎたのかもしれない。父は、言葉にせずともずっと気持ちは寄り添ってくれていた、と信じていいのだろう。
「母さんの仏壇に線香あげてけ」
「そのつもり」
埃一つない仏壇の前に座り、記憶にない母の笑顔と向き合う。母にも心の中で、現在の自分の幸せを報告し、手を合わせた。嗅ぎ慣れない線香の香が鼻をつく。嫌な気はしないが、この香りは死と結びつきすぎている、と思う。人の死のそばに常につきまとう香りだ。
「一也、お前の好い人は随分男前だな」
「なっ、えっ?」
リビングに戻って急にこういわれて驚かざるを得ない。
「なんで知って……」
「お前の定期入れ、玄関に落ちてたぞ。しかしお前もカッコ付けておいて定期に写真だなんてベタなことするんだな」
「オヤジこそ、財布に母さんの写真入れてるくせに」
父は目じりにいっそう皺を湛えて、折りたたみ財布の小銭入れの裏からの紙片を取り出して寄越した。
「お前が生まれてすぐ、母さんがお前と写りたいって言うもんだからな」
仏壇で笑う母とは、また違う母の笑み。小さく、まだ目も開いてない俺を抱く母と、それを撮る父。口に出すのは恥ずかしい。だが胸に灯るあたたかさがある。
「……親馬鹿」
「いいさ、馬鹿で」
そう言って庭に出てタバコを吸う父の背中、超えたと思った背がずいぶん大きく見えた。
「また近いうちに寄るよ」
「おう、また来い……今度は二人で来い、近くに美味い魚を煮つける居酒屋ができたんだ」
「うん……?」
「だから、その男前を連れてこいって」
「そのうちに……」
「来ないつもりだろ」
「あ?わかった?」
「ああ、父親だからな」
「おそれいりました」
仏壇の近くの風鈴が、ちち、と少しだけ音を立てた。
夕暮れの竹藪は、空が狭く見える。
蝉の鳴き声が鼓膜を執拗に叩く。何度でも同じような夏が巡ってきた。大人になってからは特にそう感じる。高校のときは同じ夏なんて二度と来ないっていうことを嫌というほど知っていた。負ければ、先輩の引退という一番分かりやすい形で季節を区切る。けれど今は、クリス先輩が自分のそばに居てくれる、前の夏もそうだったというように先輩が居る夏か、という基準で考えている。だから同じ夏と言えるのだろう。いつまでも「同じ夏」が来ると良い。そんなことを考えてニヤついてしまう。もう五十だっていうのに。
「ただいま」
「あれ、早かったですね」
「ああ……」
クリス先輩は少しだけ不機嫌な様子で、喪服のジャケットをハンガーにかけている。
「親戚が来た」
おそらくその親戚に嫌味の一つや二つを言われてしまったのだろう。声はかけずにおいて冷たいほうじ茶を差し出す。
「ありがとう」
声からも表情からも、疲れがにじみ出ている。こんなときはあったかいお風呂に入って、それでもまだモヤモヤが残るなら、俺にもその気持ちを背負わせてほしい。先輩は風呂上りスッとするのが好きで、こんな暑い日は特に粘膜がヒリヒリするくらいハッカ油を入れてしまうから一声かけておく。タオルはしっかり太陽を浴びてふんわりしたものを渡す。
「何から何まで、ありがとう御幸」
「好きな人が素敵な時間を過ごして欲しいから、俺は家事楽しいですよ」
頬にキスをひとつ落とすと、少し苦しそうに笑って風呂場へ向かって行った。
先輩の親戚は同性パートナーとの生活に関して好意的な考えをもっておらず、そこまで深く気にしていない先輩のお母さんとの時間を邪魔されてへこんでいるのだろう。あのアクの強い親父さんがクリス先輩をそんな親類たちから守ってくれていたと言っていたから二重三重苦しいのだろう。
こればっかりは俺があれこれ気をまわしてもしょうがない。せめて少しでも生活するうえで気分よく暮らしてくれるように、手間をかける。
「先輩、身体が冷たい」
「そうか?」
「そうかじゃないですよ……ハッカ油たくさん入れたでしょ……そんな可愛い顔してもダメです」
「この歳になっても、かわいいのか?」
照れもあるのだろう、この前一緒に買いに行った毒々しい色のクッションでたたいてくる。一緒に過ごす時間全てが愛おしい、クリス先輩の見せる表情全てが可愛いと言ってしまいたい。
「そりぁあ、もちろん」
「お前、変わったな」
