思い出は未来の中に #カップリング #ダイヤの #雅鳴
「思い出は未来の中に」 塩野肘木
「なぁ、いいのか」
教室で、寮で。出会う人が野球部員、それも三年であれば必ずそう、投げかけられた。
「何がだ」
「何がって……その、負けちゃったみたいじゃねぇか、鵜久森によ」
「あぁ、聞いた」
「反応薄」
反応も何も、引退とはそういうことでは、という提案はあまりに棘がある。
だが、もうすでに稲城実業野球部、という名詞で飾られる機会が減り、北海道を本拠地とする球団の所属として扱われることが増えるにつれて、自分が属しているというよりは、古巣のような感覚で、グラウンドを忙しなく駆け回り、白球を追いかける後輩たちを見てしまっている。
というのは建前半分、本音半分で、あれほどの大舞台を共にし、対外的にはバッテリーという名前だけが付けられている鳴と関わる機会が必然的に減ったことで、今更何を言えばいいのかわからない、というのがもう半分の本音だ。
あれだけ近くに居たのに、数か月で鳴は相棒から、樹の相棒となった。そんなことは当たり前のことで、小学校の頃からずっとバッテリーというものは投手が挿げ替えられ、捕手が挿げ替えられる、唯の名詞以上の役割を持たないはずだった。
そのはずがなぜか、認めたくないどころか目を向けたくない感情の塊にすり替わっているような気がして、それがまた、鳴のところから足が遠ざけているのだろう。
そんな俺の浅ましさを知ってか知らずが、自分のやりたいように他人を巻き込む、それが成宮鳴だということを忘れていた。
「まー」
聞き覚えのある声を耳がとらえ、思わず身を竦めてしまった。
「ささん……ってそんな反応?」
「うるせぇ」
「テレなくていいよ」
からかうときの笑い方で背中を軽く叩いてくる鳴を、数か月前と同じような感覚で頭を小突く。
小突かれた辺りの髪の毛を直す鳴が少し影のある表情をしたものだから、強く小突きすぎたかと心配になる。
「まー、さ、さん」
妙に間延びした口調で呼びかけてくる。心配になって声をかけようと顔を覗き込もうとしたその鼻先をつままれた。
「今日、夜にさ、軽くキャッチボールしよ」
「ダメだ」
まさか断られるとは思わなかった、と表情が語りかけてくる。
「樹とすればいいだろ」
「そうじゃなくて」
「今のお前の捕手は樹だろ、練習なら樹としろ」
「話聞いて」
「俺としても意味が無い」
「雅さん」
諭すように名前を呼ばれて我に返った。
特別機嫌を損ねた様子もなく、そんじゃまたね、と宣う。以前の鳴ならば、やかましく突っかかってきただろうに。それを成長と呼んで良いものなのかはわからない。ただ自分の知らないところで変わっていく相棒を知って、知らない感情に捉われてしまう。
女々しい考えが頭を支配し始めたあたりで、クラスメイトが教室変更を伝えてくれた。
◇
まだ誰も来ていないブルペンは、練習後に整備をした後輩のおかげで綺麗に土が均されている。それを遠慮なく踏み荒らしているのが暗闇でうすぼんやり見える髪が動くことでわかる。電気をつけると、余すことなく蛍光灯の光を弾いているその薄い金、甲子園球場のグラウンドで、十八.四四メートル挟んでいるとまた違って見える。今それを知っているのは多分俺だけなのだろう。
夜独特の湿っぽい空気を拭い去るように鳴は、力のあるボールを投げてくる。ミットを叩くボールの音が、染みついた習性を呼び起こしてくれる。野球をしている間は、くだらない妄想を振り払ってくれる。目の前の投手の球、表情、腕の振り、すべてが俺のすべきことはここに有ると示してくれる。
◇
肩慣らし程度の数十球を投げ、休ませる。練習後に無理をさせても仕方がない。脚を思い切り投げだしてベンチに腰かけた鳴の表情が、暗がりにいることもあってか、昼間のこともあって何か思い悩んでいるように見えてしまった。
夜は少しだけ冷える。責任ある立場になったせいかは知らないが、自分から上着を着て管理をするようになった。二つ三つ、言葉を交わしたが特別落ち込んでいるということもなく、俺が知っている、唯強い成宮鳴だ。
「やっぱり、北海道は寒いのかな」
「そりゃあ、そうだろうよ。けど最初の数年は関東の寮住まいだ」
