碇を下ろせない港のよう #FateGrandOrder #夢小説 #男夢主 #天草四郎時貞
重苦しい、棺に似た入れ物に、見たこともない言葉が書き連ねられた古くて薄汚い布を何重に巻かれたものを、人類の英知と、武勇とを持ち合わせた英霊たちが欲しがっている、という事実に実感を持てないでいる。
英霊たちが明かした聖杯にかける願いは人それぞれだが、実にありふれた願いを持った英霊たちが多い、というのが俺が感じた印象だった。
結局、英霊だ何だと箔付きのお椅子に座っていながら、あれらは欲張りな人間の枠を脱していない。だからこそ俺も彼らに、同じ人間として愛着を持ち、同じ志を持つ同士としてこの過酷な使命を未だ放り投げてしまわないでいる。
魔術が込められた錠を解いていくうちに、それの実態が見て取れる。
どれだけの人が悲願を込めたのか、知るよしもない。
それはどれも相当に古いもののはずだが、その深みのある金には濁り一つない。
俺らはこれを、聖杯と呼んでいる。
本来ならこれは一つだけ存在するはずだが、今回のは何もかもがイレギュラー。ここに並ぶ聖杯は十一もある。イレギュラーついでに、それを英霊の霊核と融合させることで、英霊の持つ力を格段に上げる、というのだ。
一つの聖杯を七基の英霊たちで奪い合あった彼らに言ったら卒倒しそうだ。
聖杯を一基の英霊につかうだなんて、それも五つも、それで死後の安らぎを人類に売り渡してまで欲した悲願が五つも叶ってしまうではないか、となじられるだろうか?
いや、それはないかと思う。たぶん。
彼らの願いは、人類が存在してこそ意味があるもので、人理が焼き尽くされた後叶っても意味がないものがほとんどだ。
マタ・ハリは永遠の若さを、ジェロニモはこれ以上奪われぬよう、と願うという。といった要領で、彼らはめいめい、人類が存在する前提で願いを聖杯に託すつもりでいる。
なら、無欲そうに見える英霊に聖杯を託そうと考え、俺はあるサーヴァントを選んだ。
彼の名前は天草四郎時貞。
日本史の授業を話半分に聞いていた俺ですら彼のことを知っている。彼は、秘密だなんだとはぐらかし、一度も俺に聖杯に託す願いを教えてくれたことはないけれど、きっと彼なら、聖杯をその身体に受け入れ、より強力なサーヴァントとして人理修復に協力してくれることだろう。
◇◇◇
「マスター、それは」
彼が表情を変えるのを初めて見たかもしれない。
「うん、そう。四郎くんは見たことあるんだよね」
聖杯大戦のことは、ロード・エルメロイ二世の書棚の隅に積まれていた資料で読んだ。
ユグドミレニアが冬木から奪った聖杯を奪って、何らかの願いを叶えようとした。ということはわかっている。その前に、得物が手に届く範囲にある彼を令呪で縛る必要がありそうだ。
「サーヴァント・ルーラー……天草四郎時貞に令呪を以て命ずる。黙って話を聞いて、そして、質問に答えて」
眩い緋の光が視界を染めたのち、手の甲のあざが一つ消え、彼はとりあえず俺を殺して聖杯を奪うということができなくなる。
いつもの穏やかな表情とはなんだか違う表情をしている。笑みはもちろん、いつもと変わらぬ柔らかさな笑みだが、目が笑っていない。むしろ冷たい氷の刃を模した視線が俺に刺さる。
「だって、そうでもしないと俺が三池典太の錆になっちゃうでしょ」
「そのようなことは」
「しない、と言える?これが君の願いを叶えることができるかもしれないものだったら?」
答えはなかった。
彼ほどの人格者が、犠牲を厭わずかなえたい願いとはなんだろうか?俺は本来の目的とは逸れていることを自覚しながらも、彼の願いを聞いてみたくなってしまった。令呪が効いている今がチャンスだろう。
「ねぇ、聞かせて。君の願いは?なんでそんなにコレがほしいの?」
彼の眼前で五つの聖杯を鳴らせてみせた。
完全に余計なことではあるが、彼の眉間に皺がよったところを見ることができただけでよしとしよう。
◇
「四郎くんは、何か叶えたい願いがあるの?」
「……全人類の、救済です」
「え?」
言っている意味がよくわからない。というか、おおざっぱすぎて、具体的にどうしたいのかがわからない。俺だって人理の修復を担っており、大枠で言えば俺と同じ願い、と言えなくもないかもしれない。
「もうちょっとわかりやすく」
彼は、深く深くため息をついて、聞き分けの悪い子供に言い聞かせる親のような穏やかな声音で、この世の地獄を経て得た理想を語り始めた。
「人は、欲を抱きます」
「欲は、善きもの、悪きもの両方を呼びます」
「えーでもそれが人間ってもんじゃない?」
「貴方が話せと言ったのでしょう……話は最後までお聞きなさい」
「はぁい」
割と強烈にねめつけられて、身を竦める。再び視線を宙に戻して話を続ける。
「……私は、人間が生み出したシステムに押しつぶされる人間を……それを生み出す人間の性質を見過ごしておきたくないということです」
「んー……まだわかんないな……あのさ、四郎くんはすっっっっごいひどい目、って言葉で表せないくらいの目に遭ったのに、なのにまだ、人類を救いたいなんて思うの?」