急に目じりに皺をためて嬉しそうに笑われてしまった。いつもと変わらないやりとりだと思っていたのだが。
「何がです?」
「いやあ、それは」
話題を投げたかと思えば、照れ隠しなのかずいぶん可愛らしい仕草で甘えてくる。だんだん心配になってきてしまう。いつもは結構ストレートに好きだのなんだの言いあっているのに、何かを言いよどんでいるように見える。
「俺は変わってないですよ」
「そうか?前よりなんだかかっこよくなってるぞ」
「……先輩、やっぱり何がありましたか」
「なんだかな、父は偉大だったな、と」
その父と同じ瞳の色をして、クリス先輩は今日あったことをぽつぽつと話し始めた。予想していた通り、母との時間を邪魔されてしまったようだった。
「何がいけないのか俺にはわからないし、母にもわからない。それなのに気に入らないらしくて」
俺らだけでは解決のしようがない問題に悩んでいる。消えることはないが、やり過ごすことはできる。クリス先輩の、ハッカの香りが遠慮なく香るうなじにキスをすると素直に振り向いてキスを受け入れてくれる。
「じゃあ、今度クリス先輩のお母さんと、うちのオヤジをウチに招きましょう。そうすれば変に邪魔されることもないでしょうし、たっぷりの薬味用意して、美味しいお蕎麦茹でましょう」
「ミョウガ」
大好きなメニューを出すと聞いて、少しは機嫌が直っただろうか。
「はいはい、そんなにミョウガばっかり食べてたらミョウガになっちゃいますよ……」
「……実はな、御幸が居ないときにミョウガと味噌で食べている」
「……」
「怒った顔も、男前だな」
「怒ってはないですけど……そうやって誤魔化そうとする」
「そんなことないぞ、本音だ本音」
「知っているんですからね最近一日一チョコ、血糖値を下げる運動をサボってるの」
「だって、夏は新作のミントチョコが出るんだぞ」
つい照れ隠しで厳しい言葉を浴びせてしまうが、大して気にした様子もない。
「それ秋も冬も春も言ってました」
「どんな季節も、お前と一緒だからおいしくチョコが食べれるんだ」
そうやって甘い言葉で言いくるめられてしまう。本当にチョロイ男だと自分でも思う。惚れた弱みというやつは本当に恐ろしい。
「先輩、お盆どうします?」
「そうだな……御袋のところに顔出すつもりだ。親父の墓参りに行こうと誘われているんだだ」
「そうですか、十五日ですか?」
「ああ」
「じゃあ、他の日はご飯いりますね」
クローゼットから懸命に喪服を探すクリス先輩の朽葉色の髪に、白いものが目立つようになってきた。それほどに、俺たちは長いときを過ごした。単なる先輩と後輩から、同性パートナー、と名の付く関係になってからは、十九年。俺がクリス先輩と出会ったのが中学、十三か十四だから、途方もなく長いように感じる。
始めから順風満帆というわけではなく、どんなに好きあっててもひとつの個人と個人の生活なのだからいろいろとやり合った。例えば一緒に寝ていても、クリス先輩は暑がりだから冷房の設定温度は二十五度が良い、俺は二十七度が良いと良い大人が二度のためにいってきますのキスをしなかったことがあったり。挙げはじめたらきりがない。その結果として一つの家族の形として、上手くやっていると思う。
高校生の頃は、こうして優しく頬を撫でるだなんて夢のまた夢だった。夢みたいだ、と今でも思うことはある。けれどこうして優しく微笑み返されて、どうしたんだ御幸、と頬にキスが一つ落とされた感触は、香りは現実だ。
五十代も後半になり、クリス先輩が存在しないかった時間より、存在する時間の方が増えているという事実が堪らなく、幸福という他に言葉が見つからない。
かけがえない人と過ごす時間は、今も、昔も輝いている。
久しぶりに、父に会ってみようかと思い立った。男性とパートナーになる、と報告し、すこし驚いてから、そうかとだけ言ったのを最後になんとなく顔を合わせづらくて会っていない。もとから口数の少ない父は、歳をとるごとに更に必要以上に話さなくなった。今更顔を合わせたところで、何を離せばいいかわからないが肉親に会いたいという気持ちに格段理由をつける理由もないだろう。
「もしもし」
「一也か」
「そうだよ」