「そうなんだ」
それからはいつもの、というより俺が知っている鳴のイメージのまま、北海道ならちょっと泊めてもらおうと思っていたのにだとか勝手なことを次々と言葉にしてくる。かと思えば急に真面目な声音で。
「今度は、俺が優勝旗をここに持ってくるから」
「楽しみにしてる」
「雅さんと同じようにはチームを引っ張れないだろうけど、どうにかする」
「まぁ、お前のやり方があるだろうからな」
軽く頷く鳴は、先ほどのような揺らぎを解決したのか、それとも隠したのかはわからないが、心配させまいとしているのは何と無くわかった。
「なるようにしかならねぇよ」
「それ、カワイイ後輩にかける言葉にしては素っ気なくない?」
「じゃあなんだ、頑張れとか言って欲しいのか」
「ちょっとだけ」
俺もキャプテンになりたての頃は悩んだような気がする。鳴も鳴なりに、考え、悩むことが有るのかもしれない。
「が……がんばれ」
「えっ……ありがと」
何を頑張るのか、だとか、何のためにこれからの長いオフを野球に捧げろだとかは言及できない。正しくは語彙が追い付かない上に自分でも何故ここまで野球に人生を尽くしているのかが分からない。
それでも、言いたいことは大まかに伝わったと信じたい。
「雅さん、あと三十球くらい投げていきたい」
「多いな、あと十球だ」
「えー」
口ではブチブチ文句を言いながらも素直に上着を脱いで、ブルペンまで駆けて行き、投球に備える。早く早くと言われると何故が逆らいたくなる。
「なんかさぁ、本当に野球バカだよね」
「そうだな、俺もお前も相当に」
快音を立てて、速球がミットに収まる。この時ばかりは、鳴とまた同じチームで野球する未来を描きたい。 畳む
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みずかおちる #ダイヤの #カップリング #雅鳴
みずかおちる #ダイヤの #カップリング #雅鳴
夏場特有の厭味ったらしくじんわり纏わりつく湿った空気を、冷たい風が浚ってゆく。
「こりゃあ、雨が降るかもな」
低く、耳に心地よく通る雅さんの声が俺の鼓膜を震わせて、俺の脳に伝わる。起こっているのはたったそれだけのことなんだけども、雅さんの声がとどく範囲に居れるってことと俺の感覚器官が雅さんをとらえて認識したことの証明にほかならない。
よく雅さんが俺に説教するのを傍から見て親子みたい、なんてからわれることはあるけれど、俺が雅さんを庇護してくれるものへの親愛、そういう目で見たことはない。俺はもっとズルいこと考えてる。
自覚したのは本当につい最近で、いつもの如く練習で疲れて雅さんの部屋でうとうとしてしまったとき。
蛍光灯の明かりが眩しくて、眠いなら自分のベッドで寝ろよと言う雅さんの雅さんの腿にうつ伏せになった。あったかくて頼りになる先輩だったんだ。この時までは。いつもは俺がまとわりつこうが何しようがどこ吹く風で野球雑誌か歴史小説読んでいるのに、この時だけ俺の頬を、優しく撫でた。子供をあやすように優しく。
そのときふと、何気なくそうぞうした。雅さんがいつか結婚して、子供が生まれたらこうやってあやすのかな、って。
いままで俺が身を置いていた世界での常識だと、なにもおかしくはない。
けれど俺は雅さんが誰か、知らない女に惚れて、セックスして子供を授かるということを脳が拒否した。
俺はそのどれもできない、できるはずがない。子供っぽい独占欲とは違う、もっと子供じみた感情だと思う。
「おい、どうした鳴」
「なぁんでもない、ちょっとぼんやりしてただけ」
「体調悪いなら引っ込んどけよ」
「大丈夫だって言ってるでしょ、もう、雅さんお母さんみたい」
俺が雅さんの子供のお母さんになりたかった。子供に、お父さんうるさいって言われてる雅さん、見たかったな。ため息をついて口が減らないガキが……と苛立ちを隠そうとしない雅さんのことが好き、意外と子供っぽところある、完璧じゃない雅さんが好きだなんて一生言わないし悟らせないから、安心して。雅さん。
夏場特有の厭味ったらしくじんわり纏わりつく湿った空気を、冷たい風が浚ってゆく。
