俺はな〜んも、わるくない!③ #ヒロアカ #モブ焦
【下記の注意書きを必ずお読みください】
この作品はフィクション(現実ではない、ウソの物語)/現実では絶対やっちゃダメです🔞
⚠️未成年の性的搾取 ⚠️同意のない性行為
なぜ私が罪に問われているのでしょう?
私は、両親に愛されて育ちました。
世界で素晴らしい生き物として尊重され、大切にされて育ちました。その証として、神様しかできないことがたくさんできました。
一時間くらいでしたら、対象の時を止めることができます。複数人を止めるのは流石にできませんが、一人くらいでしたらどうってことありません。
やがて私は、私の力を、私の存在を崇める人々のことを教え導くことになりました。当然ですね。私以外の人間は、とても愚かで、救いのない世界を生きなければなりませんので、私が助けてやらないとなりません。
それなのに、あの、轟焦凍ときたら。
父親に虐げられて、母親にも虐げられた可哀想なやつだと思って救いの手を差し伸べたら、生意気にも私に救いの力がないと言ったのです。恵まれないお前のために私が助けてあげると言ったのに、それを無碍にしたのです。
それから先のことは、あまりよく覚えていないのです。
そう、きっと個性が暴走したのでしょう。気づいたらそこにいた信者たちも、そして轟焦凍の時も止まっていました。
私は、どうにかして轟焦凍を救おうと思い、性交をしようと考えました。
私は何度もその方法で信者たちを救い、子を授かったり、運命が好転した者もいます。だから同じように、救おうと思ったのです。
慣らしもしない尻穴はちっとも気持ち良くありませんでした。え? そんなことは聞いてない? そうですか……何の反応もないまま、私は轟焦凍の尻穴で吐精しました。途端頭がはっきりして、何だかどうでも良くなってしまったのです。私の救いに価値を感じない奴なんてのたれ死んでしまえばいいのです。
だから私は悪くありません。
救いの手を払い除けた轟焦凍が、全て悪いのです。そのくらい分かりますよね? なぜ私がこんな狭くて暗いところに閉じ込められ、あまつさえ手錠なんかかけられないとならないのでしょうか。あなたたち、死後罰を受けますよ。
神に授けられた個性がそれを証明しています。神たる私を虐げて、私が悪いだなんて小さな価値観で測って。愚かなやつ。地獄へ堕ちろ。畳む
About
ここは非公式二次創作小説置き場です
悪意のある書き方でなければ、TwitterをはじめとしたSNSへのシェアOKです
夢とカプが混在しています/#夢小説 タグと#カップリング タグをつけていますので、よきに計らっていただけますと幸いです
Owner
みやこ 成人/神奈川への望郷の念が強い
箱(waveboxへ飛びます/めちゃまじコメントうれしい/レスはてがろぐ) てがろぐ(ゲロ袋/ブログ/告解室)Input Name
Text
カテゴリ「R18」に属する投稿[5件]
泥の底 #ヒロアカ #夢小説 #だいなま
泥の底 #ヒロアカ #夢小説 #だいなま
⚠️暴力表現
⚠️生き物への加害
鳴き声が「クソが」なんて、この世界に生きる生き物として不遇すぎる。それが私が抱いた感想だった。この小さな生き物が罵倒の意味をもってこんな言葉を吐いているとは考えにくい。ただ、鳴き声がこの言語圏で意味をもってしまっているばかりに、この生き物は鬱屈した害意を一身に受けている。
一身に、という表現は危ういかもしれない。一つの種族が、「想像の及ぶかぎり悪いことをしてもいいもの」と大多数が判断して、普段敵からいいように押し込められたフラストレーションをぶつけられているのだ。
本邦では天地開闢の昔から、多数がしている行動に対して善悪の意識が働きにくいように思える。最悪の組み合わせだ。
動物の死骸は適切に処理しないといけないのに、だいなまは動物だとも判断されず生ゴミとしてゴミに出される。今日もどこかの家のゴミ袋にだいなまと思しき破片(身体のパーツ)がのぞいている。あわれだいなまは、痛みを感じ、感情を持ち、ある程度の知性を持つ。それを虐げ、およそ生き物にするべきではない加害の蠱毒にだいなまを浸して喜ぶ。弱りゆく鳴き声を聞いて心を潤し、助けを読んでいるであろう鳴き声が……生きているのに助けが来ないと察し、悲鳴すら出さずに命の灯火をゆらめかせ、そして消えるのを恍惚の目で眺めた。それが社会の弱者であり、ピラミッドの限りなく底に位置する、個性が強く発現しなかったものの生存戦略なのだということだろうか。
自分が底に沈殿する不要物でないと証明することこそ、弱く、助けを呼ぶ力がなく、他者を貶す言葉を鳴き声として持つ生き物を苦しめて殺すことが、弱く生まれた人間の心のオアシスなのだとしたら、誰が彼らを責められようか。
いや、責められるべきなのだ。
一方的に虐げられる生き物があってはならない。それは普遍の真理だろう。真理というより、倫理であろう。
誰もが正しく在りたいという善性を宿しているはずなのに、善性はあまりに脆く儚い。だいなまという都合のいい悪意の矛先を、神は何のために遣わせたのか。なぜだいなまは、悪意の矛で全身を貫かれた姿を民衆に喜ばれなくてはならないのか。それは私がだいなまを虐げる側の人間の属性から彼らを見ているからそう思うのであって、今なお暴力にその身を生きながらにして焼かれているだいなまにとっては、そんなことを考える余裕はなく、どうにかしてこの状況から逃れる術を探しているのだろう。
ああ、哀れなだいなま。
願わくば、彼らを守る法が早急に成立すること……いや、この誰もが命の危険に晒されるストレスを感じる生活が終わりを告げてくれれば一番いいのだが。
夜明け前が一番暗いというが、だいなまにとってはずぅっと夜のままだ。ああ、哀れなだいなま。優しく抱きとめられ、愛されるのはほんの一部の個体だという。あのひどい鳴き声に耐えられる心の広い人間に見つかるという運のめぐりあわせがよければ、あるいは、だいなまは……
2023/3/21
⚠️暴力表現
⚠️生き物への加害
鳴き声が「クソが」なんて、この世界に生きる生き物として不遇すぎる。それが私が抱いた感想だった。この小さな生き物が罵倒の意味をもってこんな言葉を吐いているとは考えにくい。ただ、鳴き声がこの言語圏で意味をもってしまっているばかりに、この生き物は鬱屈した害意を一身に受けている。
一身に、という表現は危ういかもしれない。一つの種族が、「想像の及ぶかぎり悪いことをしてもいいもの」と大多数が判断して、普段敵からいいように押し込められたフラストレーションをぶつけられているのだ。
本邦では天地開闢の昔から、多数がしている行動に対して善悪の意識が働きにくいように思える。最悪の組み合わせだ。
動物の死骸は適切に処理しないといけないのに、だいなまは動物だとも判断されず生ゴミとしてゴミに出される。今日もどこかの家のゴミ袋にだいなまと思しき破片(身体のパーツ)がのぞいている。あわれだいなまは、痛みを感じ、感情を持ち、ある程度の知性を持つ。それを虐げ、およそ生き物にするべきではない加害の蠱毒にだいなまを浸して喜ぶ。弱りゆく鳴き声を聞いて心を潤し、助けを読んでいるであろう鳴き声が……生きているのに助けが来ないと察し、悲鳴すら出さずに命の灯火をゆらめかせ、そして消えるのを恍惚の目で眺めた。それが社会の弱者であり、ピラミッドの限りなく底に位置する、個性が強く発現しなかったものの生存戦略なのだということだろうか。
自分が底に沈殿する不要物でないと証明することこそ、弱く、助けを呼ぶ力がなく、他者を貶す言葉を鳴き声として持つ生き物を苦しめて殺すことが、弱く生まれた人間の心のオアシスなのだとしたら、誰が彼らを責められようか。
いや、責められるべきなのだ。
一方的に虐げられる生き物があってはならない。それは普遍の真理だろう。真理というより、倫理であろう。
誰もが正しく在りたいという善性を宿しているはずなのに、善性はあまりに脆く儚い。だいなまという都合のいい悪意の矛先を、神は何のために遣わせたのか。なぜだいなまは、悪意の矛で全身を貫かれた姿を民衆に喜ばれなくてはならないのか。それは私がだいなまを虐げる側の人間の属性から彼らを見ているからそう思うのであって、今なお暴力にその身を生きながらにして焼かれているだいなまにとっては、そんなことを考える余裕はなく、どうにかしてこの状況から逃れる術を探しているのだろう。
ああ、哀れなだいなま。
願わくば、彼らを守る法が早急に成立すること……いや、この誰もが命の危険に晒されるストレスを感じる生活が終わりを告げてくれれば一番いいのだが。
夜明け前が一番暗いというが、だいなまにとってはずぅっと夜のままだ。ああ、哀れなだいなま。優しく抱きとめられ、愛されるのはほんの一部の個体だという。あのひどい鳴き声に耐えられる心の広い人間に見つかるという運のめぐりあわせがよければ、あるいは、だいなまは……
2023/3/21
手を取り合ってこえてゆく #ダイヤの #カップリング #御クリ
手を取り合ってこえてゆく #ダイヤの #カップリング #御クリ
あの御幸が懇願という言葉が合うような声音を、いつも余裕を崩さない表情を無意識のうちにゆがめて、先輩、俺と、付き合ってください。と言うものだから、御幸のことは単なる後輩意外の観点から見たことが無かったから少しためらった。が、ためらった分だけ御幸の顔色が悪くなって、皆が寝静まったあとの校舎、社会科準備室で、同性の後輩を性欲を以って受け入れることができるか?と責め立てるように煌々と照る月にぼんやりと浮かぶ、くちびるを青く震わせて、顔色は土色へ変えていく御幸へ、憐みとはいかないが、大事な時期にこんなに思いつめてかわいそうに、とどこか守ってやらないと、という気持ちになったのは確かだ。
やんちゃな柴犬のように野を駆け回る一年生はきっと、俺が居なくともあの持前の元気さと、人を惹きつけて離さない引力のようなもので世間をわたっていけるだろうが、たぶん、この目の前で震える特定の人間にしか腹を割らない、人間を信じて愛してと甘えるまでに他人の数倍の時間を要する後輩は、俺が守ってやらないと、消えてなくなってしまいそうな気があの夜確かに強く感じた。
あの時の御幸に魅入られたまま、今この状況である。このままいくと童貞より先に後ろの処女を失うことになる。だからといって拒絶してしまえば御幸は、いつも他の部員に見せる人を喰ったような笑みを浮かべて、すみませんでした先輩と言っていつものように過ごし、精神だけがぼろぼろと崩れていくのを、他人事のように薄笑いを浮かべているのだろう。自分の精神を自分で守れないのだろう。かわいそうに御幸、御幸、俺が居てやらないと。そんなことを口にすれば御幸は、同情なぞ許せず何も言えなくなってしまうのだろうから、黙って身体を差し出してやる。お前に、俺が心から役に立ちたいと思ったお前になら抱かれることも許容できる。
御幸は黒ビニール袋からいそいそとローションとコンドームを取り出して開封している。インターネットで同性でのセックスの仕方を調べてはみたが、物理的に、叶うとは思えない。汚い話だが便秘のときなどのことを考えると無茶意外の言葉が出てこない。悩みや不安はあとからあとから出てくるが、初めての恋にふるえる少女のように頬を染めてくちびるを塞いでくる御幸が愛おしくて、可愛らしくて、拒否したくない、もしかしたら大丈夫かもしれない、と根拠のない自信にすり替わっていく。せんぱい、クリス先輩、といつも部員たちを叱咤激励する雄の声が今はあまく湿り気を帯びて俺の名前か、すき、と言う言葉だけを発する。決して小柄ではない男二人が、下校時刻を疾うに過ぎた校舎の障碍者用トイレで密着すると、いくら通常より広いとはいえ暑くて仕方ないのだが、御幸は離れる気も、背中や胸、腹をまさぐる手を収める気も一切ないらしい。