親というものはこれだけ長い間会っていなくても、歳をとっていても、息子の声を聞いただけで分かるものらしい。
「ちょっと、お盆のときにでも会えたらなって思って」
「ああ、いいぞ」
意外とあっさりと会う約束ができてしまった。あれだけ抵抗感があった、ヘテロとして生きている父と会うことも、もしかしたら時間が解決してくれるのかもしれない。
◇
「先輩、今日は俺も外で食べてきます」
「ああ」
「親父と会うんです」
「そうか、そうしておいた方がいいと思うぞ」
「はい」
朝食の納豆にミョウガを山のように盛る先輩の前に、冷たいほうじ茶を置くとありがとう、と返事。
先輩がおととしの夏からミョウガにハマり、(先輩に言わせると、あの苦味がたまらん、らしい)ベランダの作物にミョウガを新しく植えたのは記憶に新しい。一度植えるとたくさんできるとどこかから聞いてきたらしく、甲斐甲斐しく水を遣っている。
昼前には家を出ると言っていた先輩は、喪服がなかなか見つからないらしく、家じゅうを右往左往している。最近、指摘しづらいが物忘れが目立つようになってきている。それだけの時を、俺は、先輩は過ごしてきた。
「悪い、貸してくれないか」
「いいですよ」
性別も体格も変わらないからこそできる貸し借り。白いシャツに、黒いネクタイ。それだけのある種日本的な喪に服す記号である喪服。それがここまで素敵に決まってしまうのだから、惚れた色眼鏡を通して見るのは本当に恐ろしいものだ。これだけ長い付き合いなのに、暫しの間見とれてしまう。
視線に気付かれてしまい、恥ずかしくなって部屋を後にした。見ていてもいいんだぞ、と冗談めかした声が俺の背に向かって投げられる。現役時代の投球を思い出す力強い皮肉だ。
少し薄めに作ったスポーツドリンクをお気に入りの水筒につめて、いってきます、のキスを頬に落としていった。
世の夫婦がどうなのかは知らないが、あまりベタベタと、時間を詰めて会う関係ではないから一人の時間が苦ではない。必ずあの人はここへ帰ってくると思いが、この長い時間、さまざまなやり合いの積み重ねがあって、確信できる。
のんびりと見送ったが、俺もそろそろ準備をしなくては。父は時間に厳しい人だから、口約束とは言えあんまりにも遅いとさらにだんまりを決め込むだろう。
お盆休み、しかも土曜ともなれば乗り換えた先々すべて空いている。先日、クリス先輩が高校生から席を譲られたと言ってたいそうショックを受けていた。高校生のときであった俺らが、高校生から見たら、労わるべき老人に見えたというのだから、時の流れは恐ろしい。それでいて、俺がかけている眼鏡が老眼鏡になった今も、先輩との出会いから、鮮明に思い出せるのだから人の記憶は恐ろしい。
ぼんやりと懐かしい思い出に浸っていると、実家の最寄駅についていた。少しも変わらない故郷、というわけにはいかず駅前の様子は随分様変わりしていた。高校のときにあった店はほとんどなくなり、それぞれ別の店になっている。二十代の頃クリス先輩と行った小さな飲み屋、先輩がモツ煮をおいしいおいしいと食べていた店も、なくなってしまっている。古ぼけたテナント募集中の看板にとまっている蝉のけたたましい鳴き声だけが鼓膜を叩く。
さやさやと葉擦れを奏でる竹林の脇を抜けると、見慣れた灰色の塔の群れが見えてくる。小さいころ、あの塔、煙突の排煙がオバケに見えると泣いて父を困らせた記憶がある。父は工場を余所の経験者に譲って、時に技術指導をしながら暮らしている、と言っていた。元気にやっているだろうか。記憶の糸をよくよくほどいてみると、孫の顔は見せられないと宣言してから会っていなかった。実に気まずい。が、ここまで来ておいて戻るわけにもいかない。
しんと静まり返るコンクリートの三和土から、小さくただいま、と言うと無愛想であまり感情を出しているところを見たことが無い父が何故か泣きそうな顔でおかえり、と返してくれた。
人を迎えるとき、これ以外の候補がないのかもしれない、と三つ重ねられた特上寿司のすし桶を横に除け、ずっと客を待っていたことを想像させる、水滴が余すことなくついたグラスの麦茶を一気に飲む。
