憐みを抱かぬよう喉に牙を立てて #FateGrandOrder #夢小説 #男夢主 #アルジュナ


 じわじわと意識が覚醒し、現実に浮上する。
 けたたましいセミの鳴き声と、肌に張り付くTシャツのうっとおしさに辟易しながらどうにか身を起こす。
 最近、何かを忘れているような気がしてならない。それが何なのか一切思い出せないのだから性質が悪い。
 昨日の晩御飯……アルジュナとうどん屋で食べた。この暑いのにアルジュナが汗みずくになりながら熱いきつねうどんを食べていたことだって覚えている。
 今週末の小テスト……だんだんわけがわからなくなりつつある古文の書き下しテストがある。
 と、思考を練っているうちに起床しないと間に合わない時間になっている。

 慌てて飛び起き、急いで身支度を整える。
 台所に置いてあったバターロールを無理やり押し込んで、夏用のベストを羽織る。
 制服が白だと所作に気を遣わなければならないので面倒で仕方ない。

 玄関を開けると、見知った顔が腕時計を見ていた。
「二分遅刻です」
「ごめんね」
 返事をせずに歩き始めたのはあまり怒っていない証拠だ。
 気に食わないなら徹底的に叱責してくる。胸をなでおろして歩き始めた彼につづく。

 前後に人がいないことを確認して、その指に自分の指を軽く這わせる。
 案の定、こんなところで、と責めるような目線が横顔に刺さる。
「だめ?」
 彼にしては珍しく、迷っているのか目を泳がせ、観念したかのように唇を軽く噛んで指を絡ませてくる。
 俺が軽く笑い声を漏らすと、何がおかしいと言わんばかりに爪を立てられる。それすらいとおしくてそのまま手を握る。

 ああ、幸せだなぁ、だなんて考えながら。


 ◇◇
 授業中も、アルジュナの掌の感触を思い出してはにやついている。
 俺より少し大きな掌、短く切ってある形の綺麗な爪、指の関節のひとつひとつを。

 けれどテストがそう遠くないからあまり意識を離していられない。
 あまり興味が持てないものの、どうにか置いていかれないよう手を動かす。

 ◇
 一番楽しみなのは、もちろん昼食の時間だ。
 学食で買った菓子パンと、烏龍茶の紙パックを持って階段を一番上までのぼる。
 両手がふさがっているので、すこし品が無いが、脚でノックすると扉が開いた。
 本当は生徒立ち入り禁止なのだが、なんというか生徒会特権とかいうやつでどうにかなってしまっているらしい。
「あれ?アルジュナ、ごはんは?」
「あなたと会う前に買いました」
「そっか、あるならいいや」

 日蔭に陣取っても暑い。湿気を帯びたぬるい風が頬を撫でる程度の涼だけだが、なぜかどれだけ暑かろうが寒かろうが、俺たちはここで昼食を取るようになっている。
 あたりまえのようにアルジュナが隣に腰を下ろす。さらに暑くなるが、これで拒絶の意志を少しでもにじませようものなら以降近寄りもしなくなるから黙っておく。

 暑い中甘ったるい菓子パンを全部食べる気になれずに半分以上残してしまう。
「食欲ないんですか?」
「んー、もっとさっぱりしたものがよかったかな、ってカンジかな……大丈夫、足りるよ」
 心配そうに覗きこんでくる黒い瞳が俺の青い瞳を写した。そんなに近く寄らなくてもいいのに、と思うけれど、ここまで近いならキスができる距離だ、とも思う。

 軽く顎を掴んで引き寄せると、俺よりずっと力が強いのに抵抗の色さえ見せない。
 すんなりキスが成功してしまった。人目を気にする方なので、嫌がられると思った。

 よくよく考えてみれば建物の高さの関係からどこからも死角になるのがこの日蔭だ。
 彼がそういうことを考えるとは思いにくいけど、ここなら何でもできてしまう。
 この前初めて身体の関係になったばかりでこんなところで盛るのはハードルが高いかな、いやでもその後サルみたいにヤりまくったな……などと思ったけれど俺の身体はそれほど抑えが利く方でもない。