いままで我慢してきた箍が外れた、と言わんばかりにくちびるを押し当てるだけのキスを延々するのかと思いきや一度離れ、おそるおそる御幸の舌がくちびるに触れ、感触を確かめるように往復し、ゆるゆると歯列へと侵入してくる。軟口蓋を這い回るあつい舌に応えるように舌先を触れさせると、煽るな、と言わんばかりに腕を掴んでくる。そのまま腰を浮かされ、股間に股間を押し付けられる。同性だからこそわかる、極限まで欲情している硬さを身を以って知り御幸が俺に、衝動のままに触れているということを思い知らされる。
「クリス先輩」
吐息の合間に名前を呼ばれて、気恥ずかしさに身をよじると拒絶と取ったのか、触れる手にためらいを感じる。そんなにつらそうに触れてくるなら、俺のネクタイを乱暴にほどいたところで止めておけばよかったのに。同性とセックスをしてしまうという、御幸にとっても振り返ったときにあやまちと判断してしまいそうなことを拒絶してやるのも年長者の役目なのかと、身体を無遠慮に触れる御幸の掌のマメが皮膚を掻くのを感じながら思案する。
特段触っていて心地よくは無い男の肌を撫でて、いとおしげにくちびる寄せて、楽しいのだろうか。御幸はそれでなにか気分が良くなるのだろうか。御幸が良いなら、それもいいだろう。今の俺にできることなんて、小指の爪先ほども無い。今までの人生、野球しかなかった俺が野球を失った今存在価値など限りなく薄い。父に言ったらなんと言うだろう。父は口にも行動にも出さなかったが、きっと失望しただろう。幼いころから一番応援してくれていた父を一番手酷く裏切ってしまった。父を裏切った辛さで自暴自棄になった結果後輩へ身体を委ねてしまうのだから、俺はどこで道を踏み間違えてしまったのだろうか。
俺の自傷に近い行動の補助として、後輩の性欲を利用するという発想がおかしいと判断できない俺が、御幸の判断を批判する権利などどこにもない。などど、同情だとか、御幸が迫るから、と偉そうに捏ね回してはいるが、只俺は御幸がいとおしくて、羨ましくて。そんな御幸の性欲だけでもいいから受け止めたい、それを自分にすら隠したくて雁字搦めになっているのだろう、とも考える。もう何が正しいかはわからないが確かに伝わる体温だけに縋りついていたいとつよく思う。
些か乱暴に、ベルトとスラックスを取り去っていよいよ、と言うときになって急に恐ろしくなった。生理的な、いままで雄として生きてきた名残が悲鳴をあげているのだろう。明らかに身体が強張った俺を見かねて御幸はいつもの余裕表情くずれを顔に貼り付けて、すみません先輩、やめておきますね、と。
「お前はいつでもいい子だったな」
「そうですか?先輩にはそう見えていました?」
「時々憎たらしかったがな……根はいい子だった」
「いい子は先輩のこと襲ったりしないです」
「そうやって、自分の気持ちをな、自分を責める理由にしてしまうところが可愛い、と思うんだ。そういうところが、まぁまぁ好きなんだと思うからその、あれだ、受け入れてやりたいというか」
「ひぇ」
「なんだその間抜けな声は」
「そりゃあ……憧れてて、好きで、どうにもならないくらい好きな先輩から、そんな熱烈なこと言われてみてくださいよ、誰だって動転しますって」
「ねつれ……忘れろ」
「嫌です、一生忘れません」
「やっぱりいい子じゃない、全然いい子じゃない」
その先はくちびるを貪られて言葉にならなかった。さきほどのように食らいつくすようなキスではなく、存在をたしかめるような、やさしく緊張をほどいていくような優しいキス。後輩に甘やかされる予感に頭がくらくらする。甘やかす側だったのに、ここでは甘やかされるらしい。舌と舌が、唾液がべちゃべちゃ品の無い音を立てるのをたしなめる余裕もなく、御幸が未だためらいがち触れてくる手を握り返す。手汗でべとべとになった掌をハンカチで拭いてやると、すみません、と耳元で囁かれて居たたまれない。
「そんなに緊張しているのか」
「あっったりまえでしょう、だってその、男同士のセックスって受け入れる側の方がキツいらしいので」
「俺に、そんなに労わる価値が?」
何故御幸から、気に入らないことを嫌がる子供のような目で見られなければならないのか。お前は俺じゃないだろうに。
「どうしてそんなこと言うんです」
「泣くことか!」
「だって、俺が大事で仕方ない人が!大事じゃないって言うのは嫌です!」
しゃくりあげる御幸の背をやさしくさするが一向に泣き止まない。親族以外の人間に大事にされるのは悪い気はしない。高校野球を喪った俺でも、誰かの親愛を勝ち取れるのだと思える。俺の胸に抱かれている間もじっとしている御幸ではない。シャツのボタンが外されていくのがわからないとでも思ったのか。素肌に御幸の頬が触れるのが只々照れ臭い。
「大切で、好きで、どうしようもないんです。わかりますか?先輩」
「わかった、ありがとう。でもな男の乳首を舐める理由は一切理解できない」
「頭で考えないでいいと思います」
口ではそう強がって言っているものの、いまだ経験したことが無い感覚に背筋がざわりと粟立つ。御幸の舌がなぞり、捏ね、押しつぶす度に手に力がこもってしまう。からかうでもなく只俺を高めようとする御幸は未だ着衣のままだ。
「……せんぱい、あの」
「何か」
「いえ」
ひとつ取れかけたボタンがある。後で縫い付けてやらないとならないと考えながら、御幸のシャツのボタンを外す。情緒などない。只俺ばっかりやられているのはと思っただけのこと。涙の跡が残る頬にキスをしてやると、目を見開いている。
「なんだ、間抜けな顔して」
「キス、嬉しくて」
「そうか?よかった」
初めて触れる、血のつながりのない人間のあたたかな身体とにおいに脳の芯がぐらぐらゆれるほどの幸福感。夢中でしがみ付く。年上なのに、男なのに恥ずかしいみっともないなどど考える余裕は無い。ただ目の前の温みを手放したくない一心で縋る。
「あったかいですね」
「だな」
このまま眠りたいと思ったが許されない。御幸が呪力に逆らわず、ずりおちるように床に膝をつき、股間にくちびるを寄せられ悲鳴をあげそうになる。
「何をやってるんだ御幸」
「だって、あの、クリス先輩がきもちよさそうな顔が見たくて」
「だからってそんなところは舐めなくても良い」
「ほんなほほあひまへん」
御幸の、何かを口に含んだとき出る声と、声を出すときに発生する震えに思わず膝を閉じそうになったが、御幸に開かされる。恥ずかしさに拳を握るが御幸はお構いなしに、わざと音を立てて舌を這わせる。自分だったらたとえ好きな相手にでも、抵抗してしまいそうなことを御幸は軽々やってのけるのか。嫌に感覚が鋭敏になってしまいどこに舌が当てられているのかよくわかってしまう。やめろと言ってもくちびるを離さずに嫌ですと返すものだから堪らない。
「御幸、変なところ舐めるなッ」
「やーです、ここきもちいいですか?ありのとわたり、って言うらしいです」
「そんなこと聞いてない」
「えー」
御幸ばかり余裕を崩さないのはとても気に食わない。が、反撃の気力がない。初めて他人から与えられる快感がここまで好いとは思いもしなかった。自分で処理するのとは違う、自分でコントロールできない感覚に只翻弄されるがままになってしまう。御幸が擦るタイミングで声が漏れてしまわないよう、シャツを噛みしめるがあえなく取り上げられてしまった。
舐めたあとキスするとき、わざわざマウスウォッシュをするのはどうなのだろう。大事にされていると考えて良いのだろうか。わざとらしいミント香料が鼻をつき、舌がぴり、と痺れる。狂気すら滲むやさしさにどう反応していいかわからなくなる。御幸は恍惚、いう言葉が近い表情のままくちびるを貪っている。文字通り食らいつくされそうになる。そのまま御幸の糧になって、青道の役に立ちたいといったらまた、自分を大事ににしてくださいと怒られてしまうだろうから黙っておく。
いざ、そこに、ローションで潤滑をつけているとはいえ指を入れるとなると背筋が寒くなる。しかしそこでしか繋がれない。愛情表現のひとつであるセックスその手段の一つだと割り切るにはまだ経験が浅い。精神的にも、肉体的にも逃げ場がない。だからこそ、自分に言い訳ができてよかったのかもしれない。御幸を受け入れるには仕方のないことだったと自分に言い聞かせることができる。
「怖いですか」
さきほどまでも興奮しきった獣のような瞳は影をひそめ、やさしく理性的に触れてくる。そんなに柔らかくもなければひ弱でもないのだが。
「そりゃあな、でも今更止めるなんて言うなよ」
「はい、俺のせいにしてください。痛いのも怖いのも全部」
「それは、なんだか違う気がする」
自分でもよくわからない疑問が浮かんで中断する。しかし、超えないとあとあと禍根を残しそうな気がした。
「そうですか……?俺が勝手に好きになって、セックスしたがってるのに」
「違う、違うんだ御幸」
「あっでも爪はちゃんと切りました」
「なんて言うべきかわからん」
「難しいですね」
先輩にもわからないことがあるんですね、と宣う。俺をなんだと思っているんだ。年上と言っても一年早く生まれただけなのに。その間も遠慮は無いが、身体中にキスをくれる。
「好きになったのは確かにお前だろうが、その、大事にされるのが嬉しくてもっと欲しいと思ったのは確かな、バカやめろその顔」
「だ、だって、嬉しくて死んじゃいそうです」
「お前もそんな、緩みきった顔するんだな」
「先輩は、俺がどれだけ先輩のこと好きで、あこがれていたかわかってない」
「そりゃ、わからん。俺は御幸じゃないから」
「そうですけれど」
困った顔が愛らしくて、額にキスをする。背中に回された御幸の腕に力がこもる。二、三度キスをすると、頬を緩めて腰に抱き着いてくる。
「生え際に吹き出物あるぞ、痛そうだな……」
「思われニキビです」
「まぁ……そういうことにしてやらなくもない」
「やった」
嬉しそうに吹き出物をいじる御幸に、触るとよくないぞと言うと素直にやめる。あの他人とは一線を画す雰囲気は錯覚だったのか、と思わせるほど素直に、ぎこちなくとも素直に甘えてくる。いつもの態度を知っているからこと面食らうと同時に、仄暗い優越感がにじむ。俺だけが御幸を知っているような幼い優越感。
「だから、その、俺はお前だけのせいにしたくないんだよ」
「それは、俺も先輩に大事にされてるって判断していいですか」
「…………まぁ、うん、いいだろう」
「なんですか今の間」
軽快に笑いながらも触れる手はどこか性のかおりを伴っている。耳にかかる吐息の間隔が短い。御幸の興奮を視覚以外から知ることになろうとは。ふたたびローションで指を湿らせ、大事にしたいと言った割には思い切り突っ込まれて息が詰まる。腹を内側から圧され、内臓を押し上げられる感覚。指一本とはいえ激しい異物感に加えて、最終的に挿入されるであろうモノの質量を想像して更に胃がかき回されるような感覚。額に浮いた脂汗はいい香りがするハンカチに拭われた。耐えるためにきつく閉じた瞼を開けると悲痛なほど心配そうな顔をした御幸がくちびるを噛みしめている。情けない顔だ、とからかう口調でも声が震えてしまう。他人の痛ましい表情を心配する以上に、ひどい異物感とこじあけられる痛みで、喉の奥には悲鳴が溜まっている。
急に異物感から解放されて御幸を見遣ると、指に着けていたらしいコンドームを持参のゴミ袋へ捨てていた。あまりに痛がるから飽きられたのかと思う間もなく、頬に生ぬるいくちびるが押し当てられた。
「徐々に開発することにしました」
思わず大きく息をついてしまった。飽きられていないことを確認し、今日のところはこの未知の痛みからは解放された。ここまで恐怖を煽る種類の痛みだとは思いもしなかった。御幸がいたわるように頬や首や額にキスをしてくる。そんなにキツそうだっただろうか?