父と、母と、本当に小さいころの自分の写真を、俺が小学四年ごろに図工の授業で作った木枠と紙粘土の写真立てに立てている。色の悪いカレーパンのような紙粘土製のキャッチャーミットが貼り付けられている。このころには、俺はクリス先輩といずれ出会う未来を歩み始めているかと思うと少しだけ頬が緩む。
独り暮らしが長いからか、実に手慣れた手つきで新しく緑茶をいれてくれた。一緒に暮らしていた頃はあまりそういうことをしていないから、苦手なのだと思っていた。
「一也」
「うん」
こんなに年をとっていながら、親とスムーズに会話ができないことに恥ずかしさすら覚える。ただ一人残った肉親とですら意志疎通が上手くできない憤りと寂しさ、のようなものに襲われる。
「お前は、できた息子だ」
「え?そ、そうかな」
「ああ」
それだけ言って満足したのか、湯飲みに手をかける父は何でもなさそうに俺を褒めた。数えるくらいしか褒められた記憶が無いだけに、なぜんこのタイミングで褒められたのか。混乱する俺を置いて父は珍しく話し続ける。父はというと何ともない様子で割り箸を割っている。
「お前が甲子園行きを決めてから、言おう言おうと思っていたんだけどな……」
大きな父、言葉にはせずとも尊敬する父からそんな言葉が聞けてしまうとは。混乱と、さらに動揺を心に沈める。湯飲みを持つ手の皺の深さが嫌に目についてしまう。
「お前が今、幸せを、誰かと生きることが幸せに思えて誰かと生きているなら、それが誰であろうと、構わない」
父には、ヘテロとして生き、ヘテロ以外の選択肢を考えてこなかったであろう父にこんなにあっさりと許容されるとは思ってもみなかった。どんな顔で俺を見ているのか見たくなくて澄んだ黄緑色を見つめるほかなかった。
「そんなに縮こまることは無い、一也、親はな、というか、俺はなお前が幸せならそれで、それ以上望むことは無いんだ」
「オヤジがそんなに喋ったの、初めて聞いたかも」
「そうか?」
「そうだよ」
ふふ、と穏やかに笑う父を、呆けた顔で見ることしかできなかった。ここまでわかり合うまでにこんなに長い時間をかけたが、わかり合うときは二、三の言葉で十分だったということだろうか。父の気持ちにまで気をまわし過ぎたのかもしれない。父は、言葉にせずともずっと気持ちは寄り添ってくれていた、と信じていいのだろう。
「母さんの仏壇に線香あげてけ」
「そのつもり」
埃一つない仏壇の前に座り、記憶にない母の笑顔と向き合う。母にも心の中で、現在の自分の幸せを報告し、手を合わせた。嗅ぎ慣れない線香の香が鼻をつく。嫌な気はしないが、この香りは死と結びつきすぎている、と思う。人の死のそばに常につきまとう香りだ。
「一也、お前の好い人は随分男前だな」
「なっ、えっ?」
リビングに戻って急にこういわれて驚かざるを得ない。
「なんで知って……」
「お前の定期入れ、玄関に落ちてたぞ。しかしお前もカッコ付けておいて定期に写真だなんてベタなことするんだな」
「オヤジこそ、財布に母さんの写真入れてるくせに」
父は目じりにいっそう皺を湛えて、折りたたみ財布の小銭入れの裏からの紙片を取り出して寄越した。
「お前が生まれてすぐ、母さんがお前と写りたいって言うもんだからな」
仏壇で笑う母とは、また違う母の笑み。小さく、まだ目も開いてない俺を抱く母と、それを撮る父。口に出すのは恥ずかしい。だが胸に灯るあたたかさがある。
「……親馬鹿」
「いいさ、馬鹿で」
そう言って庭に出てタバコを吸う父の背中、超えたと思った背がずいぶん大きく見えた。
「また近いうちに寄るよ」
「おう、また来い……今度は二人で来い、近くに美味い魚を煮つける居酒屋ができたんだ」
「うん……?」
「だから、その男前を連れてこいって」
「そのうちに……」
「来ないつもりだろ」
「あ?わかった?」
「ああ、父親だからな」
「おそれいりました」
仏壇の近くの風鈴が、ちち、と少しだけ音を立てた。
夕暮れの竹藪は、空が狭く見える。