また、能面のような笑みを浮かべた。俺はこの笑い方が好きじゃない。なんだか、俺と四郎くんのココロの間に、薄膜を張ったような気がする。さっきみたいに怒りの片鱗をにじませた彼の方がよっぽど魅力的だ。
「私は、憎しみを捨てました」
「ウッソー!そんなゴミ捨て場にちゃんと分別して捨てましたーみたいなノリでできること……なの?」
彼があまりに穏やかななかにも切なげな表情を浮かべているものだから、途中から語気を保てなくなってしまった。それ以上、言ってはいけないような気もする。いつもの彼じゃないみたいだ。どんなことにも余裕綽々、みたいな表情で同じ年代とは思えない彼とは違うみたいだ。
「ええ、それは自身に対する裏切りではありますが、私は、そうしたかったから、そうしただけで、そのように悲しい顔をなさる必要はないのですよ」
「でも……それって、四郎くんは救われる?」
「私ですか……?それは……わかりません」
願いを叶えたあとの自分の事なんて初めて思い至った、といった表情で思案を巡らせている。きっと、あまりに願いが大きすぎてそんなところに脳のリソースを割くということ事態思い至らなかったのだろう。
「そっかぁ……それは個人的にイヤだな……」
「それほどですか?」
「うん……そんなにまで頑張ってる人が、やったー!幸せー!ってならないと俺は悲しいな……って、でも四郎くんが望む世界はそんな気持ちも抱かなくなるんだよねきっと……うーん、まあそれはそれで効率がいいのかな……?」
彼の願いと自分の価値観、どう算段しても掠りもしない。それでも彼個人が報われてほしいと願ってしまう。
「四郎くんは、それが良いんだよね?」
「ええ」
迷いなく、それが唯一の正しい答えだと信じて疑わない彼があまりに高潔で、俺からずっと遠くにいるような気がしてならない。
個人の快、不快から遠く離れたところで一人、理想を叶えるために戦う彼は同じものを救おうとしているはずなのに俺とは違いすぎる。
自分の死が、仲間の死が、修正後はなかったことになる人たちであるとはいえ、死が恐ろしい、傷つくことが怖いと嘆く俺とは、覚悟の質が違うのかもしれない。
「わかった、じゃあ、こうしよう」
「俺と、四郎くんで人理の修復を頑張る!そうしないと四郎くんの救いたい人類がいなくなっちゃうから。そしたら、四郎くんはなんかいろいろ考えて、全人類救済できる方法を探す!で、俺は四郎くんが報われて、かつ四郎くんの願いが叶う方法を探す。これでどう?」
そんな、子供が叶わぬ理想を語るのを穏やかに眺める老人のような目で俺を見ないでほしい。喜びも怒りも悲しみも捨て去った人間はこういう顔をするのだとあらためて実感する。それがなぜか寂しくて仕方がない。
「お好きになさればよろしいかと。マスターがどうなさろうと、私は私の願望を叶えるだけです」
「そっか、それでいいよ。そうしよう」
でもやっぱり寂しいものは寂しいから、人理の修復が全部うまくいって、マシュも元気になって、それでも聖杯があったらこっそり……?というのもいいかもしれない。
◇◇◇
やっと本題を思い出した。
一方通行気味ではあったものの、久しぶりに同年代に見える男の子としゃべれてついはしゃいでしまった。彼の霊核と聖杯を融合させる、という目的があった。ドクターが言うには、霊核のある胸部に近づければ自然と取り込まれるという。簡単すぎ手拍子抜けした。なんかもっとこう……概念礼装のフォーマルクラフトのお姉さんのように、かっこいい呪文を並び立ててみたかった。
「それじゃあ、じっとしててね」
令呪で縛りを与えている今、じっとしているか、俺の質問に答える以外のことができない彼に追い打ちをかけるように念押しして、聖杯を一つ手に取る。
「っと、その前に……ごめん、ちょっと襟元緩めて胸のあたり出すね」
返事を聞く前に衣服を緩める。無数の刀傷と、やけどの痕に思わず手を引いてしまった。
「お見苦しいものを見せましたね、失礼」
「い、いや、四郎くんが謝る事じゃ……」
彼にそんなことを言わせてしまったことがなぜだが嫌に胸を騒がせる。痩せていて筋肉があるわけではない俺の身体とは違い、しっかり筋肉がついている。じろじろ見るのも怪しまれそうなので、聖杯を一つ手に取る。
「痛かったらごめんね」
「構いません」
この世に堪えることなど存在しない、と言わんばかりに決意を宿した視線からあわてて目を逸らし、彼の胸部に聖杯を近づけると、鈍色、に一番近い色が視界を支配した。それでも聖杯を取り落としてしまわないよう、手に力を込める。
「ッ、グっ……!!」
「えっ痛い……?!ごめん、ごめんなさい……」
傍らで握りこんだ彼の手のひらが、強く握りすぎて色が変わっているのが見えた。それでも叫びの一つもあげずに、彼は耐える。歯を食いしばり過ぎてギチギチと音を立てるほど苦しいのに、恨み言ひとつ言わない。
きっと人理の修復のそのあと、彼の目的を果たす際の障害をより効率良く排除するために受け入れた聖杯だろうけれど、彼の力になれば良いとも思ったけれど、彼が苦しむためにすることだろうか……?俺は今、正しいことをしているのだろうか……?