「大丈夫ですか」
「いや、平気じゃない」
「……すみません、もう」
「これきりにする、と言おうとしているなら見当違いだからな」
「えっ?」
「嫌だったら、御幸を殴りつけてでも逃げてるさ」
「そ、そうですか?」
「そういうことをわざわざ言わないとわからないか」
「わかりません、だって俺先輩が言うようにいい子じゃないんで」
全く可愛くない。先輩耳真赤ですよ、耳元で囁くのも、胸の奥を絞られる感覚をゆるりと指先でやさしくほどかれているのも気に入らない。
「だから俺にもわかるように、ちゃんと、好きって言ってほしいです。俺だって怖いんですから」
生意気言ったかと思えば、悲しげに懇願してくる変わり身で、結局俺が折れてしまう。
「ところで、その股間のモノどうするつもりだ」
「えっ、と」
うまく御幸の気を逸らせたかと思えば、一緒に擦りたいです、などと宣う。こちらの返事は聞いていないらしく、お互いの収まりがつかないモノを柔く握って擦る。只々、御幸の肌すべて熱いことだけがわかる。舌を貪られていて首を動かせなものだから状況が理解できない。ツン、と生臭さが鼻をつく。唾液のにおいでなければほかの液だろう。急に恥ずかしさがよみがえってくる。俺は今、後輩に対して性的に興奮しているということを突きつけられた。
「うっわ、すげぇ」
うるさい、とそれだけ言うだけでも必死に絞り出さないと出てこない。そういうことは言わないでほしいとも言いきれないほど、自分で処理するときとは桁違いの波がやってくる。御幸の舌と、掌と、押し付けられているペニスの熱さで頭がおかしくなりそうだ。同級生から押し付けられたいかがわしいDVDの、あたまがおかしくなりそう、などどいう言葉はあながちウソではないのかもしれない。
背徳感と、性欲と、庇護欲と、その他知らなかった幸せな感覚で脳味噌が焼き切れそうになる。只御幸、御幸と喉がほころぶように出てきた言葉だけを発している今、脳味噌が正常に作動しているとは思えない。
「クリス、先輩」
やっと御幸のことを考える余裕が出来てきた。御幸も情けない顔を、暗闇でもわかるほど赤くしている。頬を両手で挟んでやるとなぜかペニスを膨らませているのだから始末におえない。何に興奮する要素があったのか。お互い様だが。
俺は俺で後輩のペニスと掌その他もろもろに興奮して絶頂を迎えそうになって居るのだから自己嫌悪すら感じる。それを振り払うほど御幸が、いとおしくて堪らない。一瞬息が詰まり、どちらのものかわからない精液のあつさと反比例するように脳味噌は現実に引き戻されていく。
御幸は一度射精しても冷めないタイプなのか熱烈なキスを欠かさず、俺の身体から先に拭き清めてくれる。匂いが残らないように制汗シートで拭きとってくれるのだから、どれだけ準備したのやら。
自分も十分拭き清め、ミーティング後ですよと言い張れるように整えてから御幸が遠慮がちに言った。
「で、クリス先輩」
「何か?」
「その冷たい目最高ですね……じゃなくて、あの、わざわざ言わないとわからないのかの続きで」
「蒸し返すつもりか?」
「その目素敵すぎてまたチンコ勃ちそうです、じゃなくて、本気です」
「これだけ許してもまだ言葉にしないとダメなのか」
「そんなに恥ずかしいですか?」
「恥ずかしいというより……怖いというか」
本音を思わず零してしまったのが間違いだったか。視界の端で御幸が眉をしかめたのを捉えた。
「怖い?」
「言いたくない」
「言ってください」
「嫌だ」
聞き分けの悪い子供のようにかたくなに拒否するが、御幸が不安げな目で見てくるものだから絆されてしまう。
「最初は御幸があまりに必死だったから付き合ってやろう、程度の気持ちだった」
御幸の喉の奥の空気がひぅと音を立てたかと思うとみるみる顔が青ざめてゆく。
「でもな、何故か、今は俺が溺れている。これから俺なんかに構っている余裕はないだろう、頭ではわかっているが」
はなれたくない、と言おうとしたところでくちびるを塞がれた。ここまで温かで、幸せな感情を教えてくれてありがとう、とは絶対に言わない。
「先輩がっ、もう嫌だって言うまでっ、ずっと大好きですっ」
なぜ御幸が涙声になるのか。
「わかったよ、ありがとう、俺も」
「も、もう一声」
鼻水すすり上げながらきつく抱きしめられたら逃げようがない。そうだ、そうに違いない。
「す、すき」
だ、という前にくちびるを奪われる。さっきから最後まで言わせてくれない。理性的な後輩だと思っていたのだがこれはいかに。何か棒状のものが股間に押し当てられる。
「御幸……」
「えへ、もう一回しませんか」
「えへじゃない……」
拒絶をしないことを前向きに肯定ととった御幸にふたたび着衣を剥ぎ取られる。月明かりが御幸の涙の跡が残る頬をやさしく照らしている。
===
2014年9月28日発行の本の再録
あの御幸が懇願という言葉が合うような声音を、いつも余裕を崩さない表情を無意識のうちにゆがめて、先輩、俺と、付き合ってください。と言うものだから、御幸のことは単なる後輩意外の観点から見たことが無かったから少しためらった。が、ためらった分だけ御幸の顔色が悪くなって、皆が寝静まったあとの校舎、社会科準備室で、同性の後輩を性欲を以って受け入れることができるか?と責め立てるように煌々と照る月にぼんやりと浮かぶ、くちびるを青く震わせて、顔色は土色へ変えていく御幸へ、憐みとはいかないが、大事な時期にこんなに思いつめてかわいそうに、とどこか守ってやらないと、という気持ちになったのは確かだ。
やんちゃな柴犬のように野を駆け回る一年生はきっと、俺が居なくともあの持前の元気さと、人を惹きつけて離さない引力のようなもので世間をわたっていけるだろうが、たぶん、この目の前で震える特定の人間にしか腹を割らない、人間を信じて愛してと甘えるまでに他人の数倍の時間を要する後輩は、俺が守ってやらないと、消えてなくなってしまいそうな気があの夜確かに強く感じた。
あの時の御幸に魅入られたまま、今この状況である。このままいくと童貞より先に後ろの処女を失うことになる。だからといって拒絶してしまえば御幸は、いつも他の部員に見せる人を喰ったような笑みを浮かべて、すみませんでした先輩と言っていつものように過ごし、精神だけがぼろぼろと崩れていくのを、他人事のように薄笑いを浮かべているのだろう。自分の精神を自分で守れないのだろう。かわいそうに御幸、御幸、俺が居てやらないと。そんなことを口にすれば御幸は、同情なぞ許せず何も言えなくなってしまうのだろうから、黙って身体を差し出してやる。お前に、俺が心から役に立ちたいと思ったお前になら抱かれることも許容できる。
御幸は黒ビニール袋からいそいそとローションとコンドームを取り出して開封している。インターネットで同性でのセックスの仕方を調べてはみたが、物理的に、叶うとは思えない。汚い話だが便秘のときなどのことを考えると無茶意外の言葉が出てこない。悩みや不安はあとからあとから出てくるが、初めての恋にふるえる少女のように頬を染めてくちびるを塞いでくる御幸が愛おしくて、可愛らしくて、拒否したくない、もしかしたら大丈夫かもしれない、と根拠のない自信にすり替わっていく。せんぱい、クリス先輩、といつも部員たちを叱咤激励する雄の声が今はあまく湿り気を帯びて俺の名前か、すき、と言う言葉だけを発する。決して小柄ではない男二人が、下校時刻を疾うに過ぎた校舎の障碍者用トイレで密着すると、いくら通常より広いとはいえ暑くて仕方ないのだが、御幸は離れる気も、背中や胸、腹をまさぐる手を収める気も一切ないらしい。
いままで我慢してきた箍が外れた、と言わんばかりにくちびるを押し当てるだけのキスを延々するのかと思いきや一度離れ、おそるおそる御幸の舌がくちびるに触れ、感触を確かめるように往復し、ゆるゆると歯列へと侵入してくる。軟口蓋を這い回るあつい舌に応えるように舌先を触れさせると、煽るな、と言わんばかりに腕を掴んでくる。そのまま腰を浮かされ、股間に股間を押し付けられる。同性だからこそわかる、極限まで欲情している硬さを身を以って知り御幸が俺に、衝動のままに触れているということを思い知らされる。
「クリス先輩」
吐息の合間に名前を呼ばれて、気恥ずかしさに身をよじると拒絶と取ったのか、触れる手にためらいを感じる。そんなにつらそうに触れてくるなら、俺のネクタイを乱暴にほどいたところで止めておけばよかったのに。同性とセックスをしてしまうという、御幸にとっても振り返ったときにあやまちと判断してしまいそうなことを拒絶してやるのも年長者の役目なのかと、身体を無遠慮に触れる御幸の掌のマメが皮膚を掻くのを感じながら思案する。
特段触っていて心地よくは無い男の肌を撫でて、いとおしげにくちびる寄せて、楽しいのだろうか。御幸はそれでなにか気分が良くなるのだろうか。御幸が良いなら、それもいいだろう。今の俺にできることなんて、小指の爪先ほども無い。今までの人生、野球しかなかった俺が野球を失った今存在価値など限りなく薄い。父に言ったらなんと言うだろう。父は口にも行動にも出さなかったが、きっと失望しただろう。幼いころから一番応援してくれていた父を一番手酷く裏切ってしまった。父を裏切った辛さで自暴自棄になった結果後輩へ身体を委ねてしまうのだから、俺はどこで道を踏み間違えてしまったのだろうか。
俺の自傷に近い行動の補助として、後輩の性欲を利用するという発想がおかしいと判断できない俺が、御幸の判断を批判する権利などどこにもない。などど、同情だとか、御幸が迫るから、と偉そうに捏ね回してはいるが、只俺は御幸がいとおしくて、羨ましくて。そんな御幸の性欲だけでもいいから受け止めたい、それを自分にすら隠したくて雁字搦めになっているのだろう、とも考える。もう何が正しいかはわからないが確かに伝わる体温だけに縋りついていたいとつよく思う。
些か乱暴に、ベルトとスラックスを取り去っていよいよ、と言うときになって急に恐ろしくなった。生理的な、いままで雄として生きてきた名残が悲鳴をあげているのだろう。明らかに身体が強張った俺を見かねて御幸はいつもの余裕表情くずれを顔に貼り付けて、すみません先輩、やめておきますね、と。
「お前はいつでもいい子だったな」
「そうですか?先輩にはそう見えていました?」
「時々憎たらしかったがな……根はいい子だった」
「いい子は先輩のこと襲ったりしないです」
「そうやって、自分の気持ちをな、自分を責める理由にしてしまうところが可愛い、と思うんだ。そういうところが、まぁまぁ好きなんだと思うからその、あれだ、受け入れてやりたいというか」
「ひぇ」
「なんだその間抜けな声は」
「そりゃあ……憧れてて、好きで、どうにもならないくらい好きな先輩から、そんな熱烈なこと言われてみてくださいよ、誰だって動転しますって」
「ねつれ……忘れろ」
「嫌です、一生忘れません」
「やっぱりいい子じゃない、全然いい子じゃない」
その先はくちびるを貪られて言葉にならなかった。さきほどのように食らいつくすようなキスではなく、存在をたしかめるような、やさしく緊張をほどいていくような優しいキス。後輩に甘やかされる予感に頭がくらくらする。甘やかす側だったのに、ここでは甘やかされるらしい。舌と舌が、唾液がべちゃべちゃ品の無い音を立てるのをたしなめる余裕もなく、御幸が未だためらいがち触れてくる手を握り返す。手汗でべとべとになった掌をハンカチで拭いてやると、すみません、と耳元で囁かれて居たたまれない。
「そんなに緊張しているのか」
「あっったりまえでしょう、だってその、男同士のセックスって受け入れる側の方がキツいらしいので」
「俺に、そんなに労わる価値が?」
何故御幸から、気に入らないことを嫌がる子供のような目で見られなければならないのか。お前は俺じゃないだろうに。
「どうしてそんなこと言うんです」
「泣くことか!」
「だって、俺が大事で仕方ない人が!大事じゃないって言うのは嫌です!」
しゃくりあげる御幸の背をやさしくさするが一向に泣き止まない。親族以外の人間に大事にされるのは悪い気はしない。高校野球を喪った俺でも、誰かの親愛を勝ち取れるのだと思える。俺の胸に抱かれている間もじっとしている御幸ではない。シャツのボタンが外されていくのがわからないとでも思ったのか。素肌に御幸の頬が触れるのが只々照れ臭い。
「大切で、好きで、どうしようもないんです。わかりますか?先輩」
「わかった、ありがとう。でもな男の乳首を舐める理由は一切理解できない」
「頭で考えないでいいと思います」
口ではそう強がって言っているものの、いまだ経験したことが無い感覚に背筋がざわりと粟立つ。御幸の舌がなぞり、捏ね、押しつぶす度に手に力がこもってしまう。からかうでもなく只俺を高めようとする御幸は未だ着衣のままだ。
「……せんぱい、あの」
「何か」
「いえ」
ひとつ取れかけたボタンがある。後で縫い付けてやらないとならないと考えながら、御幸のシャツのボタンを外す。情緒などない。只俺ばっかりやられているのはと思っただけのこと。涙の跡が残る頬にキスをしてやると、目を見開いている。
「なんだ、間抜けな顔して」
「キス、嬉しくて」
「そうか?よかった」
初めて触れる、血のつながりのない人間のあたたかな身体とにおいに脳の芯がぐらぐらゆれるほどの幸福感。夢中でしがみ付く。年上なのに、男なのに恥ずかしいみっともないなどど考える余裕は無い。ただ目の前の温みを手放したくない一心で縋る。
「あったかいですね」
「だな」
このまま眠りたいと思ったが許されない。御幸が呪力に逆らわず、ずりおちるように床に膝をつき、股間にくちびるを寄せられ悲鳴をあげそうになる。
「何をやってるんだ御幸」
「だって、あの、クリス先輩がきもちよさそうな顔が見たくて」
「だからってそんなところは舐めなくても良い」
「ほんなほほあひまへん」
御幸の、何かを口に含んだとき出る声と、声を出すときに発生する震えに思わず膝を閉じそうになったが、御幸に開かされる。恥ずかしさに拳を握るが御幸はお構いなしに、わざと音を立てて舌を這わせる。自分だったらたとえ好きな相手にでも、抵抗してしまいそうなことを御幸は軽々やってのけるのか。嫌に感覚が鋭敏になってしまいどこに舌が当てられているのかよくわかってしまう。やめろと言ってもくちびるを離さずに嫌ですと返すものだから堪らない。
「御幸、変なところ舐めるなッ」
「やーです、ここきもちいいですか?ありのとわたり、って言うらしいです」
「そんなこと聞いてない」
「えー」
御幸ばかり余裕を崩さないのはとても気に食わない。が、反撃の気力がない。初めて他人から与えられる快感がここまで好いとは思いもしなかった。自分で処理するのとは違う、自分でコントロールできない感覚に只翻弄されるがままになってしまう。御幸が擦るタイミングで声が漏れてしまわないよう、シャツを噛みしめるがあえなく取り上げられてしまった。
舐めたあとキスするとき、わざわざマウスウォッシュをするのはどうなのだろう。大事にされていると考えて良いのだろうか。わざとらしいミント香料が鼻をつき、舌がぴり、と痺れる。狂気すら滲むやさしさにどう反応していいかわからなくなる。御幸は恍惚、いう言葉が近い表情のままくちびるを貪っている。文字通り食らいつくされそうになる。そのまま御幸の糧になって、青道の役に立ちたいといったらまた、自分を大事ににしてくださいと怒られてしまうだろうから黙っておく。
いざ、そこに、ローションで潤滑をつけているとはいえ指を入れるとなると背筋が寒くなる。しかしそこでしか繋がれない。愛情表現のひとつであるセックスその手段の一つだと割り切るにはまだ経験が浅い。精神的にも、肉体的にも逃げ場がない。だからこそ、自分に言い訳ができてよかったのかもしれない。御幸を受け入れるには仕方のないことだったと自分に言い聞かせることができる。
「怖いですか」
さきほどまでも興奮しきった獣のような瞳は影をひそめ、やさしく理性的に触れてくる。そんなに柔らかくもなければひ弱でもないのだが。
「そりゃあな、でも今更止めるなんて言うなよ」
「はい、俺のせいにしてください。痛いのも怖いのも全部」
「それは、なんだか違う気がする」
自分でもよくわからない疑問が浮かんで中断する。しかし、超えないとあとあと禍根を残しそうな気がした。
「そうですか……?俺が勝手に好きになって、セックスしたがってるのに」
「違う、違うんだ御幸」
「あっでも爪はちゃんと切りました」
「なんて言うべきかわからん」
「難しいですね」
先輩にもわからないことがあるんですね、と宣う。俺をなんだと思っているんだ。年上と言っても一年早く生まれただけなのに。その間も遠慮は無いが、身体中にキスをくれる。
「好きになったのは確かにお前だろうが、その、大事にされるのが嬉しくてもっと欲しいと思ったのは確かな、バカやめろその顔」
「だ、だって、嬉しくて死んじゃいそうです」
「お前もそんな、緩みきった顔するんだな」
「先輩は、俺がどれだけ先輩のこと好きで、あこがれていたかわかってない」
「そりゃ、わからん。俺は御幸じゃないから」
「そうですけれど」
困った顔が愛らしくて、額にキスをする。背中に回された御幸の腕に力がこもる。二、三度キスをすると、頬を緩めて腰に抱き着いてくる。
「生え際に吹き出物あるぞ、痛そうだな……」
「思われニキビです」
「まぁ……そういうことにしてやらなくもない」
「やった」
嬉しそうに吹き出物をいじる御幸に、触るとよくないぞと言うと素直にやめる。あの他人とは一線を画す雰囲気は錯覚だったのか、と思わせるほど素直に、ぎこちなくとも素直に甘えてくる。いつもの態度を知っているからこと面食らうと同時に、仄暗い優越感がにじむ。俺だけが御幸を知っているような幼い優越感。
「だから、その、俺はお前だけのせいにしたくないんだよ」
「それは、俺も先輩に大事にされてるって判断していいですか」
「…………まぁ、うん、いいだろう」
「なんですか今の間」
軽快に笑いながらも触れる手はどこか性のかおりを伴っている。耳にかかる吐息の間隔が短い。御幸の興奮を視覚以外から知ることになろうとは。ふたたびローションで指を湿らせ、大事にしたいと言った割には思い切り突っ込まれて息が詰まる。腹を内側から圧され、内臓を押し上げられる感覚。指一本とはいえ激しい異物感に加えて、最終的に挿入されるであろうモノの質量を想像して更に胃がかき回されるような感覚。額に浮いた脂汗はいい香りがするハンカチに拭われた。耐えるためにきつく閉じた瞼を開けると悲痛なほど心配そうな顔をした御幸がくちびるを噛みしめている。情けない顔だ、とからかう口調でも声が震えてしまう。他人の痛ましい表情を心配する以上に、ひどい異物感とこじあけられる痛みで、喉の奥には悲鳴が溜まっている。
急に異物感から解放されて御幸を見遣ると、指に着けていたらしいコンドームを持参のゴミ袋へ捨てていた。あまりに痛がるから飽きられたのかと思う間もなく、頬に生ぬるいくちびるが押し当てられた。
「徐々に開発することにしました」
思わず大きく息をついてしまった。飽きられていないことを確認し、今日のところはこの未知の痛みからは解放された。ここまで恐怖を煽る種類の痛みだとは思いもしなかった。御幸がいたわるように頬や首や額にキスをしてくる。そんなにキツそうだっただろうか?