蝉の鳴き声が鼓膜を執拗に叩く。何度でも同じような夏が巡ってきた。大人になってからは特にそう感じる。高校のときは同じ夏なんて二度と来ないっていうことを嫌というほど知っていた。負ければ、先輩の引退という一番分かりやすい形で季節を区切る。けれど今は、クリス先輩が自分のそばに居てくれる、前の夏もそうだったというように先輩が居る夏か、という基準で考えている。だから同じ夏と言えるのだろう。いつまでも「同じ夏」が来ると良い。そんなことを考えてニヤついてしまう。もう五十だっていうのに。
「ただいま」
「あれ、早かったですね」
「ああ……」
クリス先輩は少しだけ不機嫌な様子で、喪服のジャケットをハンガーにかけている。
「親戚が来た」
おそらくその親戚に嫌味の一つや二つを言われてしまったのだろう。声はかけずにおいて冷たいほうじ茶を差し出す。
「ありがとう」
声からも表情からも、疲れがにじみ出ている。こんなときはあったかいお風呂に入って、それでもまだモヤモヤが残るなら、俺にもその気持ちを背負わせてほしい。先輩は風呂上りスッとするのが好きで、こんな暑い日は特に粘膜がヒリヒリするくらいハッカ油を入れてしまうから一声かけておく。タオルはしっかり太陽を浴びてふんわりしたものを渡す。
「何から何まで、ありがとう御幸」
「好きな人が素敵な時間を過ごして欲しいから、俺は家事楽しいですよ」
頬にキスをひとつ落とすと、少し苦しそうに笑って風呂場へ向かって行った。
先輩の親戚は同性パートナーとの生活に関して好意的な考えをもっておらず、そこまで深く気にしていない先輩のお母さんとの時間を邪魔されてへこんでいるのだろう。あのアクの強い親父さんがクリス先輩をそんな親類たちから守ってくれていたと言っていたから二重三重苦しいのだろう。
こればっかりは俺があれこれ気をまわしてもしょうがない。せめて少しでも生活するうえで気分よく暮らしてくれるように、手間をかける。
「先輩、身体が冷たい」
「そうか?」
「そうかじゃないですよ……ハッカ油たくさん入れたでしょ……そんな可愛い顔してもダメです」
「この歳になっても、かわいいのか?」
照れもあるのだろう、この前一緒に買いに行った毒々しい色のクッションでたたいてくる。一緒に過ごす時間全てが愛おしい、クリス先輩の見せる表情全てが可愛いと言ってしまいたい。
「そりぁあ、もちろん」
「お前、変わったな」
急に目じりに皺をためて嬉しそうに笑われてしまった。いつもと変わらないやりとりだと思っていたのだが。
「何がです?」
「いやあ、それは」
話題を投げたかと思えば、照れ隠しなのかずいぶん可愛らしい仕草で甘えてくる。だんだん心配になってきてしまう。いつもは結構ストレートに好きだのなんだの言いあっているのに、何かを言いよどんでいるように見える。
「俺は変わってないですよ」
「そうか?前よりなんだかかっこよくなってるぞ」
「……先輩、やっぱり何がありましたか」
「なんだかな、父は偉大だったな、と」
その父と同じ瞳の色をして、クリス先輩は今日あったことをぽつぽつと話し始めた。予想していた通り、母との時間を邪魔されてしまったようだった。
「何がいけないのか俺にはわからないし、母にもわからない。それなのに気に入らないらしくて」
俺らだけでは解決のしようがない問題に悩んでいる。消えることはないが、やり過ごすことはできる。クリス先輩の、ハッカの香りが遠慮なく香るうなじにキスをすると素直に振り向いてキスを受け入れてくれる。
「じゃあ、今度クリス先輩のお母さんと、うちのオヤジをウチに招きましょう。そうすれば変に邪魔されることもないでしょうし、たっぷりの薬味用意して、美味しいお蕎麦茹でましょう」
「ミョウガ」
大好きなメニューを出すと聞いて、少しは機嫌が直っただろうか。
「はいはい、そんなにミョウガばっかり食べてたらミョウガになっちゃいますよ……」
「……実はな、御幸が居ないときにミョウガと味噌で食べている」
「……」
「怒った顔も、男前だな」
「怒ってはないですけど……そうやって誤魔化そうとする」
「そんなことないぞ、本音だ本音」
「知っているんですからね最近一日一チョコ、血糖値を下げる運動をサボってるの」
「だって、夏は新作のミントチョコが出るんだぞ」
つい照れ隠しで厳しい言葉を浴びせてしまうが、大して気にした様子もない。
「それ秋も冬も春も言ってました」
