Angel snow #ダイヤのA #カップリング #雅鳴
「わっ、雪の予報!」
はしゃぐ鳴を横目に、室内練習場への変更を部員へ伝える。幼いころは雪が降ると、いつもの家の庭が別のものに変わったようで、天気予報に雪だるまマークがついていると、寝る前に布団から出したほほが冷たくなることすら、楽しみな気持ちを煽る理由になり得たが、それから十年経てば、ただ指先を冷やし、グラウンドが使えなくなるだけの、雨と何ら変わらない位置づけの天気になった。
代替わりして初めての長期休みの練習を一日でも削られたくなかったが天候だけは文句を言っても仕方がない。予報は積もらないと言っていた。それだけでもありがたいと思わなければ。
「せっかくの雪なのに雅さんの眉間にはふっかぁあい皺」
主将と正捕手の重みを支えるだけで精一杯の今、鳴の冗談ですら構う気力が無い。
「無視!?」
きゃんきゃん喧しい鳴を目線で制し、室内ブルペンへと着替えを持って向かう。泣いても笑っても夏は来て、過ぎていく。ゴールのようで通過点である甲子園へ、どのように時間を使えるかが重要であるはずなのに、どうにも空回っているような気がする。
野球はひとりでするスポーツではないから、自分ばかりが躍起になってもしかたがないことは分かっているが、主将になって数か月の今、どうしても前主将の手腕がちらつく。こんなとき、あのひとならどうしただろうか、ということが頭を何度もよぎってしまう。
「あっ、ねぇ、雪じゃない?」
雪が降ることが楽しみで仕方が無かった鳴の歓声で、思いつめていることがばかばかしくなる。
「これはまだ雨だろう」
「そんっなに嫌なの?!そんっなに雪だって認めたくないの!?」
「練習できなくなるだけじゃねぇか」
芝居かかった溜息をついて、生意気そうに寄せた細い眉を吊り上げて文句ありげに睨んでくる。
「ジンセーって、野球しかないわけじゃなくない?」
「……お前からそんな言葉が聞けるとはなぁ」
「え?俺って雅さんから見るとそう見える?」
意外だった。野球意外に興味がないと認識していた鳴が、他にも目を向けている。
「違うのか」
「そうだよ」
嫌に冷静に返されてたじろいでしまう。この普段の口調と、マジメな話をするときの差に、蛇に睨まれたかカエルのように情けなく縮こまってしまう。鳴は軽薄で、思慮のしの字もないイメージを持っていたが、すぐに覆されたことを思い出す。
「現に、俺が夏大で暴投したあとも、フツーに次の日、来たし」
そう言って帽子を被る。身長差によって表情がうかがえなくなる。
「俺さ、夏大が終わると人生もそこで終わると思ってたくらい、先が見えなかった」
「けど、先輩たち、俺の暴投がなければもっといけたのに、お前にはつぎがあるって言ってくれた」
「んー……なにがいいたいかっていうと、ええっと、こんなに楽しい天気を楽しまないと損だって……雪で気分暗くなっても、今日も練習したなって過ごした一日も、同じ一日っていうかぁ」
「……お前が元気づけようとしていることはわかった」
「べぇっつに。俺がシケたツラしたキャッチャーに投げ込みたくないだけだしぃ」
「こいつ……」
冗談でもなんでもなく、本気でそうおもっているのだろう。その証拠にもうこの会話に興味をなくし、雪の粒を追いかけまわしている。だからこそ、自分の弱さを見透かされても嫌悪が先立たないのだろう。
「つめた」
「バカ、指が霜焼けたらどうするんだ」
「こんなちょっとじゃならない。過保護すぎ」
コートに突っ込んでいた手に鳴の冷え切った手が添えられて、思わず身震いしてしまった。照れ隠しに振り払おうとしてもここで暖をとるつもりらしく、きつく手首を握っている。
「ふざけんなよ鳴」
「あったかい」
やりあうことすら億劫で、そのまま室内練習場まで半ば引き摺るようなかたちで向かう。