「大丈夫ですか」
「いや、平気じゃない」
「……すみません、もう」
「これきりにする、と言おうとしているなら見当違いだからな」
「えっ?」
「嫌だったら、御幸を殴りつけてでも逃げてるさ」
「そ、そうですか?」
「そういうことをわざわざ言わないとわからないか」
「わかりません、だって俺先輩が言うようにいい子じゃないんで」
全く可愛くない。先輩耳真赤ですよ、耳元で囁くのも、胸の奥を絞られる感覚をゆるりと指先でやさしくほどかれているのも気に入らない。
「だから俺にもわかるように、ちゃんと、好きって言ってほしいです。俺だって怖いんですから」
生意気言ったかと思えば、悲しげに懇願してくる変わり身で、結局俺が折れてしまう。
「ところで、その股間のモノどうするつもりだ」
「えっ、と」
うまく御幸の気を逸らせたかと思えば、一緒に擦りたいです、などと宣う。こちらの返事は聞いていないらしく、お互いの収まりがつかないモノを柔く握って擦る。只々、御幸の肌すべて熱いことだけがわかる。舌を貪られていて首を動かせなものだから状況が理解できない。ツン、と生臭さが鼻をつく。唾液のにおいでなければほかの液だろう。急に恥ずかしさがよみがえってくる。俺は今、後輩に対して性的に興奮しているということを突きつけられた。
「うっわ、すげぇ」
うるさい、とそれだけ言うだけでも必死に絞り出さないと出てこない。そういうことは言わないでほしいとも言いきれないほど、自分で処理するときとは桁違いの波がやってくる。御幸の舌と、掌と、押し付けられているペニスの熱さで頭がおかしくなりそうだ。同級生から押し付けられたいかがわしいDVDの、あたまがおかしくなりそう、などどいう言葉はあながちウソではないのかもしれない。
背徳感と、性欲と、庇護欲と、その他知らなかった幸せな感覚で脳味噌が焼き切れそうになる。只御幸、御幸と喉がほころぶように出てきた言葉だけを発している今、脳味噌が正常に作動しているとは思えない。
「クリス、先輩」
やっと御幸のことを考える余裕が出来てきた。御幸も情けない顔を、暗闇でもわかるほど赤くしている。頬を両手で挟んでやるとなぜかペニスを膨らませているのだから始末におえない。何に興奮する要素があったのか。お互い様だが。
俺は俺で後輩のペニスと掌その他もろもろに興奮して絶頂を迎えそうになって居るのだから自己嫌悪すら感じる。それを振り払うほど御幸が、いとおしくて堪らない。一瞬息が詰まり、どちらのものかわからない精液のあつさと反比例するように脳味噌は現実に引き戻されていく。
御幸は一度射精しても冷めないタイプなのか熱烈なキスを欠かさず、俺の身体から先に拭き清めてくれる。匂いが残らないように制汗シートで拭きとってくれるのだから、どれだけ準備したのやら。
自分も十分拭き清め、ミーティング後ですよと言い張れるように整えてから御幸が遠慮がちに言った。
「で、クリス先輩」
「何か?」
「その冷たい目最高ですね……じゃなくて、あの、わざわざ言わないとわからないのかの続きで」
「蒸し返すつもりか?」
「その目素敵すぎてまたチンコ勃ちそうです、じゃなくて、本気です」
「これだけ許してもまだ言葉にしないとダメなのか」
「そんなに恥ずかしいですか?」
「恥ずかしいというより……怖いというか」
本音を思わず零してしまったのが間違いだったか。視界の端で御幸が眉をしかめたのを捉えた。
「怖い?」
「言いたくない」
「言ってください」
「嫌だ」
聞き分けの悪い子供のようにかたくなに拒否するが、御幸が不安げな目で見てくるものだから絆されてしまう。
「最初は御幸があまりに必死だったから付き合ってやろう、程度の気持ちだった」
御幸の喉の奥の空気がひぅと音を立てたかと思うとみるみる顔が青ざめてゆく。
「でもな、何故か、今は俺が溺れている。これから俺なんかに構っている余裕はないだろう、頭ではわかっているが」
はなれたくない、と言おうとしたところでくちびるを塞がれた。ここまで温かで、幸せな感情を教えてくれてありがとう、とは絶対に言わない。
「先輩がっ、もう嫌だって言うまでっ、ずっと大好きですっ」
なぜ御幸が涙声になるのか。
「わかったよ、ありがとう、俺も」
「も、もう一声」
鼻水すすり上げながらきつく抱きしめられたら逃げようがない。そうだ、そうに違いない。
「す、すき」
だ、という前にくちびるを奪われる。さっきから最後まで言わせてくれない。理性的な後輩だと思っていたのだがこれはいかに。何か棒状のものが股間に押し当てられる。
「御幸……」
「えへ、もう一回しませんか」
「えへじゃない……」
拒絶をしないことを前向きに肯定ととった御幸にふたたび着衣を剥ぎ取られる。月明かりが御幸の涙の跡が残る頬をやさしく照らしている。
===
2014年9月28日発行の本の再録
憐みを抱かぬよう喉に牙を立てて #FateGrandOrder #夢小説 #男夢主 #アルジュナ
憐みを抱かぬよう喉に牙を立てて #FateGrandOrder #夢小説 #男夢主 #アルジュナ
じわじわと意識が覚醒し、現実に浮上する。
けたたましいセミの鳴き声と、肌に張り付くTシャツのうっとおしさに辟易しながらどうにか身を起こす。
最近、何かを忘れているような気がしてならない。それが何なのか一切思い出せないのだから性質が悪い。
昨日の晩御飯……アルジュナとうどん屋で食べた。この暑いのにアルジュナが汗みずくになりながら熱いきつねうどんを食べていたことだって覚えている。
今週末の小テスト……だんだんわけがわからなくなりつつある古文の書き下しテストがある。
と、思考を練っているうちに起床しないと間に合わない時間になっている。
慌てて飛び起き、急いで身支度を整える。
台所に置いてあったバターロールを無理やり押し込んで、夏用のベストを羽織る。
制服が白だと所作に気を遣わなければならないので面倒で仕方ない。
玄関を開けると、見知った顔が腕時計を見ていた。
「二分遅刻です」
「ごめんね」
返事をせずに歩き始めたのはあまり怒っていない証拠だ。
気に食わないなら徹底的に叱責してくる。胸をなでおろして歩き始めた彼につづく。
前後に人がいないことを確認して、その指に自分の指を軽く這わせる。
案の定、こんなところで、と責めるような目線が横顔に刺さる。
「だめ?」
彼にしては珍しく、迷っているのか目を泳がせ、観念したかのように唇を軽く噛んで指を絡ませてくる。
俺が軽く笑い声を漏らすと、何がおかしいと言わんばかりに爪を立てられる。それすらいとおしくてそのまま手を握る。
ああ、幸せだなぁ、だなんて考えながら。
◇◇
授業中も、アルジュナの掌の感触を思い出してはにやついている。
俺より少し大きな掌、短く切ってある形の綺麗な爪、指の関節のひとつひとつを。
けれどテストがそう遠くないからあまり意識を離していられない。
あまり興味が持てないものの、どうにか置いていかれないよう手を動かす。
◇
一番楽しみなのは、もちろん昼食の時間だ。
学食で買った菓子パンと、烏龍茶の紙パックを持って階段を一番上までのぼる。
両手がふさがっているので、すこし品が無いが、脚でノックすると扉が開いた。
本当は生徒立ち入り禁止なのだが、なんというか生徒会特権とかいうやつでどうにかなってしまっているらしい。
「あれ?アルジュナ、ごはんは?」
「あなたと会う前に買いました」
「そっか、あるならいいや」
日蔭に陣取っても暑い。湿気を帯びたぬるい風が頬を撫でる程度の涼だけだが、なぜかどれだけ暑かろうが寒かろうが、俺たちはここで昼食を取るようになっている。
あたりまえのようにアルジュナが隣に腰を下ろす。さらに暑くなるが、これで拒絶の意志を少しでもにじませようものなら以降近寄りもしなくなるから黙っておく。
暑い中甘ったるい菓子パンを全部食べる気になれずに半分以上残してしまう。
「食欲ないんですか?」
「んー、もっとさっぱりしたものがよかったかな、ってカンジかな……大丈夫、足りるよ」
心配そうに覗きこんでくる黒い瞳が俺の青い瞳を写した。そんなに近く寄らなくてもいいのに、と思うけれど、ここまで近いならキスができる距離だ、とも思う。
軽く顎を掴んで引き寄せると、俺よりずっと力が強いのに抵抗の色さえ見せない。
すんなりキスが成功してしまった。人目を気にする方なので、嫌がられると思った。
よくよく考えてみれば建物の高さの関係からどこからも死角になるのがこの日蔭だ。
彼がそういうことを考えるとは思いにくいけど、ここなら何でもできてしまう。
この前初めて身体の関係になったばかりでこんなところで盛るのはハードルが高いかな、いやでもその後サルみたいにヤりまくったな……などと思ったけれど俺の身体はそれほど抑えが利く方でもない。
ご飯を食べているアルジュナが暑がってもべたべたと彼の身体に掌を這わせていると案の定。
「ちょっと……」
「うん、勃っちゃった……」
ゴムはある。と財布のコインケースから取り出すと、アルジュナは少し目を見開いて、呆れたように深いため息をついてみせた。
それも、フリ、だろう。彼の身体を触っているときから、彼のスキなところだけを触っていたのだから彼だって そういう 気になっているはずだ。
汚してしまうから、俺と彼の上着とスラックスを取り払ってしまう。嫌に風通しがよくなってしまい、羞恥だか解放感だかわからない感覚が脳味噌を染めあげた。
背中がコンクリートに当たらないように、俺の上着をアルジュナの背中に敷いて、小分けにして常備してあるローションを後孔に塗りつける。この感覚がどうにもなれないらしく、身を固くしてる。
好きな人が不安だったり、嫌だと思うことはしたくなくて空いている手で頬に触れると、素直にすり寄ってくる。こういう時はいつもの生意気さはなりを潜めて、とことん甘えてくる。
「痛い……?ごめんね……」
「痛くは、ないんです」
「?」
「なんだか、慣れない感覚があるだけで」
後孔で気持ちよくなるにはある程度慣れが必要だというが、少しでも気持ちよくなってくれていれば良い。
ある程度解れたところで指を引き抜いて、指用のコンドームを外して、ペニスにコンドームをかぶせる。正直あまり好きな匂いでも感触でもないが、一度中出しをしたら翌日腹が痛くなったと言っていたので、俺のわがままで彼の体調が良くなるのはいただけない。
「挿れるね、痛かったら言って」
痛くても言わないことを知っていながら、優しい恋人のふりをする。声を上げてしまわないように、大事な指に歯を立てている。
「ちょっと、指噛んだら弓を引けないでしょ……」
ほら、と俺の指を差し出すと、これまた素直に俺の指を口腔に招き入れる。
優しく舐められ、先端を吸われ、音を立てて抽出され。
こんなことされたら嫌でも俺の身体の裡にも火が灯る。このクソ暑いのに、煽られたら火が大きく燃え上がるなんてあたりまえなんだ。
「ふ、っ、――ッく……んッ」
「苦しい?」
嫌々、と首を振って否定の意志を示すアルジュナの、額に張り付いた前髪を払って唇を押し付ける、おそるおそる舌を挿入すると、アルジュナの方も少しずつこちらに舌を挿しいれていたらしく、軽く触れあった。
時に唇を離してはまた寄せて、それで相手を食らいつくしてしまえたらと言わんばかりの動物的衝動で互いの身体に触れあう。
徐々にアルジュナの声音に甘ったるさが帯びてきて安心した。
引き締まった身体に汗の粒が浮いては流れる。
互いの汗が、体温が混ざり合ってこのまま一つになりたい、だなんて夢見がちなことを考え付くくらいにはこのうだるような熱気と、むせかえるような興奮は俺の思考を鈍らせる。
「はァっ……う、くッ……ぐっ、うう……ぅ、アッ……」
「んっ、ふ、ンっ……!アルジュナ、ねぇ」
きつく閉じられていた瞼が押し上げられ、こちらの声に反応する。言葉にならない、口の形だけで好き、と伝える。
アルジュナの唇がわたしも、と形作るのを見て、安心した。
「あ、あァッ、もう、ダメっ、ンっ……出るから、テイッ、シュ、おねがいッ……だから……!」
彼の肌に白濁が飛び散るさまはそれはもう興奮するのだが、今制服を汚してしまうのはよくない。しかたなくポケットに忍ばせていたコンドームをアルジュナのペニスの亀頭に被せてやる。
ぱちゅん、ぱちゅんと下品な水音がするたびに彼が身を竦ませるのがどうにも胸にクるものがある。俺もそろそろ限界だが、アルジュナの方が先に達するだろう。