「どんな季節も、お前と一緒だからおいしくチョコが食べれるんだ」
そうやって甘い言葉で言いくるめられてしまう。本当にチョロイ男だと自分でも思う。惚れた弱みというやつは本当に恐ろしい。
みずかおちる #ダイヤの #カップリング #雅鳴
みずかおちる #ダイヤの #カップリング #雅鳴
夏場特有の厭味ったらしくじんわり纏わりつく湿った空気を、冷たい風が浚ってゆく。
「こりゃあ、雨が降るかもな」
低く、耳に心地よく通る雅さんの声が俺の鼓膜を震わせて、俺の脳に伝わる。起こっているのはたったそれだけのことなんだけども、雅さんの声がとどく範囲に居れるってことと俺の感覚器官が雅さんをとらえて認識したことの証明にほかならない。
よく雅さんが俺に説教するのを傍から見て親子みたい、なんてからわれることはあるけれど、俺が雅さんを庇護してくれるものへの親愛、そういう目で見たことはない。俺はもっとズルいこと考えてる。
自覚したのは本当につい最近で、いつもの如く練習で疲れて雅さんの部屋でうとうとしてしまったとき。
蛍光灯の明かりが眩しくて、眠いなら自分のベッドで寝ろよと言う雅さんの雅さんの腿にうつ伏せになった。あったかくて頼りになる先輩だったんだ。この時までは。いつもは俺がまとわりつこうが何しようがどこ吹く風で野球雑誌か歴史小説読んでいるのに、この時だけ俺の頬を、優しく撫でた。子供をあやすように優しく。
そのときふと、何気なくそうぞうした。雅さんがいつか結婚して、子供が生まれたらこうやってあやすのかな、って。
いままで俺が身を置いていた世界での常識だと、なにもおかしくはない。
けれど俺は雅さんが誰か、知らない女に惚れて、セックスして子供を授かるということを脳が拒否した。
俺はそのどれもできない、できるはずがない。子供っぽい独占欲とは違う、もっと子供じみた感情だと思う。
「おい、どうした鳴」
「なぁんでもない、ちょっとぼんやりしてただけ」
「体調悪いなら引っ込んどけよ」
「大丈夫だって言ってるでしょ、もう、雅さんお母さんみたい」
俺が雅さんの子供のお母さんになりたかった。子供に、お父さんうるさいって言われてる雅さん、見たかったな。ため息をついて口が減らないガキが……と苛立ちを隠そうとしない雅さんのことが好き、意外と子供っぽところある、完璧じゃない雅さんが好きだなんて一生言わないし悟らせないから、安心して。雅さん。
夏場特有の厭味ったらしくじんわり纏わりつく湿った空気を、冷たい風が浚ってゆく。
「こりゃあ、雨が降るかもな」
低く、耳に心地よく通る雅さんの声が俺の鼓膜を震わせて、俺の脳に伝わる。起こっているのはたったそれだけのことなんだけども、雅さんの声がとどく範囲に居れるってことと俺の感覚器官が雅さんをとらえて認識したことの証明にほかならない。
よく雅さんが俺に説教するのを傍から見て親子みたい、なんてからわれることはあるけれど、俺が雅さんを庇護してくれるものへの親愛、そういう目で見たことはない。俺はもっとズルいこと考えてる。
自覚したのは本当につい最近で、いつもの如く練習で疲れて雅さんの部屋でうとうとしてしまったとき。
蛍光灯の明かりが眩しくて、眠いなら自分のベッドで寝ろよと言う雅さんの雅さんの腿にうつ伏せになった。あったかくて頼りになる先輩だったんだ。この時までは。いつもは俺がまとわりつこうが何しようがどこ吹く風で野球雑誌か歴史小説読んでいるのに、この時だけ俺の頬を、優しく撫でた。子供をあやすように優しく。
そのときふと、何気なくそうぞうした。雅さんがいつか結婚して、子供が生まれたらこうやってあやすのかな、って。
いままで俺が身を置いていた世界での常識だと、なにもおかしくはない。
けれど俺は雅さんが誰か、知らない女に惚れて、セックスして子供を授かるということを脳が拒否した。
俺はそのどれもできない、できるはずがない。子供っぽい独占欲とは違う、もっと子供じみた感情だと思う。
「おい、どうした鳴」
「なぁんでもない、ちょっとぼんやりしてただけ」
「体調悪いなら引っ込んどけよ」
「大丈夫だって言ってるでしょ、もう、雅さんお母さんみたい」