「こりゃあ、雨が降るかもな」
低く、耳に心地よく通る雅さんの声が俺の鼓膜を震わせて、俺の脳に伝わる。起こっているのはたったそれだけのことなんだけども、雅さんの声がとどく範囲に居れるってことと俺の感覚器官が雅さんをとらえて認識したことの証明にほかならない。
よく雅さんが俺に説教するのを傍から見て親子みたい、なんてからわれることはあるけれど、俺が雅さんを庇護してくれるものへの親愛、そういう目で見たことはない。俺はもっとズルいこと考えてる。
自覚したのは本当につい最近で、いつもの如く練習で疲れて雅さんの部屋でうとうとしてしまったとき。
蛍光灯の明かりが眩しくて、眠いなら自分のベッドで寝ろよと言う雅さんの雅さんの腿にうつ伏せになった。あったかくて頼りになる先輩だったんだ。この時までは。いつもは俺がまとわりつこうが何しようがどこ吹く風で野球雑誌か歴史小説読んでいるのに、この時だけ俺の頬を、優しく撫でた。子供をあやすように優しく。
そのときふと、何気なくそうぞうした。雅さんがいつか結婚して、子供が生まれたらこうやってあやすのかな、って。
いままで俺が身を置いていた世界での常識だと、なにもおかしくはない。
けれど俺は雅さんが誰か、知らない女に惚れて、セックスして子供を授かるということを脳が拒否した。
俺はそのどれもできない、できるはずがない。子供っぽい独占欲とは違う、もっと子供じみた感情だと思う。
「おい、どうした鳴」
「なぁんでもない、ちょっとぼんやりしてただけ」
「体調悪いなら引っ込んどけよ」
「大丈夫だって言ってるでしょ、もう、雅さんお母さんみたい」
俺が雅さんの子供のお母さんになりたかった。子供に、お父さんうるさいって言われてる雅さん、見たかったな。ため息をついて口が減らないガキが……と苛立ちを隠そうとしない雅さんのことが好き、意外と子供っぽところある、完璧じゃない雅さんが好きだなんて一生言わないし悟らせないから、安心して。雅さん。
喪うものはなんですか見つけにくいものですか #ダイヤのA #カップリング #雅鳴
喪うものはなんですか見つけにくいものですか #ダイヤのA #カップリング #雅鳴
終わってしまうまでは、俺らはなにか他からは見えない絆でつながって、その絆は永久に消えないし傷つかないと思っていた。どんな形であれ、高校で野球をすることを志したときに与えられる運命は、勝つか負けるか、または甲子園に出たか出なかったか、そして甲子園で優勝したか否か、である。
二つ目までは叶えた。最後のひとつは、叶わなかった。雅さんは成宮でだめだったら、しょうがないってインタビューで言っていたけれど、果たして。雅さんが大人の対応をしてあのときはああ言っただけだったら。もっとも信頼した仲間の心の奥底のやわらかいところを漁るようだが、冬を間近に感じるから、変にネガティブになってしまうのだろう。そうでなければ俺がこんなにねちっこいこと考えたりしない。
恥ずかしいことに、雅さんから俺に向けられる気持ちに、悪感情を残したまま卒業してほしくない、最高の仲間としての別れを、そしてその後の関係を築きたい。それほどに、俺のなかで雅さんという存在が大きいのだろう。
この前紅く色づいた紅葉を雅さんのノートにたっくさん挟んで怒られたばかりなのに、もう足元に散らばる葉は茶色くくすんでしまっている。
東京は雪があまり降らないけれど、若手寮のある千葉の辺りは雪が降るのだろうか。
制服のボタン貰おうかな、なんて考えていたら制服ごとおさがりくれるって言うから情緒があったもんじゃない。クリーニングには出さないでおいてって言わないと。クリーニングの店の裏でなにが起こっているか知る機会は無いが、あそこを通ることで原田雅功からのおさがりの制服から、だれかの中古制服になってしまうような気がする。
この次の春から、雅さんのぶっとい指が起用にネクタイを巻くところ見れなくなるんだなぁ、とかもう、全然俺らしくない。水分を喪ってぱりぱりと崩れる葉を踏み拉いて苛立ちを紛らわす。いなくならないで、もっとずっとおれとやきゅうをしようと駄々を捏ねることに意味がないことも叶うはずがないことも、そもそも実行する気はないことも自分が一番よく分かっている。
