桃の季節 #ダイヤの #カップリング #御クリ
 
「今日の果物は桃です」
「桃」
 ふわふわの産毛を撫でさする先から、皮へ実へ指が沈んでいきそうな柔らかさがありながら、独特の繊維質は残っている。一番おいしい季節だ。先輩はというと保護用の白いネットを伸ばして縮めてご満悦だ。
「桃、部活のときに皮切らなくていいから缶詰が人気だったよな」
「ですね、指怪我なんかしたら大変でしたし」
 ぬめりを帯びた実と皮の間に果物ナイフを滑り込ませて、種をよけて実を切り出し、小さいフォークを二つ添えて出す。
「御幸、種の回りの実がたべたい」
「はい、どうぞ」
 唇を半開きにしているということは、食べさせてくれということなのだろうけれど、これだけ長く一緒にいても恋人らしいことには何故かまだまだ照れがある。おそるおそる先輩の唇の先に種の端を乗せて、ゆっくり口内へ押し込むと、生ぬるい舌先が指先を掠めた。
 若いころもそりゃあ素敵で、もう死語になってしまっているのだろうけれど、メロメロだ。けれど今歳を追うことに危険な色気を纏ってきているような気がする。
「先輩、その顔俺以外に見せちゃだめですよ」
「はいはい」
 この人には一生敵わない。それを高校の時に悟ってから数十年。高校時代の俺は実に聡かった。現に、今もまだ追いかけ続けている。
「御幸は食べないのか?」
「食べます」
「食べさせてやろうか?」
 そうやってまた俺を虜にして止まない笑みを浮かべるのだ。敵うはずがない。
「お願いします」
「素直でよろしい」
 冷たい金属が舌をなぞり、さきほどの先輩の舌の熱さが指の先で再び触ったような錯覚を起こした。先輩にそんな劣情を悟られたくなくて桃をひとくち。繊維質と果汁が喉を潤す。またこの季節がやってきた。野球をするもの誰もが憧れる舞台を目指す戦い。今では空調の効いた部屋で見る物になってきてはいるが、必ず青道の試合は、球場へ足を運んでいる。あの熱気は、いまでも俺らを惹きつけてやまない。桃の季節は、俺らがあの頃へ帰る季節。
「久しぶりに、キャッチボールでもするか」
「いいですね」
「よし、着替えてこよう」
 皿を洗うのは先輩の仕事。実に手際よく洗い物を済ませることが出来ようになってきた。