「躊躇うことはありません、続けなさい」
「は、はい……!」
あまりの気迫に思わず敬語になってしまう。
額に張り付いた髪を彼の耳にかけると、表情がよく見えてしまった。
彼が見せるささやかな人間らしさがそこにあるだなんて、想像すらしてなかった。痛みに耐え、喉元にまででかかった叫びを押しとどめる彼は、何と言ったらいいか全然わからないが、その、とってもステキだった。高潔な理想と、垣間見える人間らしさ。それがたまらなくステキに見えた。なぜそう思うのかわからないけど、俺の心の中がすごく、キラキラしてる。
「ボヤボヤしない!次!」
一つ聖杯を飲み込んだだけで痛みで起き上がれないのに、それでも彼は理想を追うために強さを得ることを躊躇わないのだろう。息が上がっているのが落ち着いてしまったら、それはそれで苦しいのだろうから、何故かほほを伝う涙を袖でぬぐって、もう一つ聖杯を手に取る。
「ごめんね、いくよ」
触れると同時に、うめき声がまたひとつ上がる。
苦しげに眉を寄せる彼が見ていられなくて、彼の肩に額を寄せて視界を塞ぐ。当の四郎くんは一瞬身をすくめたが、すぐに小さい子供にするように頭をなでてくれた。四郎くんの方がずっとつらくて、痛いのに。
◇
「がアッ……!!!」
最後の聖杯を飲み込むのが一番つらそうだ。辛いものを食べる時みたいに、すこしずつなれていくみたいなことはないらしい。さっきからずっと俺の頭をなでていてくれたけれど、このときばかりは俺の背中のあたりで握りこんだ手を震わせている。
「ごめんなさい…ごめんなさい…」
「私はッ……大丈夫です」
顔色が真っ青の人が言っても説得力のかけらもない。どうにか一秒でも早く終わるよう、祈ることしかできなかった。
◇
汗にまみれた彼の身体を濡れタオルで拭き終わるころには、彼も不自由なく起き上がることができるようになっていた。本当に、強い人だ。
「ごめんね、あんなに痛いなんて知らなかったんだ」
「問題ありません。私はこれで私の願望に一歩近づいたのですから」
なんだか決定的にすれ違っているとは思うけれど、彼がそれでいいと言うなら、俺がどうこう言っても仕方ないだろう。それがたまらなく、苦しい。
「マスター、どうされたのです」
「わがんないげどぉ……」
汚らしい涙声しか出てこない。何でかわからないのに泣いたのは久しぶりで、自分でも戸惑っている。彼がいつもより少しあわてた様子で俺の目元にタオルを押しつけてくるのがおかしくて、笑いが一緒に出てきそうになる。
「ねぇっ……!!!四郎ぐんはぁ……!ほんどうにぞれでいいのぉ……?!!」
「ええ、そう、決めましたから」
それはまるで、どれだけ石やら木の枝やらを投げても波紋の一つもたたない湖のようで、きっとそれが切なくて、俺はみっともなく泣いているんだろう。
大事にしたいと思った人から見向きもされない、被害者ぶりたい子供の稚拙な恋心が、どうしようもなくくすぶっている。
彼は決して冷たいひとではない。こうして泣き出した子供を前にしたら、落ち着くまでそばにいてくれるくらいのことはしてくれるのだ。
「落ち着きましたか?」
「うん……ありがとう」
「それはよかった」
そう言って何もなかったかのように去ろうとしている。
「ねぇ、ちょっと待って」
「どうしました?」
「あのさ、俺が四郎くんが報われる方法で、願いを叶える方法を探すっていうのは本当だからね」
「それはそれは……やってみるといいでしょう」
彼がそんな笑い方をすることを知りたくもなかったし、知ってしまったことで俺の何かが変わってしまったことなんて、彼に知れたらどうなってしまうだろう。
恐ろしくて、たまらない。
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みやこ 成人/神奈川への望郷の念が強い
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