だんだんと表情がうつろになってゆき、手で俺の身体のどこかに触れようと探り出したら、ということをつい最近知った。
俺の背に手が回ったかと思ったときには息を詰めていても漏れる嬌声とともに、アルジュナはひときわ強く俺を抱いて達した。
意地でも達するとき声を上げようとしない。ラブホなど、声を上げれるところなら遠慮なく絶頂するアルジュナの声を聴けるのだろうか。今度私服で行ってみようか。
「ごめんね、もう少し」
「ええ」
イったあとのアルジュナは後が怖いくらい優しい。
両手を俺の頬に当て、唇の感触を楽しむように押し当てて、俺の腹の底に溜まる欲をすべて吸い取ってしまうかのように優しく俺の吐精を促す。それに流されるように彼の胎内、正しくはコンドームにみっともない声をあげて射精してしまう。
スッと冷水を浴びせられるように冷静になってしまうのが男の性であるとしても、これはあまりに情緒がない。
きわめて冷静に、授業に遅れないように汗拭きシートで互いの身体を拭い、コンドームをビニールに放り込む。ときに軽く唇を重ねては見つめ合っているものだから遅々としているが。
◇
興奮冷めやらぬ火照った肌を寄せ合いながら、すっかりぬるくなった烏龍茶を飲み下す。
「帰り、ちょっと待っててね」
「わかりました」
「忙しかったら帰ってていいよ」
「いえ、平気です」
「ん」
最後に唇ををどちらともなく寄せ、離れる。今までただご飯を食べていただけですよ、と言わんばかりの澄まし顔で。
◇
やはり、俺は何か忘れている。
すっかり日が陰った廊下は、人の気配がしないだけでこんなにも不気味だ。
俺がどこからきてここに居るのか、何故家に俺だけが居て、こんなにも、俺にとって都合の良い世界なのか。
そういった疑問が湧いてはあぶくのように消えてゆく。疑問を覚えていられないのだ。それを考えることを禁じられているかのように。
俺だけが、何かを忘れている。
不安でも、誰に話しても気のせいで片付けられそうなことだ。拳を握り込んで爪が食い込む。痛みを確かに感じるので夢ではないはずだ。
当てもなく廊下をさまようが、それで思い出すはずもない。
こんなに遅くなってしまったのだから、アルジュナは怒って帰ってしまったかもしれない。
◇
「え?」
「え?じゃありません、どうしたんですかこんなに遅くまで」
「いや、ちょっとね……」
「……私にも言えないことですか……?」
怒ってみせたのは最初の方だけで、こんなに遅くまで学校に居残っていたことが心配だったとひしひしと伝わってくる。
彼の貌を西日がきつく照らす。朱と、彼の深い黒色の瞳。失礼ながら禍々しい色の取り合わせに生唾を呑みこむ。
「言っても」
「しょうがないだなんて言うんですか?」
「う……」
責める意図はないだろうが、状況が状況なので反抗しづらい。暑さで頭をおかしくしたのか?と心配させたくないので言葉を選んで自分の中の違和感をどうにか言葉にする。
「笑わないで、聞いてくれる?」
頷いて、歩き始めた俺と歩幅を合わせてくれる。
「ちょっと前から、なんかおかしいなって思うんだ」
「おかしい……ですか?」
思い当たる節がもちろんないであろうアルジュナも、思案をめぐらせている。
「うん、なんというか、俺に都合がよすぎるんだ。何もかも。特に、アルジュナ。君に関して」
いよいよ俺の言っている意味がわからなくなったのか、怪訝そうな顔で俺の顔を見遣る。
やはりアルジュナにはわからないらしい。けれど俺は言葉を続ける。全体を離してしまえば少しくらいヒントがあるかもしれないと信じて。
「君は、俺をそんな切実に俺を求め、俺を愛してくれる、のかな」
「何が言いたいのです、それに、私を疑うのですか?」
少しずつ声が震えているアルジュナの腕を掴み、声を抑えるように目で示す。
黒と青が交わる。
朱に染まっていた空が藤色に染まり始めている。
これ以上は、「アルジュナ」に失礼だろう。
妻を愛し、子を愛し、民に愛され、民を愛した彼に。
俺と言う個体を愛している今、この時が。
「ごめんね、俺を好きにならせて」
「何を、言うのです」
いよいよ怒ってしまう。その前に片をつけなければ。
「もういいよ、君は、偽物だ」
途端、蒼穹にひびが走った。
バリバリと音を立てて空が剥がれ落ちてゆく。
普通ならあり得ないことだが、俺は極めて冷静に、泣き崩れる俺の望んだ「アルジュナ」の背中を摩る。
確かに温かい。が、この涙もきっと俺がそうであれと望んだ、「俺を愛してくれるアルジュナ」だからこそ、だ。
「ここで安寧を得ていれば貴方は危険にさらされることも、悲しみに暮れて"私"に泣きつくこともないというのに……だからあれほど沢山あった聖杯の一つにそう願ったのではないのですか」
「ごめん、迷惑だった?」
「そうではありません、貴方が、辛いと嘆くことのない世界で、温かな生活を、貴方がもと居た世界のまま暮らしてほしかった」
「でも、そのままじゃアルジュナが生きた証も、守った人たちも、残らないから……でも、ありがとう、君のことを、心から――――」
◇◇
「ごめん、これは僕の責任だ」
「謝ることじゃないよ、ドクター・ロマン。仮にも聖杯を扱うのだから、こうなる可能性を考えておくべきで、聖杯の力を甘く見た俺が」
「先輩、顔色が悪いです……ドクター、ここは先輩を休ませてあげたほうが」
「そうだね、申し訳ない……ゆっくり休んでね」
今までずっと寝ていたようなものなのに、眠る気なんてなれない。
いうなればできのいい夢だ。そんなものも聖杯が叶えてくれるだなんて。
それにあれはある意味本物のアルジュナだ。
俺が聖杯で仮想世界を作り、それにアルジュナを呼び寄せた、のだと思う。
きっと、狂化を取り付ける要領で、聖杯は余計な気を利かせててくれたのだろう。醒めてしまった幸せな夢など、惨めさを際立たせるだけだと言うのに。
光の粒が舞い、英霊が実体化する。
白い外套に、黒い髪、それに合わせて設えたかのような黒い瞳。
今一番顔を合わせたくないが、そうも言ってられない。
「……見た?」
「ええ」
涼しい顔で言ってのける。
俺としては恥ずかしさで今すぐここから消えてしまいたい。都合よく目の前の英霊を書き換えた上にその時までは本気で愛し合っていると信じて疑わなかったのだから。
自分の幸せな夢が恥ずかしい思い出になってしまったことがなにより悲しくて、恥入る余裕などないのだから、これ以上ここに居ないでほしい。
「あれは、私であって、私でない」
「というと?」
「それを考えるのが子供の役目です、マスター」
そう言って彼は手袋を外し、俺の頬に触れた。
変わらず温かな肌に、今は失われた「アルジュナ」が思い出されて胸がチクリと痛む。
「貴方が、そうであってほしいと願う方を信じなさい。その方が快いでしょう」
「そうだね、さすが、施しの英雄」
厭味に聞こえたから厭味で返した。
それだけのことなのに、妙に感傷的になってしまう。失ったのが悲しいのか、現実の彼は悪くないのに当たり散らしたことが恥ずかしいのか、その両方か。どれであっても俺のせいだ。それでも今は俺だけの胸の裡に広がる痛みに浸っていることくらいは許されるのではないだろうか。
「ごめん、すこし寝る」
「そうですか、では」
何の余韻もなく彼は去っていく。
あの「アルジュナ」だったら、添い寝をしてくれていただろうか、と夢想しながら眠りにつく。
2016/8/28
===
概念礼装「ヴァーサス」に着想を得た学パロからのそんなもんありませ〜ん
じわじわと意識が覚醒し、現実に浮上する。
けたたましいセミの鳴き声と、肌に張り付くTシャツのうっとおしさに辟易しながらどうにか身を起こす。
最近、何かを忘れているような気がしてならない。それが何なのか一切思い出せないのだから性質が悪い。
昨日の晩御飯……アルジュナとうどん屋で食べた。この暑いのにアルジュナが汗みずくになりながら熱いきつねうどんを食べていたことだって覚えている。
今週末の小テスト……だんだんわけがわからなくなりつつある古文の書き下しテストがある。
と、思考を練っているうちに起床しないと間に合わない時間になっている。
慌てて飛び起き、急いで身支度を整える。
台所に置いてあったバターロールを無理やり押し込んで、夏用のベストを羽織る。
制服が白だと所作に気を遣わなければならないので面倒で仕方ない。
玄関を開けると、見知った顔が腕時計を見ていた。
「二分遅刻です」
「ごめんね」
返事をせずに歩き始めたのはあまり怒っていない証拠だ。
気に食わないなら徹底的に叱責してくる。胸をなでおろして歩き始めた彼につづく。
前後に人がいないことを確認して、その指に自分の指を軽く這わせる。
案の定、こんなところで、と責めるような目線が横顔に刺さる。
「だめ?」
彼にしては珍しく、迷っているのか目を泳がせ、観念したかのように唇を軽く噛んで指を絡ませてくる。
俺が軽く笑い声を漏らすと、何がおかしいと言わんばかりに爪を立てられる。それすらいとおしくてそのまま手を握る。
ああ、幸せだなぁ、だなんて考えながら。
◇◇
授業中も、アルジュナの掌の感触を思い出してはにやついている。
俺より少し大きな掌、短く切ってある形の綺麗な爪、指の関節のひとつひとつを。
けれどテストがそう遠くないからあまり意識を離していられない。
あまり興味が持てないものの、どうにか置いていかれないよう手を動かす。
◇
一番楽しみなのは、もちろん昼食の時間だ。
学食で買った菓子パンと、烏龍茶の紙パックを持って階段を一番上までのぼる。
両手がふさがっているので、すこし品が無いが、脚でノックすると扉が開いた。
本当は生徒立ち入り禁止なのだが、なんというか生徒会特権とかいうやつでどうにかなってしまっているらしい。
「あれ?アルジュナ、ごはんは?」
「あなたと会う前に買いました」
「そっか、あるならいいや」
日蔭に陣取っても暑い。湿気を帯びたぬるい風が頬を撫でる程度の涼だけだが、なぜかどれだけ暑かろうが寒かろうが、俺たちはここで昼食を取るようになっている。
あたりまえのようにアルジュナが隣に腰を下ろす。さらに暑くなるが、これで拒絶の意志を少しでもにじませようものなら以降近寄りもしなくなるから黙っておく。
暑い中甘ったるい菓子パンを全部食べる気になれずに半分以上残してしまう。
「食欲ないんですか?」
「んー、もっとさっぱりしたものがよかったかな、ってカンジかな……大丈夫、足りるよ」
心配そうに覗きこんでくる黒い瞳が俺の青い瞳を写した。そんなに近く寄らなくてもいいのに、と思うけれど、ここまで近いならキスができる距離だ、とも思う。
軽く顎を掴んで引き寄せると、俺よりずっと力が強いのに抵抗の色さえ見せない。
すんなりキスが成功してしまった。人目を気にする方なので、嫌がられると思った。
よくよく考えてみれば建物の高さの関係からどこからも死角になるのがこの日蔭だ。
彼がそういうことを考えるとは思いにくいけど、ここなら何でもできてしまう。
この前初めて身体の関係になったばかりでこんなところで盛るのはハードルが高いかな、いやでもその後サルみたいにヤりまくったな……などと思ったけれど俺の身体はそれほど抑えが利く方でもない。
ご飯を食べているアルジュナが暑がってもべたべたと彼の身体に掌を這わせていると案の定。
「ちょっと……」
「うん、勃っちゃった……」
ゴムはある。と財布のコインケースから取り出すと、アルジュナは少し目を見開いて、呆れたように深いため息をついてみせた。
それも、フリ、だろう。彼の身体を触っているときから、彼のスキなところだけを触っていたのだから彼だって そういう 気になっているはずだ。
汚してしまうから、俺と彼の上着とスラックスを取り払ってしまう。嫌に風通しがよくなってしまい、羞恥だか解放感だかわからない感覚が脳味噌を染めあげた。
背中がコンクリートに当たらないように、俺の上着をアルジュナの背中に敷いて、小分けにして常備してあるローションを後孔に塗りつける。この感覚がどうにもなれないらしく、身を固くしてる。
好きな人が不安だったり、嫌だと思うことはしたくなくて空いている手で頬に触れると、素直にすり寄ってくる。こういう時はいつもの生意気さはなりを潜めて、とことん甘えてくる。
「痛い……?ごめんね……」
「痛くは、ないんです」
「?」
「なんだか、慣れない感覚があるだけで」
後孔で気持ちよくなるにはある程度慣れが必要だというが、少しでも気持ちよくなってくれていれば良い。