俺が雅さんの子供のお母さんになりたかった。子供に、お父さんうるさいって言われてる雅さん、見たかったな。ため息をついて口が減らないガキが……と苛立ちを隠そうとしない雅さんのことが好き、意外と子供っぽところある、完璧じゃない雅さんが好きだなんて一生言わないし悟らせないから、安心して。雅さん。
喪うものはなんですか見つけにくいものですか #ダイヤのA #カップリング #雅鳴
喪うものはなんですか見つけにくいものですか #ダイヤのA #カップリング #雅鳴
終わってしまうまでは、俺らはなにか他からは見えない絆でつながって、その絆は永久に消えないし傷つかないと思っていた。どんな形であれ、高校で野球をすることを志したときに与えられる運命は、勝つか負けるか、または甲子園に出たか出なかったか、そして甲子園で優勝したか否か、である。
二つ目までは叶えた。最後のひとつは、叶わなかった。雅さんは成宮でだめだったら、しょうがないってインタビューで言っていたけれど、果たして。雅さんが大人の対応をしてあのときはああ言っただけだったら。もっとも信頼した仲間の心の奥底のやわらかいところを漁るようだが、冬を間近に感じるから、変にネガティブになってしまうのだろう。そうでなければ俺がこんなにねちっこいこと考えたりしない。
恥ずかしいことに、雅さんから俺に向けられる気持ちに、悪感情を残したまま卒業してほしくない、最高の仲間としての別れを、そしてその後の関係を築きたい。それほどに、俺のなかで雅さんという存在が大きいのだろう。
この前紅く色づいた紅葉を雅さんのノートにたっくさん挟んで怒られたばかりなのに、もう足元に散らばる葉は茶色くくすんでしまっている。
東京は雪があまり降らないけれど、若手寮のある千葉の辺りは雪が降るのだろうか。
制服のボタン貰おうかな、なんて考えていたら制服ごとおさがりくれるって言うから情緒があったもんじゃない。クリーニングには出さないでおいてって言わないと。クリーニングの店の裏でなにが起こっているか知る機会は無いが、あそこを通ることで原田雅功からのおさがりの制服から、だれかの中古制服になってしまうような気がする。
この次の春から、雅さんのぶっとい指が起用にネクタイを巻くところ見れなくなるんだなぁ、とかもう、全然俺らしくない。水分を喪ってぱりぱりと崩れる葉を踏み拉いて苛立ちを紛らわす。いなくならないで、もっとずっとおれとやきゅうをしようと駄々を捏ねることに意味がないことも叶うはずがないことも、そもそも実行する気はないことも自分が一番よく分かっている。
「まーささん」
雅さんはシャンプーもなにもこだわりが無いらしく、備え付けのシャンプーの匂いがする。化学的な、“さわかやな”香り。それと体臭が合わさって、雅さんんの匂いになる。
「なんだよ、もう消灯だぞ」
「わかってる」
「見てわからないか、忙しいんだよ」
キャッチャーミット磨くくらい喋りながらでもできるのに、他人を構うのが面倒なときは驚くほど雑な扱いをしてくる。泥を落とし、独特の香りがするオイルを塗りこんでゆく。
「じゃあそのままでいいから聞いててよ」
「あー」
生返事にしてもひどすぎる。興味のなさを前面に押し出してくる。
「あのさ、甲子園勝ちたかったね」
よける間もなく額をミットで小突かれた。小突くというより、もっと激しく叩かれた。怒っている風ではないけれど、機嫌が良い訳でもないらしい。
「何言ってやがる」
「センチメンタルなのー」
「それはな、言ってもしょうがないことだから言わないでいい」
「雅さんはあの時ああしておけば、とか考えたことない」
「ある」
「あるんだ」
あまりにストレートに後悔していると言われて足元が寒くなる。
「俺をなんだと思ってるんだ」
「なんか俺、雅さんに完璧なオトナ像を見てる気がする」
なに言ってるんだ、と今度は笑いながらオイル缶の蓋で眉間を押される。俺は本気で悩んでいるのに。
「俺だってお前より一個上なだけだから、迷ったり、後悔したりするさ。それでもあの時のインタビューのときのあの、成宮で負けたらってのは変わらないな。これは本当だ」
「ふーん」
「お前から言っておいて……だからお前嫌なんだよ」