 ご飯を食べているアルジュナが暑がってもべたべたと彼の身体に掌を這わせていると案の定。
「ちょっと……」
「うん、勃っちゃった……」
 ゴムはある。と財布のコインケースから取り出すと、アルジュナは少し目を見開いて、呆れたように深いため息をついてみせた。
 それも、フリ、だろう。彼の身体を触っているときから、彼のスキなところだけを触っていたのだから彼だって そういう 気になっているはずだ。
 汚してしまうから、俺と彼の上着とスラックスを取り払ってしまう。嫌に風通しがよくなってしまい、羞恥だか解放感だかわからない感覚が脳味噌を染めあげた。
 背中がコンクリートに当たらないように、俺の上着をアルジュナの背中に敷いて、小分けにして常備してあるローションを後孔に塗りつける。この感覚がどうにもなれないらしく、身を固くしてる。
 好きな人が不安だったり、嫌だと思うことはしたくなくて空いている手で頬に触れると、素直にすり寄ってくる。こういう時はいつもの生意気さはなりを潜めて、とことん甘えてくる。
「痛い……?ごめんね……」
「痛くは、ないんです」
「?」
「なんだか、慣れない感覚があるだけで」
 後孔で気持ちよくなるにはある程度慣れが必要だというが、少しでも気持ちよくなってくれていれば良い。
 ある程度解れたところで指を引き抜いて、指用のコンドームを外して、ペニスにコンドームをかぶせる。正直あまり好きな匂いでも感触でもないが、一度中出しをしたら翌日腹が痛くなったと言っていたので、俺のわがままで彼の体調が良くなるのはいただけない。
「挿れるね、痛かったら言って」

 痛くても言わないことを知っていながら、優しい恋人のふりをする。声を上げてしまわないように、大事な指に歯を立てている。
「ちょっと、指噛んだら弓を引けないでしょ……」
 ほら、と俺の指を差し出すと、これまた素直に俺の指を口腔に招き入れる。
 優しく舐められ、先端を吸われ、音を立てて抽出され。
 こんなことされたら嫌でも俺の身体の裡にも火が灯る。このクソ暑いのに、煽られたら火が大きく燃え上がるなんてあたりまえなんだ。


「ふ、っ、――ッく……んッ」
「苦しい?」
 嫌々、と首を振って否定の意志を示すアルジュナの、額に張り付いた前髪を払って唇を押し付ける、おそるおそる舌を挿入すると、アルジュナの方も少しずつこちらに舌を挿しいれていたらしく、軽く触れあった。
 時に唇を離してはまた寄せて、それで相手を食らいつくしてしまえたらと言わんばかりの動物的衝動で互いの身体に触れあう。

 徐々にアルジュナの声音に甘ったるさが帯びてきて安心した。
 引き締まった身体に汗の粒が浮いては流れる。
 互いの汗が、体温が混ざり合ってこのまま一つになりたい、だなんて夢見がちなことを考え付くくらいにはこのうだるような熱気と、むせかえるような興奮は俺の思考を鈍らせる。

「はァっ……う、くッ……ぐっ、うう……ぅ、アッ……」
「んっ、ふ、ンっ……!アルジュナ、ねぇ」
 きつく閉じられていた瞼が押し上げられ、こちらの声に反応する。言葉にならない、口の形だけで好き、と伝える。
 アルジュナの唇がわたしも、と形作るのを見て、安心した。
「あ、あァッ、もう、ダメっ、ンっ……出るから、テイッ、シュ、おねがいッ……だから……!」
 彼の肌に白濁が飛び散るさまはそれはもう興奮するのだが、今制服を汚してしまうのはよくない。しかたなくポケットに忍ばせていたコンドームをアルジュナのペニスの亀頭に被せてやる。
 ぱちゅん、ぱちゅんと下品な水音がするたびに彼が身を竦ませるのがどうにも胸にクるものがある。俺もそろそろ限界だが、アルジュナの方が先に達するだろう。
 だんだんと表情がうつろになってゆき、手で俺の身体のどこかに触れようと探り出したら、ということをつい最近知った。
 俺の背に手が回ったかと思ったときには息を詰めていても漏れる嬌声とともに、アルジュナはひときわ強く俺を抱いて達した。
 意地でも達するとき声を上げようとしない。ラブホなど、声を上げれるところなら遠慮なく絶頂するアルジュナの声を聴けるのだろうか。今度私服で行ってみようか。