ある程度解れたところで指を引き抜いて、指用のコンドームを外して、ペニスにコンドームをかぶせる。正直あまり好きな匂いでも感触でもないが、一度中出しをしたら翌日腹が痛くなったと言っていたので、俺のわがままで彼の体調が良くなるのはいただけない。
「挿れるね、痛かったら言って」
痛くても言わないことを知っていながら、優しい恋人のふりをする。声を上げてしまわないように、大事な指に歯を立てている。
「ちょっと、指噛んだら弓を引けないでしょ……」
ほら、と俺の指を差し出すと、これまた素直に俺の指を口腔に招き入れる。
優しく舐められ、先端を吸われ、音を立てて抽出され。
こんなことされたら嫌でも俺の身体の裡にも火が灯る。このクソ暑いのに、煽られたら火が大きく燃え上がるなんてあたりまえなんだ。
「ふ、っ、――ッく……んッ」
「苦しい?」
嫌々、と首を振って否定の意志を示すアルジュナの、額に張り付いた前髪を払って唇を押し付ける、おそるおそる舌を挿入すると、アルジュナの方も少しずつこちらに舌を挿しいれていたらしく、軽く触れあった。
時に唇を離してはまた寄せて、それで相手を食らいつくしてしまえたらと言わんばかりの動物的衝動で互いの身体に触れあう。
徐々にアルジュナの声音に甘ったるさが帯びてきて安心した。
引き締まった身体に汗の粒が浮いては流れる。
互いの汗が、体温が混ざり合ってこのまま一つになりたい、だなんて夢見がちなことを考え付くくらいにはこのうだるような熱気と、むせかえるような興奮は俺の思考を鈍らせる。
「はァっ……う、くッ……ぐっ、うう……ぅ、アッ……」
「んっ、ふ、ンっ……!アルジュナ、ねぇ」
きつく閉じられていた瞼が押し上げられ、こちらの声に反応する。言葉にならない、口の形だけで好き、と伝える。
アルジュナの唇がわたしも、と形作るのを見て、安心した。
「あ、あァッ、もう、ダメっ、ンっ……出るから、テイッ、シュ、おねがいッ……だから……!」
彼の肌に白濁が飛び散るさまはそれはもう興奮するのだが、今制服を汚してしまうのはよくない。しかたなくポケットに忍ばせていたコンドームをアルジュナのペニスの亀頭に被せてやる。
ぱちゅん、ぱちゅんと下品な水音がするたびに彼が身を竦ませるのがどうにも胸にクるものがある。俺もそろそろ限界だが、アルジュナの方が先に達するだろう。
だんだんと表情がうつろになってゆき、手で俺の身体のどこかに触れようと探り出したら、ということをつい最近知った。
俺の背に手が回ったかと思ったときには息を詰めていても漏れる嬌声とともに、アルジュナはひときわ強く俺を抱いて達した。
意地でも達するとき声を上げようとしない。ラブホなど、声を上げれるところなら遠慮なく絶頂するアルジュナの声を聴けるのだろうか。今度私服で行ってみようか。
「ごめんね、もう少し」
「ええ」
イったあとのアルジュナは後が怖いくらい優しい。
両手を俺の頬に当て、唇の感触を楽しむように押し当てて、俺の腹の底に溜まる欲をすべて吸い取ってしまうかのように優しく俺の吐精を促す。それに流されるように彼の胎内、正しくはコンドームにみっともない声をあげて射精してしまう。
スッと冷水を浴びせられるように冷静になってしまうのが男の性であるとしても、これはあまりに情緒がない。
きわめて冷静に、授業に遅れないように汗拭きシートで互いの身体を拭い、コンドームをビニールに放り込む。ときに軽く唇を重ねては見つめ合っているものだから遅々としているが。
◇
興奮冷めやらぬ火照った肌を寄せ合いながら、すっかりぬるくなった烏龍茶を飲み下す。
「帰り、ちょっと待っててね」
「わかりました」
「忙しかったら帰ってていいよ」
「いえ、平気です」
「ん」
最後に唇ををどちらともなく寄せ、離れる。今までただご飯を食べていただけですよ、と言わんばかりの澄まし顔で。
◇
やはり、俺は何か忘れている。
すっかり日が陰った廊下は、人の気配がしないだけでこんなにも不気味だ。
俺がどこからきてここに居るのか、何故家に俺だけが居て、こんなにも、俺にとって都合の良い世界なのか。
そういった疑問が湧いてはあぶくのように消えてゆく。疑問を覚えていられないのだ。それを考えることを禁じられているかのように。
俺だけが、何かを忘れている。
不安でも、誰に話しても気のせいで片付けられそうなことだ。拳を握り込んで爪が食い込む。痛みを確かに感じるので夢ではないはずだ。
当てもなく廊下をさまようが、それで思い出すはずもない。
こんなに遅くなってしまったのだから、アルジュナは怒って帰ってしまったかもしれない。
◇
「え?」
「え?じゃありません、どうしたんですかこんなに遅くまで」
「いや、ちょっとね……」
「……私にも言えないことですか……?」
怒ってみせたのは最初の方だけで、こんなに遅くまで学校に居残っていたことが心配だったとひしひしと伝わってくる。
彼の貌を西日がきつく照らす。朱と、彼の深い黒色の瞳。失礼ながら禍々しい色の取り合わせに生唾を呑みこむ。
「言っても」
「しょうがないだなんて言うんですか?」
「う……」
責める意図はないだろうが、状況が状況なので反抗しづらい。暑さで頭をおかしくしたのか?と心配させたくないので言葉を選んで自分の中の違和感をどうにか言葉にする。
「笑わないで、聞いてくれる?」
頷いて、歩き始めた俺と歩幅を合わせてくれる。
「ちょっと前から、なんかおかしいなって思うんだ」
「おかしい……ですか?」
思い当たる節がもちろんないであろうアルジュナも、思案をめぐらせている。
「うん、なんというか、俺に都合がよすぎるんだ。何もかも。特に、アルジュナ。君に関して」
いよいよ俺の言っている意味がわからなくなったのか、怪訝そうな顔で俺の顔を見遣る。
やはりアルジュナにはわからないらしい。けれど俺は言葉を続ける。全体を離してしまえば少しくらいヒントがあるかもしれないと信じて。
「君は、俺をそんな切実に俺を求め、俺を愛してくれる、のかな」
「何が言いたいのです、それに、私を疑うのですか?」
少しずつ声が震えているアルジュナの腕を掴み、声を抑えるように目で示す。
黒と青が交わる。
朱に染まっていた空が藤色に染まり始めている。
これ以上は、「アルジュナ」に失礼だろう。
妻を愛し、子を愛し、民に愛され、民を愛した彼に。
俺と言う個体を愛している今、この時が。
「ごめんね、俺を好きにならせて」
「何を、言うのです」
いよいよ怒ってしまう。その前に片をつけなければ。
「もういいよ、君は、偽物だ」
途端、蒼穹にひびが走った。
バリバリと音を立てて空が剥がれ落ちてゆく。
普通ならあり得ないことだが、俺は極めて冷静に、泣き崩れる俺の望んだ「アルジュナ」の背中を摩る。
確かに温かい。が、この涙もきっと俺がそうであれと望んだ、「俺を愛してくれるアルジュナ」だからこそ、だ。
「ここで安寧を得ていれば貴方は危険にさらされることも、悲しみに暮れて"私"に泣きつくこともないというのに……だからあれほど沢山あった聖杯の一つにそう願ったのではないのですか」
「ごめん、迷惑だった?」
「そうではありません、貴方が、辛いと嘆くことのない世界で、温かな生活を、貴方がもと居た世界のまま暮らしてほしかった」
「でも、そのままじゃアルジュナが生きた証も、守った人たちも、残らないから……でも、ありがとう、君のことを、心から――――」
◇◇
「ごめん、これは僕の責任だ」
「謝ることじゃないよ、ドクター・ロマン。仮にも聖杯を扱うのだから、こうなる可能性を考えておくべきで、聖杯の力を甘く見た俺が」
「先輩、顔色が悪いです……ドクター、ここは先輩を休ませてあげたほうが」
「そうだね、申し訳ない……ゆっくり休んでね」
今までずっと寝ていたようなものなのに、眠る気なんてなれない。
いうなればできのいい夢だ。そんなものも聖杯が叶えてくれるだなんて。
それにあれはある意味本物のアルジュナだ。
俺が聖杯で仮想世界を作り、それにアルジュナを呼び寄せた、のだと思う。
きっと、狂化を取り付ける要領で、聖杯は余計な気を利かせててくれたのだろう。醒めてしまった幸せな夢など、惨めさを際立たせるだけだと言うのに。
光の粒が舞い、英霊が実体化する。
白い外套に、黒い髪、それに合わせて設えたかのような黒い瞳。
今一番顔を合わせたくないが、そうも言ってられない。
「……見た?」
「ええ」
涼しい顔で言ってのける。
俺としては恥ずかしさで今すぐここから消えてしまいたい。都合よく目の前の英霊を書き換えた上にその時までは本気で愛し合っていると信じて疑わなかったのだから。
自分の幸せな夢が恥ずかしい思い出になってしまったことがなにより悲しくて、恥入る余裕などないのだから、これ以上ここに居ないでほしい。
「あれは、私であって、私でない」
「というと?」
「それを考えるのが子供の役目です、マスター」
そう言って彼は手袋を外し、俺の頬に触れた。
変わらず温かな肌に、今は失われた「アルジュナ」が思い出されて胸がチクリと痛む。
「貴方が、そうであってほしいと願う方を信じなさい。その方が快いでしょう」
「そうだね、さすが、施しの英雄」
厭味に聞こえたから厭味で返した。
それだけのことなのに、妙に感傷的になってしまう。失ったのが悲しいのか、現実の彼は悪くないのに当たり散らしたことが恥ずかしいのか、その両方か。どれであっても俺のせいだ。それでも今は俺だけの胸の裡に広がる痛みに浸っていることくらいは許されるのではないだろうか。
「ごめん、すこし寝る」
「そうですか、では」
何の余韻もなく彼は去っていく。
あの「アルジュナ」だったら、添い寝をしてくれていただろうか、と夢想しながら眠りにつく。
2016/8/28
===
概念礼装「ヴァーサス」に着想を得た学パロからのそんなもんありませ〜ん
阿修羅姫 #FateGrandOrder #夢小説 #男夢主 #アルジュナ
阿修羅姫 #FateGrandOrder #夢小説 #男夢主 #アルジュナ
少女が女に、母が女に、娼婦が女に、もとより、そしてこれからも口紅は女のものであった。
しかしそれは、まともに生きている女が織りなすことであり、織機を手繰る女が数人を残して魔術王に焼却された今、そのようなことは実に些細なことといえるだろう。
現に、この眼が痛くなりそうなほどの赤を、俺は彼に別の意味で使用した、といえるだろう。
ことの起こりは数か月前に遡る。逆に言うと、俺はもう数か月もかの大英雄、アルジュナを侮辱に近い扱いをしておきながら首と胴が繋がっているし、眉間も心臓も矢で穿たれていない。
これ以上、わずかに残った人間が積み重ねた英知の結晶の風化を進めないよう、完璧な温度管理がされた書物が堆積している書庫の底の底、そこに彼の原典が眠っていた。
誰の解釈をも交えたくなかったからと、原文、といっても現代ヒンディー語ではなく、古語やら訛りなどで読み進めていくのは恐ろしいほどの労力だったが、不思議と苦痛は感じなかった。それより、ほんの一面でも彼を知れたような気がして、嬉しさを感じていた。
最初、敵として相対した彼だが、奇跡が幾重にも重なって彼がこのカルデアに召喚されたときは先行している印象が、今の彼と、敵であった彼とは別存在だと頭では分かっているものの、一度その矢が俺を、マシュを、そして人類の未来をも穿とうとした弓兵が恐ろしくてあまり深くかかわろうとはしなかった。
が、カルデアの電力供給が危うくなった際に行った魔力供給、と大義名分が掲げられているが魔力が込められた体液をサーヴァントが摂取するという、愛に夢見て恋に恋する乙女たちを唾棄するような行為のあと、自分でも恐ろしいほど短慮であるとは理解しているものの、留めがたい執着を彼に向けてしまっている。
英霊の座とかいうところで、聖杯戦争に関する知識を多少はつけているらしいので説明はいらなかった。
それに、魔術師でもない俺が、英霊を何基も従えるという不条理に合点がいっていなかったらしく、魔力供給のため必要である、という言葉に特段驚きはしなかった。
そこまではいい。
今まで肌を重ねた英霊たち、俺を憐れんで、少しでも良い目にあうようにと尽くしてくれた者、俺を地獄の底に堕すためなら心臓を差し出す、と言わんばかりの憎悪をぶつけてくる者、ただひたすらわが身に起こる不条理から意識を逸らそうとする者、悲しいかな多種多様な反応をこの眼で見てきた。