「まーささん」
雅さんはシャンプーもなにもこだわりが無いらしく、備え付けのシャンプーの匂いがする。化学的な、“さわかやな”香り。それと体臭が合わさって、雅さんんの匂いになる。
「なんだよ、もう消灯だぞ」
「わかってる」
「見てわからないか、忙しいんだよ」
キャッチャーミット磨くくらい喋りながらでもできるのに、他人を構うのが面倒なときは驚くほど雑な扱いをしてくる。泥を落とし、独特の香りがするオイルを塗りこんでゆく。
「じゃあそのままでいいから聞いててよ」
「あー」
生返事にしてもひどすぎる。興味のなさを前面に押し出してくる。
「あのさ、甲子園勝ちたかったね」
よける間もなく額をミットで小突かれた。小突くというより、もっと激しく叩かれた。怒っている風ではないけれど、機嫌が良い訳でもないらしい。
「何言ってやがる」
「センチメンタルなのー」
「それはな、言ってもしょうがないことだから言わないでいい」
「雅さんはあの時ああしておけば、とか考えたことない」
「ある」
「あるんだ」
あまりにストレートに後悔していると言われて足元が寒くなる。
「俺をなんだと思ってるんだ」
「なんか俺、雅さんに完璧なオトナ像を見てる気がする」
なに言ってるんだ、と今度は笑いながらオイル缶の蓋で眉間を押される。俺は本気で悩んでいるのに。
「俺だってお前より一個上なだけだから、迷ったり、後悔したりするさ。それでもあの時のインタビューのときのあの、成宮で負けたらってのは変わらないな。これは本当だ」
「ふーん」
「お前から言っておいて……だからお前嫌なんだよ」
照れ臭くなったのか、早く寝ろ、と蹴りだされてしまった。ひとつ、解決してしまうことで雅さんと俺のつながりが深くなったような。遠く離れたような。バッテリーの絆をたしかなものにしたくて奔走する俺は惨めなんだろうか。かわいそうなんだろうか。
終わってしまうまでは、俺らはなにか他からは見えない絆でつながって、その絆は永久に消えないし傷つかないと思っていた。どんな形であれ、高校で野球をすることを志したときに与えられる運命は、勝つか負けるか、または甲子園に出たか出なかったか、そして甲子園で優勝したか否か、である。
二つ目までは叶えた。最後のひとつは、叶わなかった。雅さんは成宮でだめだったら、しょうがないってインタビューで言っていたけれど、果たして。雅さんが大人の対応をしてあのときはああ言っただけだったら。もっとも信頼した仲間の心の奥底のやわらかいところを漁るようだが、冬を間近に感じるから、変にネガティブになってしまうのだろう。そうでなければ俺がこんなにねちっこいこと考えたりしない。
恥ずかしいことに、雅さんから俺に向けられる気持ちに、悪感情を残したまま卒業してほしくない、最高の仲間としての別れを、そしてその後の関係を築きたい。それほどに、俺のなかで雅さんという存在が大きいのだろう。
この前紅く色づいた紅葉を雅さんのノートにたっくさん挟んで怒られたばかりなのに、もう足元に散らばる葉は茶色くくすんでしまっている。
東京は雪があまり降らないけれど、若手寮のある千葉の辺りは雪が降るのだろうか。
制服のボタン貰おうかな、なんて考えていたら制服ごとおさがりくれるって言うから情緒があったもんじゃない。クリーニングには出さないでおいてって言わないと。クリーニングの店の裏でなにが起こっているか知る機会は無いが、あそこを通ることで原田雅功からのおさがりの制服から、だれかの中古制服になってしまうような気がする。
この次の春から、雅さんのぶっとい指が起用にネクタイを巻くところ見れなくなるんだなぁ、とかもう、全然俺らしくない。水分を喪ってぱりぱりと崩れる葉を踏み拉いて苛立ちを紛らわす。いなくならないで、もっとずっとおれとやきゅうをしようと駄々を捏ねることに意味がないことも叶うはずがないことも、そもそも実行する気はないことも自分が一番よく分かっている。
「まーささん」
雅さんはシャンプーもなにもこだわりが無いらしく、備え付けのシャンプーの匂いがする。化学的な、“さわかやな”香り。それと体臭が合わさって、雅さんんの匂いになる。