「ごめんね、もう少し」
「ええ」
 イったあとのアルジュナは後が怖いくらい優しい。
 両手を俺の頬に当て、唇の感触を楽しむように押し当てて、俺の腹の底に溜まる欲をすべて吸い取ってしまうかのように優しく俺の吐精を促す。それに流されるように彼の胎内、正しくはコンドームにみっともない声をあげて射精してしまう。
 スッと冷水を浴びせられるように冷静になってしまうのが男の性であるとしても、これはあまりに情緒がない。
 きわめて冷静に、授業に遅れないように汗拭きシートで互いの身体を拭い、コンドームをビニールに放り込む。ときに軽く唇を重ねては見つめ合っているものだから遅々としているが。

 ◇
 興奮冷めやらぬ火照った肌を寄せ合いながら、すっかりぬるくなった烏龍茶を飲み下す。
「帰り、ちょっと待っててね」
「わかりました」
「忙しかったら帰ってていいよ」
「いえ、平気です」
「ん」
 最後に唇ををどちらともなく寄せ、離れる。今までただご飯を食べていただけですよ、と言わんばかりの澄まし顔で。



 ◇
 やはり、俺は何か忘れている。
 すっかり日が陰った廊下は、人の気配がしないだけでこんなにも不気味だ。

 俺がどこからきてここに居るのか、何故家に俺だけが居て、こんなにも、俺にとって都合の良い世界なのか。
 そういった疑問が湧いてはあぶくのように消えてゆく。疑問を覚えていられないのだ。それを考えることを禁じられているかのように。
 俺だけが、何かを忘れている。
 不安でも、誰に話しても気のせいで片付けられそうなことだ。拳を握り込んで爪が食い込む。痛みを確かに感じるので夢ではないはずだ。

 当てもなく廊下をさまようが、それで思い出すはずもない。
 こんなに遅くなってしまったのだから、アルジュナは怒って帰ってしまったかもしれない。

 ◇
「え?」
「え?じゃありません、どうしたんですかこんなに遅くまで」
「いや、ちょっとね……」
「……私にも言えないことですか……?」
 怒ってみせたのは最初の方だけで、こんなに遅くまで学校に居残っていたことが心配だったとひしひしと伝わってくる。
 彼の貌を西日がきつく照らす。朱と、彼の深い黒色の瞳。失礼ながら禍々しい色の取り合わせに生唾を呑みこむ。
「言っても」
「しょうがないだなんて言うんですか?」
「う……」
 責める意図はないだろうが、状況が状況なので反抗しづらい。暑さで頭をおかしくしたのか?と心配させたくないので言葉を選んで自分の中の違和感をどうにか言葉にする。
「笑わないで、聞いてくれる?」
 頷いて、歩き始めた俺と歩幅を合わせてくれる。

「ちょっと前から、なんかおかしいなって思うんだ」
「おかしい……ですか?」
 思い当たる節がもちろんないであろうアルジュナも、思案をめぐらせている。
「うん、なんというか、俺に都合がよすぎるんだ。何もかも。特に、アルジュナ。君に関して」
 いよいよ俺の言っている意味がわからなくなったのか、怪訝そうな顔で俺の顔を見遣る。
 やはりアルジュナにはわからないらしい。けれど俺は言葉を続ける。全体を離してしまえば少しくらいヒントがあるかもしれないと信じて。

「君は、俺をそんな切実に俺を求め、俺を愛してくれる、のかな」
「何が言いたいのです、それに、私を疑うのですか?」
 少しずつ声が震えているアルジュナの腕を掴み、声を抑えるように目で示す。

