思い出は未来の中に #カップリング #ダイヤの #雅鳴
「思い出は未来の中に」 塩野肘木
「なぁ、いいのか」
教室で、寮で。出会う人が野球部員、それも三年であれば必ずそう、投げかけられた。
「何がだ」
「何がって……その、負けちゃったみたいじゃねぇか、鵜久森によ」
「あぁ、聞いた」
「反応薄」
反応も何も、引退とはそういうことでは、という提案はあまりに棘がある。
だが、もうすでに稲城実業野球部、という名詞で飾られる機会が減り、北海道を本拠地とする球団の所属として扱われることが増えるにつれて、自分が属しているというよりは、古巣のような感覚で、グラウンドを忙しなく駆け回り、白球を追いかける後輩たちを見てしまっている。
というのは建前半分、本音半分で、あれほどの大舞台を共にし、対外的にはバッテリーという名前だけが付けられている鳴と関わる機会が必然的に減ったことで、今更何を言えばいいのかわからない、というのがもう半分の本音だ。
あれだけ近くに居たのに、数か月で鳴は相棒から、樹の相棒となった。そんなことは当たり前のことで、小学校の頃からずっとバッテリーというものは投手が挿げ替えられ、捕手が挿げ替えられる、唯の名詞以上の役割を持たないはずだった。
そのはずがなぜか、認めたくないどころか目を向けたくない感情の塊にすり替わっているような気がして、それがまた、鳴のところから足が遠ざけているのだろう。
そんな俺の浅ましさを知ってか知らずが、自分のやりたいように他人を巻き込む、それが成宮鳴だということを忘れていた。
「まー」
聞き覚えのある声を耳がとらえ、思わず身を竦めてしまった。
「ささん……ってそんな反応?」
「うるせぇ」
「テレなくていいよ」
からかうときの笑い方で背中を軽く叩いてくる鳴を、数か月前と同じような感覚で頭を小突く。
小突かれた辺りの髪の毛を直す鳴が少し影のある表情をしたものだから、強く小突きすぎたかと心配になる。
「まー、さ、さん」
妙に間延びした口調で呼びかけてくる。心配になって声をかけようと顔を覗き込もうとしたその鼻先をつままれた。
「今日、夜にさ、軽くキャッチボールしよ」
「ダメだ」
まさか断られるとは思わなかった、と表情が語りかけてくる。
「樹とすればいいだろ」
「そうじゃなくて」
「今のお前の捕手は樹だろ、練習なら樹としろ」
「話聞いて」
「俺としても意味が無い」
「雅さん」
諭すように名前を呼ばれて我に返った。
特別機嫌を損ねた様子もなく、そんじゃまたね、と宣う。以前の鳴ならば、やかましく突っかかってきただろうに。それを成長と呼んで良いものなのかはわからない。ただ自分の知らないところで変わっていく相棒を知って、知らない感情に捉われてしまう。
女々しい考えが頭を支配し始めたあたりで、クラスメイトが教室変更を伝えてくれた。
◇
まだ誰も来ていないブルペンは、練習後に整備をした後輩のおかげで綺麗に土が均されている。それを遠慮なく踏み荒らしているのが暗闇でうすぼんやり見える髪が動くことでわかる。電気をつけると、余すことなく蛍光灯の光を弾いているその薄い金、甲子園球場のグラウンドで、十八.四四メートル挟んでいるとまた違って見える。今それを知っているのは多分俺だけなのだろう。
夜独特の湿っぽい空気を拭い去るように鳴は、力のあるボールを投げてくる。ミットを叩くボールの音が、染みついた習性を呼び起こしてくれる。野球をしている間は、くだらない妄想を振り払ってくれる。目の前の投手の球、表情、腕の振り、すべてが俺のすべきことはここに有ると示してくれる。
◇
肩慣らし程度の数十球を投げ、休ませる。練習後に無理をさせても仕方がない。脚を思い切り投げだしてベンチに腰かけた鳴の表情が、暗がりにいることもあってか、昼間のこともあって何か思い悩んでいるように見えてしまった。
夜は少しだけ冷える。責任ある立場になったせいかは知らないが、自分から上着を着て管理をするようになった。二つ三つ、言葉を交わしたが特別落ち込んでいるということもなく、俺が知っている、唯強い成宮鳴だ。