照れ臭くなったのか、早く寝ろ、と蹴りだされてしまった。ひとつ、解決してしまうことで雅さんと俺のつながりが深くなったような。遠く離れたような。バッテリーの絆をたしかなものにしたくて奔走する俺は惨めなんだろうか。かわいそうなんだろうか。
終わってしまうまでは、俺らはなにか他からは見えない絆でつながって、その絆は永久に消えないし傷つかないと思っていた。どんな形であれ、高校で野球をすることを志したときに与えられる運命は、勝つか負けるか、または甲子園に出たか出なかったか、そして甲子園で優勝したか否か、である。
二つ目までは叶えた。最後のひとつは、叶わなかった。雅さんは成宮でだめだったら、しょうがないってインタビューで言っていたけれど、果たして。雅さんが大人の対応をしてあのときはああ言っただけだったら。もっとも信頼した仲間の心の奥底のやわらかいところを漁るようだが、冬を間近に感じるから、変にネガティブになってしまうのだろう。そうでなければ俺がこんなにねちっこいこと考えたりしない。
恥ずかしいことに、雅さんから俺に向けられる気持ちに、悪感情を残したまま卒業してほしくない、最高の仲間としての別れを、そしてその後の関係を築きたい。それほどに、俺のなかで雅さんという存在が大きいのだろう。
この前紅く色づいた紅葉を雅さんのノートにたっくさん挟んで怒られたばかりなのに、もう足元に散らばる葉は茶色くくすんでしまっている。
東京は雪があまり降らないけれど、若手寮のある千葉の辺りは雪が降るのだろうか。
制服のボタン貰おうかな、なんて考えていたら制服ごとおさがりくれるって言うから情緒があったもんじゃない。クリーニングには出さないでおいてって言わないと。クリーニングの店の裏でなにが起こっているか知る機会は無いが、あそこを通ることで原田雅功からのおさがりの制服から、だれかの中古制服になってしまうような気がする。
この次の春から、雅さんのぶっとい指が起用にネクタイを巻くところ見れなくなるんだなぁ、とかもう、全然俺らしくない。水分を喪ってぱりぱりと崩れる葉を踏み拉いて苛立ちを紛らわす。いなくならないで、もっとずっとおれとやきゅうをしようと駄々を捏ねることに意味がないことも叶うはずがないことも、そもそも実行する気はないことも自分が一番よく分かっている。
「まーささん」
雅さんはシャンプーもなにもこだわりが無いらしく、備え付けのシャンプーの匂いがする。化学的な、“さわかやな”香り。それと体臭が合わさって、雅さんんの匂いになる。
「なんだよ、もう消灯だぞ」
「わかってる」
「見てわからないか、忙しいんだよ」
キャッチャーミット磨くくらい喋りながらでもできるのに、他人を構うのが面倒なときは驚くほど雑な扱いをしてくる。泥を落とし、独特の香りがするオイルを塗りこんでゆく。
「じゃあそのままでいいから聞いててよ」
「あー」
生返事にしてもひどすぎる。興味のなさを前面に押し出してくる。
「あのさ、甲子園勝ちたかったね」
よける間もなく額をミットで小突かれた。小突くというより、もっと激しく叩かれた。怒っている風ではないけれど、機嫌が良い訳でもないらしい。
「何言ってやがる」
「センチメンタルなのー」
「それはな、言ってもしょうがないことだから言わないでいい」
「雅さんはあの時ああしておけば、とか考えたことない」
「ある」
「あるんだ」
あまりにストレートに後悔していると言われて足元が寒くなる。
「俺をなんだと思ってるんだ」
「なんか俺、雅さんに完璧なオトナ像を見てる気がする」
なに言ってるんだ、と今度は笑いながらオイル缶の蓋で眉間を押される。俺は本気で悩んでいるのに。
「俺だってお前より一個上なだけだから、迷ったり、後悔したりするさ。それでもあの時のインタビューのときのあの、成宮で負けたらってのは変わらないな。これは本当だ」
「ふーん」
「お前から言っておいて……だからお前嫌なんだよ」
照れ臭くなったのか、早く寝ろ、と蹴りだされてしまった。ひとつ、解決してしまうことで雅さんと俺のつながりが深くなったような。遠く離れたような。バッテリーの絆をたしかなものにしたくて奔走する俺は惨めなんだろうか。かわいそうなんだろうか。