「うわ雅さん腕毛?ちがうなぁ手の甲毛?もっさもさ」
「うるせぇなほんとに」
「え、気にしてたりするの」
「してねぇ」
ムキにならないでよ、と弱みを見つけたと言わんばかりのあくどい笑みを浮かべて顔を覗き込んでくる。
「俺すね毛だけ全然生えてないけど、生えてないとそれはそれでなんとなーくやだよ?」
「フォローしてるつもりか?」
「べっつにぃ」
この言い方のときは、多分身体的特徴に言及したことを気に病んでいる言い方だ。二年とすこしで鳴の機嫌についての知識が無駄についてしまった。
◆
「あっ雅さん自販機」
「だからなんだ」
「ココア飲みたい」
「……監督室にポットとコーヒーの粉を見たことがある」
「そういうのは別にいい」
ココアがのみたいー、と言っても雅さんは大して気にした様子もない。室内練習場まで引き摺るつもりなのだろう。洒落っ気のない紺色のマフラーをぐるぐる巻いて鼻を真っ赤にしちゃって、雅さんずいぶんかわいいことするじゃん。
雅さんの掌はマメでガチガチに固い。固くなっている皮膚のキワを削ると、あたたかいポケットから追い出されてしまうのでやめておく。かさぶた剥がすみたいで楽しいのだけど。
「冬が終わったら、春、春が終わったらあっという間に夏だね」
「ああ」
「来年の夏は勝とうね」
「ああ」
夏のあのバッターボックスより少し高いあのマウンドで息がとまるわけでもないけれど、たぶん甲子園球場はまた違うんだろう。
「意気込みが残っているうちに投げるか」
「ウン」
「……素直に返事するなんて……そんなにココアが飲みたかったのか、鳴」
「えー、ウンまぁだいたいそんなかんじ」
変にマジメに受けとられてしまったから否定しないでおく。もしかしたら買ってくれるかもしれないし。
「練習終わったら買ってやるよ」
「マジで!?!」
言ってみるもんだ。俺意外にはちょくちょくパン買ってもらったりしてるみたいなんだけど。
「よくよく考えたらお前も後輩だった」
「なにそれ」
そんなにしっかり、俺より先に高校野球を終えるって言いきらなくてもいいじゃん。
ほんものよりずっと美味しそうなココアの絵がなんとなく憎らしい。ほんとうはココアが欲しいんじゃないのに。
「雅さん、雪」
「ああ」
「積もったら雪合戦しよう」
「しねぇよ、みんなで雪かきだ」
「えー……それってみんなでやるの」
「たりめーだ、レギュラーだけふんぞり返る訳にはいかないだろう。野球は一人でやるスポーツじゃねぇんだ」
稲実くらい人がいれば、レギュラーは練習した方がいいんじゃないかって思ったけど黙っておく。
「手、あっためてよ」
「はぁ?てめぇの首にでも手あててろよ」
「それがヤだから言ってんじゃん」
舌打ちされた。雅さんのコートのポケットに突っ込んだ左手を右手に差し替えたらまた舌打ち。
「鳴」
「なーに」
この、大人びているようで、子供らしく感情を思い切りぶつけてくるところがどうにも、自分だけが知っているようで変に嬉しい。なんだか特別な存在になれたような気になる。バッテリーほど、不思議な関係を俺は知らないからそう思うのかもしれない。たぶん外から見たら近く見えるのかもしれないけれど、実際のところは何とも言い難い。近いようでいて、ただの同じスポーツをやっているだけ、とも言える。
俺にとっては、一番つらかったときに支えてくれた(たぶん本人はそう思ってなくても)ひとだから、なんとなく、トクベツだと思っている。
雅さんも、なんとなくでも、すこしだけみんなと違うって思ってくれてたらいいな、と雅さんの鼻先に触れてとけた雪の粒を見つめながら考えた。
もう、冬がはじまる。
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