だが、さりさやと触り慣れない感触の白絹の外套に手を掛けようとしても、その安い黒ガラスをはめたような瞳には何の感慨も映し出さない。常に気高く、ヒトとは一線を画そうとする彼なら、俺を憐れんできそうなものだと予想していたので拍子抜けした。
「アルジュナ」
目の前で掌を振って見せると、大げさなくらい驚いてからやっと俺に意識が向けられる。やっぱりいつもと様子が違う。だからと言って世の中のいわゆるカノジョを大事にする男とは違い、心の準備が整うまで待ってやることを状況が許してはくれない。
「ごめんね、恨んでくれていいから」
英霊という、人間とは違う生き物が彼が俺を恨むようなことがあっても、英霊たろうとする彼が俺を害するようなことはしない、と分かっているからこんな言葉がいけしゃあしゃあと言える。
いつもよりずっと人間らしい彼の瞳が、雄弁に語る。こわい、どうしてこんな、でもおれは、って。
というのは妄想だが、不安そうに表情がゆがんでいるのは事実だ。これまで有能かつ人格者として、俺やマシュを助けてくれた彼に無体はなるべく働きたくない。
どうしたものかと、完全に固まってしまったアルジュナから外套を手際よく剥ぎながら考える。
うすぼんやりと見える身体が、一つの現実として俺の前に横たわる。ふたつの腕がすらりと、それでいて右肩が厚く鍛え上げられた肩、浅黒くつややかな肌をほめたたえる語彙があまりにもなさすぎて、喉まで出かけた賛辞を呑みこみ、唯、きれい、とだけ素直に述べた。
アルジュナは上掛けをひきよせ、包まってしまった。
背を向けられてしまってどんな表情で稚拙な賛辞を受けたのか伺えない。生前から言われ続けていたであろう、彼を称える言葉を受けたのか、気になるところだが、追及はしないでおく。
「あった」
掌に収まる、赤地に花柄をあしらった小さな筒。
少し前に、今はもうこの世にいないスタッフが買い置きをしていたらしい、口紅。このまえ整理していたら出てきたものだ。
それと、瓶入りのリップクリーム。
薬指で少しリップクリームを取り、アルジュナの肩を軽く叩く。
「ねぇ、こっちむいて。魔法をかけてあげる」
主の魔力が無いがゆえにこんな目に遭っているというのに、と、目が語っている。もちろん、俺が使う、ここで定義されてい魔法は、サーヴァントの対魔力の前では塵以下、分子以下でしかない。
顎に手をかけ、強いない程度に軽く上向きにする。
やはりまだ身体が固い。そりゃあそうだろう。けれど英霊として、人類史を救済するという使命を掲げられたら英霊は、アルジュナは断れない。あまりに憐れ。
そっと唇にリップクリームを塗る。こんなに冷たい目で見てくるのに唇は十分熱を持っている。
俺がまだ何にも特別なところがない、将来がうすぼんやりと不安なだけの学生だったころ、恋人には優しく触れたい、愛おしくて堪らない人と肌を重ねたいと思っていたけれど、こんな状況下で、何基もの英霊たちに、人類史に、種馬扱いを受けるとは思わなかった。
恋を知らぬうちに他人の肌の温みを知ってしまった今、どうやって恋をせよというのか。
「マスター」
急に動かなくなって心配になったか、何の感慨もない瞳はそのままに声をかけてくる。
「ごめん、ちょっとぼんやりしてて」
よっぽど憐れな表情をしていたのだろう、やっと彼の表情が揺らいだ。
彼の唇をふにふにと弄んでいるが、特にとがめられない。
「なんでこんな、こんなことになっちゃったのかな」
意図せず唇が震え、目頭が熱くなる。アルジュナはいい迷惑だろうし、さっさと済ませたいだろうに。どうにか歯を食いしばり、声を抑える。
「あなたは」
いつもの冷やかな声が嘘かと思うくらい、優しい声をしている。こんな話し方ができるだなんて知らなかった。
「あなたは、この大役を背負うには弱く、それでいて優しすぎた」
「え?」
自然に貶されたような気もするが黙って聞く。いつのまにか背中に腕が回され、彼の上に倒れ込んでしまう。必要以上に触れたら嫌がられるかと思っていたが、彼が抱き寄せてきた。だんだんと脳味噌の処理能力を上回りつつあるのがわかる。
「どうして優しくしてくれるの?」
答えは無い。
代わりに背中を摩る手が優しい。こうしていると、いつか俺の元から去ってしまう人、いや、聖杯が練り上げた魔術で霊核を固めた人形にほだされてしまいそうだ。
優しさの先に理想の恋があったとしても、ただひとり残される俺が悲しいだけなのに。
「こんなものは優しさのうちには入らないでしょう……しいて言うなら、そうですね……」
それきり彼は考え込んでしまった。
抱きとめられたままでは恥ずかしいからと身をよじって抜け出そうとするが、筋力Aランクは伊達じゃない。彼の素肌に触れている、と認識するだけで顔が火照って仕方ないのに彼は涼しい顔で、言い方を選んでいるように見える。
「憐憫……そういったものが近いでしょう」
「うーん、かわいそうってこと?」
「まぁ、そういうことです」
「そうかぁ、そうだよね」
「ですから遠慮はいりません。十分に私の身体を食いつぶしなさい、マスター」
これからセックスしようという相手にそんな言葉をかけられたのは人類史上俺がきっと初めてだろう。
それに俺はそこまでセックスに情熱を注げないので英霊を満足させるなど、食いつぶすほどに抱くというのは無茶というものだ。本当に俺だけがキモチイイだけの、いうなれば性処理だ。
「やっぱり、アルジュナはさ、すごいよね」
それだけが口を衝いて出てきた。後が続かずあたふたしてしまう。なにかうまいことを言わなければと足りない頭を稼働させる。
「なんか、いっつも弱音を吐いたりとか、悲しんだりとかしないで、平然と構えてる。さすが、授かりの英雄というか」
アルジュナは俺の言葉を受けて、一つ溜息をついた。
「貴方にはそう見えるのですね」
◆◆◆
その言葉には呆れや嘲り、底の方に少しの嘆きが見て取れた。まるでそうじゃないみたいな物言いだけれど、違うのだろうか。少しだけ思考の外に追いやられた口紅の存在を思い出し、手の中ですっかり温まった筒の蓋を引き抜く。
嫌味なほどつややかな赤。それを彼の唇に近づけると思いきり顔を逸らされてしまった。
「何するんです」
「何って、さっき魔法をかけてあげるって言ったじゃん」
「……?」
真意が掴めないらしく、されるがままになってくれた。口紅を薬指にとって、彼の唇に優しく色を塗り込む。これを使っていたモデルは色白だったが、彼に誂えたものかと錯覚するほど肌の色に合っている。
「やっぱり。すっごく似合うよ」
「……これのどこが魔法なのです」
「かけたよ、魔法。これをつけている間は、アルジュナは女の子になるの」
嫌悪に顔を歪めることも、呆れて溜息をつくこともなく、ただ彼の望む虚無を瞳に宿していた。
虚無と孤独を望む彼らしい、一時の主人の気まぐれなど意に介さない、といった態度で寝台に横たわる。
身体を重ねるとはいえ、彼の特別になったなどど間違っても錯覚してはいけない。そんな恐ろしい発想自体恥じるべきだ。
彼は俺がマスターとして力が足りていないから、妻が居た身でありながらもここで女役をしなくてはならないという前提を頭の隅に追いやらないようにする。そうでなければ人類のために身体を許してくれた英霊たちに申し訳が立たない。
そんな態度に腹を立て、俺だって被害者だ、と怒りにまかせて乱暴に抱くこともできるが射精したあとの賢者タイムに自己嫌悪で潰れてしまうことは目に見えているので、どうにか堪える。
「女、ね」
「うん、そう女の子」
笑った。
バカバカしくて、じゃなく、かわいそうだから、でもなく、ただおかしいから笑った。彼が厭味ったらしく笑うときは本当に厭味ったらしいからよくわかる。
「いいでしょう、あなたは、私を生んだ母と、妻と、同じ性にするというのですね」
「そう、かわいい女の子」
「はは、貴方も相当に、狂っている」
「そうかも」
狂人と英雄。異質すぎるからこそ互いに興味を持ち、少なくともお互いを憎みあうことなく、愛のないセックスに臨めるのかもしれない。
「うわ~~そのイヤイヤする手コキ最高だよ」
「……」
「やっぱ弓兵は手にマメができるもんなんだね」
「……」
その、わざとらしい無表情もそそる。引き結ばれたり、恐ろしいものを見て驚いた、といったように薄く開かれる唇はキスの一つもしていないのですこしも崩れていない。彼と共に寝台に横たわり、俺は彼の首に軽く抱き着いている。無理な姿勢だからこそたどたどしい手の動きが嫌にそそる。
「貴方は、男触れられても、その」
「いやむしろ俺は男の方が」
意味がわからない、という顔をされてしまった。今から価値観の相違から埋めていたら、その間に人類が滅びてしまいそうだ。
「そう言えば、口と尻どっちがいい?」
「は?」
「そのままだよ。どっちがいい?どっちでも痛くないようにやれる自信あるけど」
彼の長い長い逡巡ののち、口を選んだらしくためらいがちに唇が触れた。確かに直前まで手でできるし、粘膜接触の時間は少なく済むだろう。
その上は俺は、認めたくはないが早漏のケがある。その方が、俺に大して興味がない英霊たちにとっては都合がいいのだろう。俺だってさっさと出して寝たい。それかどこか、俺と相思相愛になってくれるだけの慈悲のある存在の元で眠りたい。
心ばかりが逆剥けてゆく。身体ばかりが充たされてゆく。
これを充足と、言えるのなら。
「ごめん、もう」
軽いため息が先端をくすぐる。甘えを含んだ腹立ちまぎれに、頭をはたいたのち首が胴についていれるような立場だったらどんなにいいか。彼が含んだのを視界の端に捉えたのち、次に我に返ったのは彼が喉に引っ掛けたらしく咳き込む音だった。背中をさすられても嫌かな、と考えてペットボトルの水の蓋を開けて渡す。
彼がここにきたころ、ペットボトルを開けようとした彼が、蓋ごとボトルをねじ切ったのは今となってはいい思い出だ。照れ臭ささとばつの悪さがない交ぜになった表情でほほえみあったのがはるか昔のことのようだ。
「ごめんね、恨んでくれていいから」
いっそ恨んで、呪って、罵ってくれた方が楽だろう。そうすれば悪いことをしている、と自分で認識できる。
こんな外道な真似を人類のためにしているだなんて言われていると、倫理観というものが何であるか、徐々に剥離してしまう。まるでアルジュナのためにそう言っているように聞こえるが、きっと見透かしているだろう。
自分のために、恨めと言っていると。その浅ましさも。
それを全て憐憫、その一言で済ませたところはさすがの大英雄といったところか。結局は人間とは呼べない、ヒトの形をした何か。
「私は、貴方を恨まない」
ふ、と視界が暗くなったかと思うと、唇に生温い肉の感触。
顔が離れて初めてキスされたと認識した。やけに長いと思ったら、唇の色が俺の唇に全て移されている。唇に膜が張ったようなねとつきでわかる。
「こんなに憐れな人の子を、私は恨めない」
生前妻が居た身でこのようなことをされて、被害者、と呼べる立場だというのに彼はどこまでも、世界を、人類を、この世の有象無象を無意識のうちに愛する、英雄だ。
その意志を称賛しに、全てが終わって一人取り残されても、彼の墓くらいは参っておこう。と一人心に決めた。
2016/7/1
少女が女に、母が女に、娼婦が女に、もとより、そしてこれからも口紅は女のものであった。
しかしそれは、まともに生きている女が織りなすことであり、織機を手繰る女が数人を残して魔術王に焼却された今、そのようなことは実に些細なことといえるだろう。
現に、この眼が痛くなりそうなほどの赤を、俺は彼に別の意味で使用した、といえるだろう。
ことの起こりは数か月前に遡る。逆に言うと、俺はもう数か月もかの大英雄、アルジュナを侮辱に近い扱いをしておきながら首と胴が繋がっているし、眉間も心臓も矢で穿たれていない。
これ以上、わずかに残った人間が積み重ねた英知の結晶の風化を進めないよう、完璧な温度管理がされた書物が堆積している書庫の底の底、そこに彼の原典が眠っていた。
誰の解釈をも交えたくなかったからと、原文、といっても現代ヒンディー語ではなく、古語やら訛りなどで読み進めていくのは恐ろしいほどの労力だったが、不思議と苦痛は感じなかった。それより、ほんの一面でも彼を知れたような気がして、嬉しさを感じていた。