「やっぱり、北海道は寒いのかな」
「そりゃあ、そうだろうよ。けど最初の数年は関東の寮住まいだ」
「そうなんだ」
それからはいつもの、というより俺が知っている鳴のイメージのまま、北海道ならちょっと泊めてもらおうと思っていたのにだとか勝手なことを次々と言葉にしてくる。かと思えば急に真面目な声音で。
「今度は、俺が優勝旗をここに持ってくるから」
「楽しみにしてる」
「雅さんと同じようにはチームを引っ張れないだろうけど、どうにかする」
「まぁ、お前のやり方があるだろうからな」
軽く頷く鳴は、先ほどのような揺らぎを解決したのか、それとも隠したのかはわからないが、心配させまいとしているのは何と無くわかった。
「なるようにしかならねぇよ」
「それ、カワイイ後輩にかける言葉にしては素っ気なくない?」
「じゃあなんだ、頑張れとか言って欲しいのか」
「ちょっとだけ」
俺もキャプテンになりたての頃は悩んだような気がする。鳴も鳴なりに、考え、悩むことが有るのかもしれない。
「が……がんばれ」
「えっ……ありがと」
何を頑張るのか、だとか、何のためにこれからの長いオフを野球に捧げろだとかは言及できない。正しくは語彙が追い付かない上に自分でも何故ここまで野球に人生を尽くしているのかが分からない。
それでも、言いたいことは大まかに伝わったと信じたい。
「雅さん、あと三十球くらい投げていきたい」
「多いな、あと十球だ」
「えー」
口ではブチブチ文句を言いながらも素直に上着を脱いで、ブルペンまで駆けて行き、投球に備える。早く早くと言われると何故が逆らいたくなる。
「なんかさぁ、本当に野球バカだよね」
「そうだな、俺もお前も相当に」
快音を立てて、速球がミットに収まる。この時ばかりは、鳴とまた同じチームで野球する未来を描きたい。 畳む
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みやこ 成人/神奈川への望郷の念が強い
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全年全月14日の投稿[3件]
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ネスカイワンドロワンライ #カップリング #ブルーロック #ネスカイ
ネスカイワンドロワンライ #カップリング #ブルーロック #ネスカイ
唇を大切な相手にくっつけることを愛情表現だと最初に定義づけた人は、何を考えていたのかなんとなくわかる。
朝目が覚めて最初に目に入るのは、僕の手のひらに収まる大きさのカイザーぬい。朝日を受けてまたたく金髪までは再現しきれないけど、あの淡い金はよく似た色があるもんなんだなと感心した。
不敵な笑みを浮かべるカイザーぬい。ああかわいい、愛しい、なんかよくわからないけど心がつやつやして角が取れる。今日は寒いから、こっそり通販したあたたかいガウンを着せてやる。
「おはよう♡ カイザー。今日も頑張ろうね」
そう言ってカイザーぬいにキスをして到底他人には見せられない笑みを浮かべていると、よく知った足音が聞こえてきてあわててぬいをしまった。
「お、おはようございます。カイザー」
「おはよう…… 本物にキスはしないのか?」
「えっ……じゃあ遠慮なく、あでもまだシャワー浴びてなくて」
「いいから」
「はぁい」
「あの綿の唇にはキスできて、俺のにはできねえのな」
「それとこれとは話が別……ってカイザーあのぬいぐるみの存在を知って」
「まぁな。普通に聞こえるんだよ。お前があの綿と会話してんのが」
「あれを会話とみなしてくれるのかわいい。カイザー大好き」
「……わかんねぇなぁ……」
呆れた様子のカイザーは、興味をなくしたようだった。足音が離れていくのがわかる。