「なんだよ、もう消灯だぞ」
「わかってる」
「見てわからないか、忙しいんだよ」
キャッチャーミット磨くくらい喋りながらでもできるのに、他人を構うのが面倒なときは驚くほど雑な扱いをしてくる。泥を落とし、独特の香りがするオイルを塗りこんでゆく。
「じゃあそのままでいいから聞いててよ」
「あー」
生返事にしてもひどすぎる。興味のなさを前面に押し出してくる。
「あのさ、甲子園勝ちたかったね」
よける間もなく額をミットで小突かれた。小突くというより、もっと激しく叩かれた。怒っている風ではないけれど、機嫌が良い訳でもないらしい。
「何言ってやがる」
「センチメンタルなのー」
「それはな、言ってもしょうがないことだから言わないでいい」
「雅さんはあの時ああしておけば、とか考えたことない」
「ある」
「あるんだ」
あまりにストレートに後悔していると言われて足元が寒くなる。
「俺をなんだと思ってるんだ」
「なんか俺、雅さんに完璧なオトナ像を見てる気がする」
なに言ってるんだ、と今度は笑いながらオイル缶の蓋で眉間を押される。俺は本気で悩んでいるのに。
「俺だってお前より一個上なだけだから、迷ったり、後悔したりするさ。それでもあの時のインタビューのときのあの、成宮で負けたらってのは変わらないな。これは本当だ」
「ふーん」
「お前から言っておいて……だからお前嫌なんだよ」
照れ臭くなったのか、早く寝ろ、と蹴りだされてしまった。ひとつ、解決してしまうことで雅さんと俺のつながりが深くなったような。遠く離れたような。バッテリーの絆をたしかなものにしたくて奔走する俺は惨めなんだろうか。かわいそうなんだろうか。
Angel snow #ダイヤのA #カップリング #雅鳴
Angel snow #ダイヤのA #カップリング #雅鳴
「わっ、雪の予報!」
はしゃぐ鳴を横目に、室内練習場への変更を部員へ伝える。幼いころは雪が降ると、いつもの家の庭が別のものに変わったようで、天気予報に雪だるまマークがついていると、寝る前に布団から出したほほが冷たくなることすら、楽しみな気持ちを煽る理由になり得たが、それから十年経てば、ただ指先を冷やし、グラウンドが使えなくなるだけの、雨と何ら変わらない位置づけの天気になった。
代替わりして初めての長期休みの練習を一日でも削られたくなかったが天候だけは文句を言っても仕方がない。予報は積もらないと言っていた。それだけでもありがたいと思わなければ。
「せっかくの雪なのに雅さんの眉間にはふっかぁあい皺」
主将と正捕手の重みを支えるだけで精一杯の今、鳴の冗談ですら構う気力が無い。
「無視!?」
きゃんきゃん喧しい鳴を目線で制し、室内ブルペンへと着替えを持って向かう。泣いても笑っても夏は来て、過ぎていく。ゴールのようで通過点である甲子園へ、どのように時間を使えるかが重要であるはずなのに、どうにも空回っているような気がする。
野球はひとりでするスポーツではないから、自分ばかりが躍起になってもしかたがないことは分かっているが、主将になって数か月の今、どうしても前主将の手腕がちらつく。こんなとき、あのひとならどうしただろうか、ということが頭を何度もよぎってしまう。
「あっ、ねぇ、雪じゃない?」
雪が降ることが楽しみで仕方が無かった鳴の歓声で、思いつめていることがばかばかしくなる。
「これはまだ雨だろう」
「そんっなに嫌なの?!そんっなに雪だって認めたくないの!?」
「練習できなくなるだけじゃねぇか」
芝居かかった溜息をついて、生意気そうに寄せた細い眉を吊り上げて文句ありげに睨んでくる。
「ジンセーって、野球しかないわけじゃなくない?」
「……お前からそんな言葉が聞けるとはなぁ」
「え?俺って雅さんから見るとそう見える?」
意外だった。野球意外に興味がないと認識していた鳴が、他にも目を向けている。
「違うのか」
「そうだよ」
嫌に冷静に返されてたじろいでしまう。この普段の口調と、マジメな話をするときの差に、蛇に睨まれたかカエルのように情けなく縮こまってしまう。鳴は軽薄で、思慮のしの字もないイメージを持っていたが、すぐに覆されたことを思い出す。