 黒と青が交わる。
 朱に染まっていた空が藤色に染まり始めている。
 これ以上は、「アルジュナ」に失礼だろう。
 妻を愛し、子を愛し、民に愛され、民を愛した彼に。
 俺と言う個体を愛している今、この時が。

「ごめんね、俺を好きにならせて」
「何を、言うのです」
 いよいよ怒ってしまう。その前に片をつけなければ。

「もういいよ、君は、偽物だ」




 途端、蒼穹にひびが走った。
 バリバリと音を立てて空が剥がれ落ちてゆく。

 普通ならあり得ないことだが、俺は極めて冷静に、泣き崩れる俺の望んだ「アルジュナ」の背中を摩る。
 確かに温かい。が、この涙もきっと俺がそうであれと望んだ、「俺を愛してくれるアルジュナ」だからこそ、だ。

「ここで安寧を得ていれば貴方は危険にさらされることも、悲しみに暮れて"私"に泣きつくこともないというのに……だからあれほど沢山あった聖杯の一つにそう願ったのではないのですか」
「ごめん、迷惑だった?」
「そうではありません、貴方が、辛いと嘆くことのない世界で、温かな生活を、貴方がもと居た世界のまま暮らしてほしかった」
「でも、そのままじゃアルジュナが生きた証も、守った人たちも、残らないから……でも、ありがとう、君のことを、心から――――」



 ◇◇
「ごめん、これは僕の責任だ」
「謝ることじゃないよ、ドクター・ロマン。仮にも聖杯を扱うのだから、こうなる可能性を考えておくべきで、聖杯の力を甘く見た俺が」
「先輩、顔色が悪いです……ドクター、ここは先輩を休ませてあげたほうが」
「そうだね、申し訳ない……ゆっくり休んでね」

 今までずっと寝ていたようなものなのに、眠る気なんてなれない。
 いうなればできのいい夢だ。そんなものも聖杯が叶えてくれるだなんて。
 それにあれはある意味本物のアルジュナだ。
 俺が聖杯で仮想世界を作り、それにアルジュナを呼び寄せた、のだと思う。
 きっと、狂化を取り付ける要領で、聖杯は余計な気を利かせててくれたのだろう。醒めてしまった幸せな夢など、惨めさを際立たせるだけだと言うのに。



 光の粒が舞い、英霊が実体化する。
 白い外套に、黒い髪、それに合わせて設えたかのような黒い瞳。
 今一番顔を合わせたくないが、そうも言ってられない。


「……見た?」
「ええ」
 涼しい顔で言ってのける。
 俺としては恥ずかしさで今すぐここから消えてしまいたい。都合よく目の前の英霊を書き換えた上にその時までは本気で愛し合っていると信じて疑わなかったのだから。
 自分の幸せな夢が恥ずかしい思い出になってしまったことがなにより悲しくて、恥入る余裕などないのだから、これ以上ここに居ないでほしい。

「あれは、私であって、私でない」
「というと?」
「それを考えるのが子供の役目です、マスター」
 そう言って彼は手袋を外し、俺の頬に触れた。
 変わらず温かな肌に、今は失われた「アルジュナ」が思い出されて胸がチクリと痛む。
「貴方が、そうであってほしいと願う方を信じなさい。その方が快いでしょう」
「そうだね、さすが、施しの英雄」

 厭味に聞こえたから厭味で返した。
 それだけのことなのに、妙に感傷的になってしまう。失ったのが悲しいのか、現実の彼は悪くないのに当たり散らしたことが恥ずかしいのか、その両方か。どれであっても俺のせいだ。それでも今は俺だけの胸の裡に広がる痛みに浸っていることくらいは許されるのではないだろうか。

「ごめん、すこし寝る」
「そうですか、では」
 何の余韻もなく彼は去っていく。
 あの「アルジュナ」だったら、添い寝をしてくれていただろうか、と夢想しながら眠りにつく。

2016/8/28
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概念礼装「ヴァーサス」に着想を得た学パロからのそんなもんありませ〜ん