カイザーぬいにこっそりキスをする。今度は本体にできる勇気が湧くように。唇にしてしまったら、僕らの中の何かが劇的に変わってしまうような気がして怖くて、あの双眸が失望の色に染まってしまうのが怖くて。
「じゃあカイザー♡シャワー浴びてくるから待っててね♡」
本物の代わり、という意識はない。本当はこうできたらなぁという願いはある。カイザーとこんなふうになってみたいな、という祈りも、ある。
綿のカイザーは何も言わない。ただ不適な笑みを浮かべて僕がシャワールームに向かうのを見守ってくれる。僕はカイザーとの繋がりはサッカーだけかと思っていたけど、そうでもないみたい。人として、彼のことが好きなんだと思う。その確信が自分でも持てていなかったけどあのキスをしたい、って気持ちは多分本物だった。
熱いシャワーでも気分は晴れなかった。
僕が浮かない気持ちでいても、ぬいはそうでもないみたいだった。いつもニコニコ(?)してるし。
「そうだなぁ……お互い引退したら、もう少し真面目に考えてみようかな……」
それじゃ遅いよ、と言っているのか、そういう気持ちになった時がベストタイミングだよ、と言っているのかはわからないけど、ぬいぐるみのカイザーはぶすっとした顔をしない。かわいいカイザー(ぬいぐるみ)。
情けない僕だけど、見守っててね。畳む
唇を大切な相手にくっつけることを愛情表現だと最初に定義づけた人は、何を考えていたのかなんとなくわかる。
朝目が覚めて最初に目に入るのは、僕の手のひらに収まる大きさのカイザーぬい。朝日を受けてまたたく金髪までは再現しきれないけど、あの淡い金はよく似た色があるもんなんだなと感心した。
不敵な笑みを浮かべるカイザーぬい。ああかわいい、愛しい、なんかよくわからないけど心がつやつやして角が取れる。今日は寒いから、こっそり通販したあたたかいガウンを着せてやる。
「おはよう♡ カイザー。今日も頑張ろうね」
そう言ってカイザーぬいにキスをして到底他人には見せられない笑みを浮かべていると、よく知った足音が聞こえてきてあわててぬいをしまった。
「お、おはようございます。カイザー」
「おはよう…… 本物にキスはしないのか?」
「えっ……じゃあ遠慮なく、あでもまだシャワー浴びてなくて」
「いいから」
「はぁい」
「あの綿の唇にはキスできて、俺のにはできねえのな」
「それとこれとは話が別……ってカイザーあのぬいぐるみの存在を知って」
「まぁな。普通に聞こえるんだよ。お前があの綿と会話してんのが」
「あれを会話とみなしてくれるのかわいい。カイザー大好き」
「……わかんねぇなぁ……」
呆れた様子のカイザーは、興味をなくしたようだった。足音が離れていくのがわかる。
カイザーぬいにこっそりキスをする。今度は本体にできる勇気が湧くように。唇にしてしまったら、僕らの中の何かが劇的に変わってしまうような気がして怖くて、あの双眸が失望の色に染まってしまうのが怖くて。
「じゃあカイザー♡シャワー浴びてくるから待っててね♡」
本物の代わり、という意識はない。本当はこうできたらなぁという願いはある。カイザーとこんなふうになってみたいな、という祈りも、ある。
綿のカイザーは何も言わない。ただ不適な笑みを浮かべて僕がシャワールームに向かうのを見守ってくれる。僕はカイザーとの繋がりはサッカーだけかと思っていたけど、そうでもないみたい。人として、彼のことが好きなんだと思う。その確信が自分でも持てていなかったけどあのキスをしたい、って気持ちは多分本物だった。
熱いシャワーでも気分は晴れなかった。
僕が浮かない気持ちでいても、ぬいはそうでもないみたいだった。いつもニコニコ(?)してるし。
「そうだなぁ……お互い引退したら、もう少し真面目に考えてみようかな……」
それじゃ遅いよ、と言っているのか、そういう気持ちになった時がベストタイミングだよ、と言っているのかはわからないけど、ぬいぐるみのカイザーはぶすっとした顔をしない。かわいいカイザー(ぬいぐるみ)。