「現に、俺が夏大で暴投したあとも、フツーに次の日、来たし」
そう言って帽子を被る。身長差によって表情がうかがえなくなる。
「俺さ、夏大が終わると人生もそこで終わると思ってたくらい、先が見えなかった」
「けど、先輩たち、俺の暴投がなければもっといけたのに、お前にはつぎがあるって言ってくれた」
「んー……なにがいいたいかっていうと、ええっと、こんなに楽しい天気を楽しまないと損だって……雪で気分暗くなっても、今日も練習したなって過ごした一日も、同じ一日っていうかぁ」
「……お前が元気づけようとしていることはわかった」
「べぇっつに。俺がシケたツラしたキャッチャーに投げ込みたくないだけだしぃ」
「こいつ……」
冗談でもなんでもなく、本気でそうおもっているのだろう。その証拠にもうこの会話に興味をなくし、雪の粒を追いかけまわしている。だからこそ、自分の弱さを見透かされても嫌悪が先立たないのだろう。
「つめた」
「バカ、指が霜焼けたらどうするんだ」
「こんなちょっとじゃならない。過保護すぎ」
コートに突っ込んでいた手に鳴の冷え切った手が添えられて、思わず身震いしてしまった。照れ隠しに振り払おうとしてもここで暖をとるつもりらしく、きつく手首を握っている。
「ふざけんなよ鳴」
「あったかい」
やりあうことすら億劫で、そのまま室内練習場まで半ば引き摺るようなかたちで向かう。
「うわ雅さん腕毛?ちがうなぁ手の甲毛?もっさもさ」
「うるせぇなほんとに」
「え、気にしてたりするの」
「してねぇ」
ムキにならないでよ、と弱みを見つけたと言わんばかりのあくどい笑みを浮かべて顔を覗き込んでくる。
「俺すね毛だけ全然生えてないけど、生えてないとそれはそれでなんとなーくやだよ?」
「フォローしてるつもりか?」
「べっつにぃ」
この言い方のときは、多分身体的特徴に言及したことを気に病んでいる言い方だ。二年とすこしで鳴の機嫌についての知識が無駄についてしまった。
◆
「あっ雅さん自販機」
「だからなんだ」
「ココア飲みたい」
「……監督室にポットとコーヒーの粉を見たことがある」
「そういうのは別にいい」
ココアがのみたいー、と言っても雅さんは大して気にした様子もない。室内練習場まで引き摺るつもりなのだろう。洒落っ気のない紺色のマフラーをぐるぐる巻いて鼻を真っ赤にしちゃって、雅さんずいぶんかわいいことするじゃん。
雅さんの掌はマメでガチガチに固い。固くなっている皮膚のキワを削ると、あたたかいポケットから追い出されてしまうのでやめておく。かさぶた剥がすみたいで楽しいのだけど。
「冬が終わったら、春、春が終わったらあっという間に夏だね」
「ああ」
「来年の夏は勝とうね」
「ああ」
夏のあのバッターボックスより少し高いあのマウンドで息がとまるわけでもないけれど、たぶん甲子園球場はまた違うんだろう。
「意気込みが残っているうちに投げるか」
「ウン」
「……素直に返事するなんて……そんなにココアが飲みたかったのか、鳴」
「えー、ウンまぁだいたいそんなかんじ」
変にマジメに受けとられてしまったから否定しないでおく。もしかしたら買ってくれるかもしれないし。
「練習終わったら買ってやるよ」
「マジで!?!」
言ってみるもんだ。俺意外にはちょくちょくパン買ってもらったりしてるみたいなんだけど。
「よくよく考えたらお前も後輩だった」
「なにそれ」
そんなにしっかり、俺より先に高校野球を終えるって言いきらなくてもいいじゃん。
ほんものよりずっと美味しそうなココアの絵がなんとなく憎らしい。ほんとうはココアが欲しいんじゃないのに。
「雅さん、雪」
「ああ」
「積もったら雪合戦しよう」
「しねぇよ、みんなで雪かきだ」
「えー……それってみんなでやるの」
「たりめーだ、レギュラーだけふんぞり返る訳にはいかないだろう。野球は一人でやるスポーツじゃねぇんだ」
稲実くらい人がいれば、レギュラーは練習した方がいいんじゃないかって思ったけど黙っておく。
「手、あっためてよ」
「はぁ?てめぇの首にでも手あててろよ」