最初、敵として相対した彼だが、奇跡が幾重にも重なって彼がこのカルデアに召喚されたときは先行している印象が、今の彼と、敵であった彼とは別存在だと頭では分かっているものの、一度その矢が俺を、マシュを、そして人類の未来をも穿とうとした弓兵が恐ろしくてあまり深くかかわろうとはしなかった。
が、カルデアの電力供給が危うくなった際に行った魔力供給、と大義名分が掲げられているが魔力が込められた体液をサーヴァントが摂取するという、愛に夢見て恋に恋する乙女たちを唾棄するような行為のあと、自分でも恐ろしいほど短慮であるとは理解しているものの、留めがたい執着を彼に向けてしまっている。
英霊の座とかいうところで、聖杯戦争に関する知識を多少はつけているらしいので説明はいらなかった。
それに、魔術師でもない俺が、英霊を何基も従えるという不条理に合点がいっていなかったらしく、魔力供給のため必要である、という言葉に特段驚きはしなかった。
そこまではいい。
今まで肌を重ねた英霊たち、俺を憐れんで、少しでも良い目にあうようにと尽くしてくれた者、俺を地獄の底に堕すためなら心臓を差し出す、と言わんばかりの憎悪をぶつけてくる者、ただひたすらわが身に起こる不条理から意識を逸らそうとする者、悲しいかな多種多様な反応をこの眼で見てきた。
だが、さりさやと触り慣れない感触の白絹の外套に手を掛けようとしても、その安い黒ガラスをはめたような瞳には何の感慨も映し出さない。常に気高く、ヒトとは一線を画そうとする彼なら、俺を憐れんできそうなものだと予想していたので拍子抜けした。
「アルジュナ」
目の前で掌を振って見せると、大げさなくらい驚いてからやっと俺に意識が向けられる。やっぱりいつもと様子が違う。だからと言って世の中のいわゆるカノジョを大事にする男とは違い、心の準備が整うまで待ってやることを状況が許してはくれない。
「ごめんね、恨んでくれていいから」
英霊という、人間とは違う生き物が彼が俺を恨むようなことがあっても、英霊たろうとする彼が俺を害するようなことはしない、と分かっているからこんな言葉がいけしゃあしゃあと言える。
いつもよりずっと人間らしい彼の瞳が、雄弁に語る。こわい、どうしてこんな、でもおれは、って。
というのは妄想だが、不安そうに表情がゆがんでいるのは事実だ。これまで有能かつ人格者として、俺やマシュを助けてくれた彼に無体はなるべく働きたくない。
どうしたものかと、完全に固まってしまったアルジュナから外套を手際よく剥ぎながら考える。
うすぼんやりと見える身体が、一つの現実として俺の前に横たわる。ふたつの腕がすらりと、それでいて右肩が厚く鍛え上げられた肩、浅黒くつややかな肌をほめたたえる語彙があまりにもなさすぎて、喉まで出かけた賛辞を呑みこみ、唯、きれい、とだけ素直に述べた。
アルジュナは上掛けをひきよせ、包まってしまった。
背を向けられてしまってどんな表情で稚拙な賛辞を受けたのか伺えない。生前から言われ続けていたであろう、彼を称える言葉を受けたのか、気になるところだが、追及はしないでおく。
「あった」
掌に収まる、赤地に花柄をあしらった小さな筒。
少し前に、今はもうこの世にいないスタッフが買い置きをしていたらしい、口紅。このまえ整理していたら出てきたものだ。
それと、瓶入りのリップクリーム。
薬指で少しリップクリームを取り、アルジュナの肩を軽く叩く。
「ねぇ、こっちむいて。魔法をかけてあげる」
主の魔力が無いがゆえにこんな目に遭っているというのに、と、目が語っている。もちろん、俺が使う、ここで定義されてい魔法は、サーヴァントの対魔力の前では塵以下、分子以下でしかない。
顎に手をかけ、強いない程度に軽く上向きにする。
やはりまだ身体が固い。そりゃあそうだろう。けれど英霊として、人類史を救済するという使命を掲げられたら英霊は、アルジュナは断れない。あまりに憐れ。
そっと唇にリップクリームを塗る。こんなに冷たい目で見てくるのに唇は十分熱を持っている。
俺がまだ何にも特別なところがない、将来がうすぼんやりと不安なだけの学生だったころ、恋人には優しく触れたい、愛おしくて堪らない人と肌を重ねたいと思っていたけれど、こんな状況下で、何基もの英霊たちに、人類史に、種馬扱いを受けるとは思わなかった。
恋を知らぬうちに他人の肌の温みを知ってしまった今、どうやって恋をせよというのか。
「マスター」
急に動かなくなって心配になったか、何の感慨もない瞳はそのままに声をかけてくる。
「ごめん、ちょっとぼんやりしてて」
よっぽど憐れな表情をしていたのだろう、やっと彼の表情が揺らいだ。
彼の唇をふにふにと弄んでいるが、特にとがめられない。
「なんでこんな、こんなことになっちゃったのかな」
意図せず唇が震え、目頭が熱くなる。アルジュナはいい迷惑だろうし、さっさと済ませたいだろうに。どうにか歯を食いしばり、声を抑える。
「あなたは」
いつもの冷やかな声が嘘かと思うくらい、優しい声をしている。こんな話し方ができるだなんて知らなかった。
「あなたは、この大役を背負うには弱く、それでいて優しすぎた」
「え?」
自然に貶されたような気もするが黙って聞く。いつのまにか背中に腕が回され、彼の上に倒れ込んでしまう。必要以上に触れたら嫌がられるかと思っていたが、彼が抱き寄せてきた。だんだんと脳味噌の処理能力を上回りつつあるのがわかる。
「どうして優しくしてくれるの?」
答えは無い。
代わりに背中を摩る手が優しい。こうしていると、いつか俺の元から去ってしまう人、いや、聖杯が練り上げた魔術で霊核を固めた人形にほだされてしまいそうだ。
優しさの先に理想の恋があったとしても、ただひとり残される俺が悲しいだけなのに。
「こんなものは優しさのうちには入らないでしょう……しいて言うなら、そうですね……」
それきり彼は考え込んでしまった。
抱きとめられたままでは恥ずかしいからと身をよじって抜け出そうとするが、筋力Aランクは伊達じゃない。彼の素肌に触れている、と認識するだけで顔が火照って仕方ないのに彼は涼しい顔で、言い方を選んでいるように見える。
「憐憫……そういったものが近いでしょう」
「うーん、かわいそうってこと?」
「まぁ、そういうことです」
「そうかぁ、そうだよね」
「ですから遠慮はいりません。十分に私の身体を食いつぶしなさい、マスター」
これからセックスしようという相手にそんな言葉をかけられたのは人類史上俺がきっと初めてだろう。
それに俺はそこまでセックスに情熱を注げないので英霊を満足させるなど、食いつぶすほどに抱くというのは無茶というものだ。本当に俺だけがキモチイイだけの、いうなれば性処理だ。
「やっぱり、アルジュナはさ、すごいよね」
それだけが口を衝いて出てきた。後が続かずあたふたしてしまう。なにかうまいことを言わなければと足りない頭を稼働させる。
「なんか、いっつも弱音を吐いたりとか、悲しんだりとかしないで、平然と構えてる。さすが、授かりの英雄というか」
アルジュナは俺の言葉を受けて、一つ溜息をついた。
「貴方にはそう見えるのですね」
◆◆◆
その言葉には呆れや嘲り、底の方に少しの嘆きが見て取れた。まるでそうじゃないみたいな物言いだけれど、違うのだろうか。少しだけ思考の外に追いやられた口紅の存在を思い出し、手の中ですっかり温まった筒の蓋を引き抜く。
嫌味なほどつややかな赤。それを彼の唇に近づけると思いきり顔を逸らされてしまった。
「何するんです」
「何って、さっき魔法をかけてあげるって言ったじゃん」
「……?」
真意が掴めないらしく、されるがままになってくれた。口紅を薬指にとって、彼の唇に優しく色を塗り込む。これを使っていたモデルは色白だったが、彼に誂えたものかと錯覚するほど肌の色に合っている。
「やっぱり。すっごく似合うよ」
「……これのどこが魔法なのです」
「かけたよ、魔法。これをつけている間は、アルジュナは女の子になるの」
嫌悪に顔を歪めることも、呆れて溜息をつくこともなく、ただ彼の望む虚無を瞳に宿していた。
虚無と孤独を望む彼らしい、一時の主人の気まぐれなど意に介さない、といった態度で寝台に横たわる。
身体を重ねるとはいえ、彼の特別になったなどど間違っても錯覚してはいけない。そんな恐ろしい発想自体恥じるべきだ。
彼は俺がマスターとして力が足りていないから、妻が居た身でありながらもここで女役をしなくてはならないという前提を頭の隅に追いやらないようにする。そうでなければ人類のために身体を許してくれた英霊たちに申し訳が立たない。
そんな態度に腹を立て、俺だって被害者だ、と怒りにまかせて乱暴に抱くこともできるが射精したあとの賢者タイムに自己嫌悪で潰れてしまうことは目に見えているので、どうにか堪える。
「女、ね」
「うん、そう女の子」
笑った。
バカバカしくて、じゃなく、かわいそうだから、でもなく、ただおかしいから笑った。彼が厭味ったらしく笑うときは本当に厭味ったらしいからよくわかる。
「いいでしょう、あなたは、私を生んだ母と、妻と、同じ性にするというのですね」
「そう、かわいい女の子」
「はは、貴方も相当に、狂っている」
「そうかも」
狂人と英雄。異質すぎるからこそ互いに興味を持ち、少なくともお互いを憎みあうことなく、愛のないセックスに臨めるのかもしれない。
「うわ~~そのイヤイヤする手コキ最高だよ」
「……」
「やっぱ弓兵は手にマメができるもんなんだね」
「……」
その、わざとらしい無表情もそそる。引き結ばれたり、恐ろしいものを見て驚いた、といったように薄く開かれる唇はキスの一つもしていないのですこしも崩れていない。彼と共に寝台に横たわり、俺は彼の首に軽く抱き着いている。無理な姿勢だからこそたどたどしい手の動きが嫌にそそる。
「貴方は、男触れられても、その」
「いやむしろ俺は男の方が」
意味がわからない、という顔をされてしまった。今から価値観の相違から埋めていたら、その間に人類が滅びてしまいそうだ。
「そう言えば、口と尻どっちがいい?」
「は?」
「そのままだよ。どっちがいい?どっちでも痛くないようにやれる自信あるけど」
彼の長い長い逡巡ののち、口を選んだらしくためらいがちに唇が触れた。確かに直前まで手でできるし、粘膜接触の時間は少なく済むだろう。
その上は俺は、認めたくはないが早漏のケがある。その方が、俺に大して興味がない英霊たちにとっては都合がいいのだろう。俺だってさっさと出して寝たい。それかどこか、俺と相思相愛になってくれるだけの慈悲のある存在の元で眠りたい。
心ばかりが逆剥けてゆく。身体ばかりが充たされてゆく。
これを充足と、言えるのなら。
「ごめん、もう」
軽いため息が先端をくすぐる。甘えを含んだ腹立ちまぎれに、頭をはたいたのち首が胴についていれるような立場だったらどんなにいいか。彼が含んだのを視界の端に捉えたのち、次に我に返ったのは彼が喉に引っ掛けたらしく咳き込む音だった。背中をさすられても嫌かな、と考えてペットボトルの水の蓋を開けて渡す。
彼がここにきたころ、ペットボトルを開けようとした彼が、蓋ごとボトルをねじ切ったのは今となってはいい思い出だ。照れ臭ささとばつの悪さがない交ぜになった表情でほほえみあったのがはるか昔のことのようだ。
「ごめんね、恨んでくれていいから」
いっそ恨んで、呪って、罵ってくれた方が楽だろう。そうすれば悪いことをしている、と自分で認識できる。
こんな外道な真似を人類のためにしているだなんて言われていると、倫理観というものが何であるか、徐々に剥離してしまう。まるでアルジュナのためにそう言っているように聞こえるが、きっと見透かしているだろう。
自分のために、恨めと言っていると。その浅ましさも。
それを全て憐憫、その一言で済ませたところはさすがの大英雄といったところか。結局は人間とは呼べない、ヒトの形をした何か。
「私は、貴方を恨まない」
ふ、と視界が暗くなったかと思うと、唇に生温い肉の感触。
顔が離れて初めてキスされたと認識した。やけに長いと思ったら、唇の色が俺の唇に全て移されている。唇に膜が張ったようなねとつきでわかる。
「こんなに憐れな人の子を、私は恨めない」
生前妻が居た身でこのようなことをされて、被害者、と呼べる立場だというのに彼はどこまでも、世界を、人類を、この世の有象無象を無意識のうちに愛する、英雄だ。
その意志を称賛しに、全てが終わって一人取り残されても、彼の墓くらいは参っておこう。と一人心に決めた。
2016/7/1