情けない僕だけど、見守っててね。畳む
2023年3月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
天より高く海より深い愛 #ヒロアカ #カップリング #荼炎 #燈炎
天より高く海より深い愛 #ヒロアカ #カップリング #荼炎 #燈炎
夏は燈矢の瑕から膿が止まらない。
時には肉が縫い目から剥がれて落ちていることすらある。固形物を食べているところを見たことがない。さまざまな要因から、燈矢はもう長くないということを思い知らされる。燈矢もそれがわかっているらしく、刑罰の一種として個性を抑制させる薬をわざと飲まずにおいて、俺を焼き殺そうとする。
一度憎んだ父親が甲斐甲斐しく介護をするのは嫌なのだろう。けれど冷や冬美、夏雄や焦凍にも危害を加えてしまったらそれこそ取り返しがつかない。だからこうして俺の命だけで勘弁してもらおうという腹だ。
そんな浅はかな計略はとっくに見抜かれているらしく、燈矢は俺がどれだけ献身的に世話をしようと、話しかけようとも反応は剣呑なものだった。
「お父さん、俺が早く死ねばいいって思ってるだろ」
「そんなこと思わない。燈矢、俺を信じろ」
「信じろ? 信じて、捨てただろ」
「捨てたわけじゃ」
「結果的に捨ててんの。焦凍が生まれるまでに生んだ命すべてに謝れ」
「燈矢、俺は」
「うるせえッ!!」
罵声ともに、蒼炎が上がる。燈矢の居室はどれだけ塗り直しても焦げが絶えることはない。最初こそ塗り直していたが、有機溶剤に引火してからはそのままにしている。いっそこの炎に巻かれてしまったら燈矢は気分がスッキリするだろうかなんて考えて炎に触れようとしたら、ふっ、と炎は消えた。
「死ぬぞ」
「……」
「お父さん、お前は生きて償い続けないといけない。死ぬなんて、俺が許さない。俺が死んでも、死ぬな。後追いなんかして楽になろうとするなよ」
「わかっている、わかっているが……」
「どうしても辛くて、生きていたくないなら……その時は俺が殺してやるよ」
燈矢は、修行をせがんで俺の手を引いていた時と同じ笑顔でそう言った。
2022/7/29
夏は燈矢の瑕から膿が止まらない。
時には肉が縫い目から剥がれて落ちていることすらある。固形物を食べているところを見たことがない。さまざまな要因から、燈矢はもう長くないということを思い知らされる。燈矢もそれがわかっているらしく、刑罰の一種として個性を抑制させる薬をわざと飲まずにおいて、俺を焼き殺そうとする。
一度憎んだ父親が甲斐甲斐しく介護をするのは嫌なのだろう。けれど冷や冬美、夏雄や焦凍にも危害を加えてしまったらそれこそ取り返しがつかない。だからこうして俺の命だけで勘弁してもらおうという腹だ。
そんな浅はかな計略はとっくに見抜かれているらしく、燈矢は俺がどれだけ献身的に世話をしようと、話しかけようとも反応は剣呑なものだった。
「お父さん、俺が早く死ねばいいって思ってるだろ」
「そんなこと思わない。燈矢、俺を信じろ」
「信じろ? 信じて、捨てただろ」
「捨てたわけじゃ」
「結果的に捨ててんの。焦凍が生まれるまでに生んだ命すべてに謝れ」
「燈矢、俺は」
「うるせえッ!!」
罵声ともに、蒼炎が上がる。燈矢の居室はどれだけ塗り直しても焦げが絶えることはない。最初こそ塗り直していたが、有機溶剤に引火してからはそのままにしている。いっそこの炎に巻かれてしまったら燈矢は気分がスッキリするだろうかなんて考えて炎に触れようとしたら、ふっ、と炎は消えた。
「死ぬぞ」
「……」
「お父さん、お前は生きて償い続けないといけない。死ぬなんて、俺が許さない。俺が死んでも、死ぬな。後追いなんかして楽になろうとするなよ」
「わかっている、わかっているが……」
「どうしても辛くて、生きていたくないなら……その時は俺が殺してやるよ」
燈矢は、修行をせがんで俺の手を引いていた時と同じ笑顔でそう言った。
2022/7/29