「それがヤだから言ってんじゃん」
舌打ちされた。雅さんのコートのポケットに突っ込んだ左手を右手に差し替えたらまた舌打ち。
「鳴」
「なーに」
この、大人びているようで、子供らしく感情を思い切りぶつけてくるところがどうにも、自分だけが知っているようで変に嬉しい。なんだか特別な存在になれたような気になる。バッテリーほど、不思議な関係を俺は知らないからそう思うのかもしれない。たぶん外から見たら近く見えるのかもしれないけれど、実際のところは何とも言い難い。近いようでいて、ただの同じスポーツをやっているだけ、とも言える。
俺にとっては、一番つらかったときに支えてくれた(たぶん本人はそう思ってなくても)ひとだから、なんとなく、トクベツだと思っている。
雅さんも、なんとなくでも、すこしだけみんなと違うって思ってくれてたらいいな、と雅さんの鼻先に触れてとけた雪の粒を見つめながら考えた。
もう、冬がはじまる。
「わっ、雪の予報!」
はしゃぐ鳴を横目に、室内練習場への変更を部員へ伝える。幼いころは雪が降ると、いつもの家の庭が別のものに変わったようで、天気予報に雪だるまマークがついていると、寝る前に布団から出したほほが冷たくなることすら、楽しみな気持ちを煽る理由になり得たが、それから十年経てば、ただ指先を冷やし、グラウンドが使えなくなるだけの、雨と何ら変わらない位置づけの天気になった。
代替わりして初めての長期休みの練習を一日でも削られたくなかったが天候だけは文句を言っても仕方がない。予報は積もらないと言っていた。それだけでもありがたいと思わなければ。
「せっかくの雪なのに雅さんの眉間にはふっかぁあい皺」
主将と正捕手の重みを支えるだけで精一杯の今、鳴の冗談ですら構う気力が無い。
「無視!?」
きゃんきゃん喧しい鳴を目線で制し、室内ブルペンへと着替えを持って向かう。泣いても笑っても夏は来て、過ぎていく。ゴールのようで通過点である甲子園へ、どのように時間を使えるかが重要であるはずなのに、どうにも空回っているような気がする。
野球はひとりでするスポーツではないから、自分ばかりが躍起になってもしかたがないことは分かっているが、主将になって数か月の今、どうしても前主将の手腕がちらつく。こんなとき、あのひとならどうしただろうか、ということが頭を何度もよぎってしまう。
「あっ、ねぇ、雪じゃない?」
雪が降ることが楽しみで仕方が無かった鳴の歓声で、思いつめていることがばかばかしくなる。
「これはまだ雨だろう」
「そんっなに嫌なの?!そんっなに雪だって認めたくないの!?」
「練習できなくなるだけじゃねぇか」
芝居かかった溜息をついて、生意気そうに寄せた細い眉を吊り上げて文句ありげに睨んでくる。
「ジンセーって、野球しかないわけじゃなくない?」
「……お前からそんな言葉が聞けるとはなぁ」
「え?俺って雅さんから見るとそう見える?」
意外だった。野球意外に興味がないと認識していた鳴が、他にも目を向けている。
「違うのか」
「そうだよ」
嫌に冷静に返されてたじろいでしまう。この普段の口調と、マジメな話をするときの差に、蛇に睨まれたかカエルのように情けなく縮こまってしまう。鳴は軽薄で、思慮のしの字もないイメージを持っていたが、すぐに覆されたことを思い出す。
「現に、俺が夏大で暴投したあとも、フツーに次の日、来たし」
そう言って帽子を被る。身長差によって表情がうかがえなくなる。
「俺さ、夏大が終わると人生もそこで終わると思ってたくらい、先が見えなかった」
「けど、先輩たち、俺の暴投がなければもっといけたのに、お前にはつぎがあるって言ってくれた」
「んー……なにがいいたいかっていうと、ええっと、こんなに楽しい天気を楽しまないと損だって……雪で気分暗くなっても、今日も練習したなって過ごした一日も、同じ一日っていうかぁ」
「……お前が元気づけようとしていることはわかった」
「べぇっつに。俺がシケたツラしたキャッチャーに投げ込みたくないだけだしぃ」
「こいつ……」
冗談でもなんでもなく、本気でそうおもっているのだろう。その証拠にもうこの会話に興味をなくし、雪の粒を追いかけまわしている。だからこそ、自分の弱さを見透かされても嫌悪が先立たないのだろう。
「つめた」
「バカ、指が霜焼けたらどうするんだ」
「こんなちょっとじゃならない。過保護すぎ」
コートに突っ込んでいた手に鳴の冷え切った手が添えられて、思わず身震いしてしまった。照れ隠しに振り払おうとしてもここで暖をとるつもりらしく、きつく手首を握っている。
「ふざけんなよ鳴」
「あったかい」
やりあうことすら億劫で、そのまま室内練習場まで半ば引き摺るようなかたちで向かう。
「うわ雅さん腕毛?ちがうなぁ手の甲毛?もっさもさ」
「うるせぇなほんとに」
「え、気にしてたりするの」
「してねぇ」
ムキにならないでよ、と弱みを見つけたと言わんばかりのあくどい笑みを浮かべて顔を覗き込んでくる。
「俺すね毛だけ全然生えてないけど、生えてないとそれはそれでなんとなーくやだよ?」
「フォローしてるつもりか?」
「べっつにぃ」
この言い方のときは、多分身体的特徴に言及したことを気に病んでいる言い方だ。二年とすこしで鳴の機嫌についての知識が無駄についてしまった。
◆
「あっ雅さん自販機」
「だからなんだ」
「ココア飲みたい」
「……監督室にポットとコーヒーの粉を見たことがある」
「そういうのは別にいい」
ココアがのみたいー、と言っても雅さんは大して気にした様子もない。室内練習場まで引き摺るつもりなのだろう。洒落っ気のない紺色のマフラーをぐるぐる巻いて鼻を真っ赤にしちゃって、雅さんずいぶんかわいいことするじゃん。
雅さんの掌はマメでガチガチに固い。固くなっている皮膚のキワを削ると、あたたかいポケットから追い出されてしまうのでやめておく。かさぶた剥がすみたいで楽しいのだけど。
「冬が終わったら、春、春が終わったらあっという間に夏だね」
「ああ」
「来年の夏は勝とうね」
「ああ」
夏のあのバッターボックスより少し高いあのマウンドで息がとまるわけでもないけれど、たぶん甲子園球場はまた違うんだろう。
「意気込みが残っているうちに投げるか」
「ウン」
「……素直に返事するなんて……そんなにココアが飲みたかったのか、鳴」
「えー、ウンまぁだいたいそんなかんじ」
変にマジメに受けとられてしまったから否定しないでおく。もしかしたら買ってくれるかもしれないし。
「練習終わったら買ってやるよ」
「マジで!?!」
言ってみるもんだ。俺意外にはちょくちょくパン買ってもらったりしてるみたいなんだけど。
「よくよく考えたらお前も後輩だった」
「なにそれ」
そんなにしっかり、俺より先に高校野球を終えるって言いきらなくてもいいじゃん。
ほんものよりずっと美味しそうなココアの絵がなんとなく憎らしい。ほんとうはココアが欲しいんじゃないのに。
「雅さん、雪」
「ああ」
「積もったら雪合戦しよう」
「しねぇよ、みんなで雪かきだ」
「えー……それってみんなでやるの」
「たりめーだ、レギュラーだけふんぞり返る訳にはいかないだろう。野球は一人でやるスポーツじゃねぇんだ」
稲実くらい人がいれば、レギュラーは練習した方がいいんじゃないかって思ったけど黙っておく。
「手、あっためてよ」
「はぁ?てめぇの首にでも手あててろよ」
「それがヤだから言ってんじゃん」
舌打ちされた。雅さんのコートのポケットに突っ込んだ左手を右手に差し替えたらまた舌打ち。
「鳴」
「なーに」
この、大人びているようで、子供らしく感情を思い切りぶつけてくるところがどうにも、自分だけが知っているようで変に嬉しい。なんだか特別な存在になれたような気になる。バッテリーほど、不思議な関係を俺は知らないからそう思うのかもしれない。たぶん外から見たら近く見えるのかもしれないけれど、実際のところは何とも言い難い。近いようでいて、ただの同じスポーツをやっているだけ、とも言える。
俺にとっては、一番つらかったときに支えてくれた(たぶん本人はそう思ってなくても)ひとだから、なんとなく、トクベツだと思っている。
雅さんも、なんとなくでも、すこしだけみんなと違うって思ってくれてたらいいな、と雅さんの鼻先に触れてとけた雪の粒を見つめながら考えた。
もう、冬がはじまる。