Addicted to you


しん、と静まり返る広々とした寝室に足音と立てないように忍び込む。
恋人なんだから、そんなコソコソしないでいいのに、としきりにヴィクトルは言う。けれど今日も、常人から見たら、やはり彼は普通ではないのだと線引きをしなければ恐ろしさすら感じる練習量をこなして疲れ果てて眠るヴィクトルを叩き起こす趣味は無い。

世界中でただ一人ここに立ち入りが許されるだけで嬉しい、それを彼は生涯理解することはないだろう。


すよすよと安らかな寝息を立てて眠るヴィクトルの頬にキスをした。
広々としたアパートに積み上げられた荷物、明日にはすっからかんになってしまう。変な感傷に駆られてキスをしてしまった。たぶん付き合ってから片手で数えれるほどしかしていないから、起きていたら大変に騒いでいたろう。
置いていかないでと泣いて喚いたら、突然に決めた日本行をあきらめてくれただろうか、と光の無い寝室でも鈍く光る銀の髪をいじりながら考える。
でも、そんなこと言って困らせる趣味もないし、私にだって仕事や家族、いろいろなものを抱えてる。愛にだけ生きていられるほど子供ではなくなってしまった。
いや、子供でなくなったというより、単にしがらみが増え、思い切りが悪くなっただけかもしれない。すべてを捨てて追いかけて行ったら、泣いて引き留めたら、ヴィクトルがフィギュアスケートに出会っていなければ、私が、ヴィクトルを好きにならなければ。

夜に変なことを考えるもんじゃない。
そんなところまで否定しても詮無いことだ。
たった一年じゃないか。と自分に何度も言い聞かせたものの、週の半分以上うちに入り浸っていた彼がいなくなるのはさびしい。一年じゃすまないかもしれないし。
「本当は」
「わっ、何、起きてたの」
「それはこっちのセリフ」
おいで、上掛けの端が持ち上げられる。素直に隙間に身を横たえ、分厚い身体にすり寄る。
筋肉はいつだって温かい。ロシアの冬(と言っても暦の上では春)をこれからはこの温みなしでやっていかなくちゃならないなんて今から少し恐ろしい。
「本当はね、加奈子にも休暇取ってついてきて欲しかった、加奈子が居ない生活なんて考えたくない」
「そういうコトは早く言わないと、調整っていうものが」
「そう、だから、加奈子、休暇取って来てよ、日本行こう」
「えーーーーーーー〜〜〜〜〜〜〜〜〜ーーーー――――――-―――」
「楽しいよきっと、これからサクラが綺麗なんだって、加奈子と見たいなぁ」
「いや、確かにサクラは見たい……見たいけど急すぎる……休暇は溜まってるから数か月程度ならもんだいない……けど長期滞在するお金はない」
「お金はどうにかするよ」
「そういうわけにもいかないでしょ」
「いいって、全部任せて」
「全部じゃなくていい」
「頑な!」
くすくすと笑い声。さっきまでの陰鬱な考えが嘘のようだ。
「加奈子、電話してね?」
「うん、するよ」
「さみしいな」
「ね、でも頑張ってきなよ、ヴィクトルにとって実りある経験ができるといいね」
「ありがとう」

やっぱり、人間離れしているように見えても人の子で、離れると寂しく感じるらしい。なぜだか安心した。寂しくて離れがたくて、切ないくらい求めてしまうのは私だけだと思っていたから。



-----------
「勇利、君には恋人が居るかい?」
「え、ノ、NO!」
「……そうか」
それからヴィクトルは黙りこくってしまった。
恋人さん(そんなこと報道されたことは無かったから、またひどい騒ぎになりそうだ)が二か月先に来ると言ってからこうして黙り込むことが増えたように思える。
そうしたら、みんなでお花見にいけたらな、なんて思う。きっと少しだけ離れていた彼らも喜ぶだろう。
この人をこんな顔をさせる人、僕も会ってみたい。


2016/10/15 夢ワンライ参加作品
しん、と静まり返る広々とした寝室に足音と立てないように忍び込む。
恋人なんだから、そんなコソコソしないでいいのに、としきりにヴィクトルは言う。けれど今日も、常人から見たら、やはり彼は普通ではないのだと線引きをしなければ恐ろしさすら感じる練習量をこなして疲れ果てて眠るヴィクトルを叩き起こす趣味は無い。

世界中でただ一人ここに立ち入りが許されるだけで嬉しい、それを彼は生涯理解することはないだろう。


すよすよと安らかな寝息を立てて眠るヴィクトルの頬にキスをした。
広々としたアパートに積み上げられた荷物、明日にはすっからかんになってしまう。変な感傷に駆られてキスをしてしまった。たぶん付き合ってから片手で数えれるほどしかしていないから、起きていたら大変に騒いでいたろう。
置いていかないでと泣いて喚いたら、突然に決めた日本行をあきらめてくれただろうか、と光の無い寝室でも鈍く光る銀の髪をいじりながら考える。
でも、そんなこと言って困らせる趣味もないし、私にだって仕事や家族、いろいろなものを抱えてる。愛にだけ生きていられるほど子供ではなくなってしまった。
いや、子供でなくなったというより、単にしがらみが増え、思い切りが悪くなっただけかもしれない。すべてを捨てて追いかけて行ったら、泣いて引き留めたら、ヴィクトルがフィギュアスケートに出会っていなければ、私が、ヴィクトルを好きにならなければ。

夜に変なことを考えるもんじゃない。
そんなところまで否定しても詮無いことだ。
たった一年じゃないか。と自分に何度も言い聞かせたものの、週の半分以上うちに入り浸っていた彼がいなくなるのはさびしい。一年じゃすまないかもしれないし。
「本当は」
「わっ、何、起きてたの」
「それはこっちのセリフ」
おいで、上掛けの端が持ち上げられる。素直に隙間に身を横たえ、分厚い身体にすり寄る。
筋肉はいつだって温かい。ロシアの冬(と言っても暦の上では春)をこれからはこの温みなしでやっていかなくちゃならないなんて今から少し恐ろしい。
「本当はね、加奈子にも休暇取ってついてきて欲しかった、加奈子が居ない生活なんて考えたくない」
「そういうコトは早く言わないと、調整っていうものが」
「そう、だから、加奈子、休暇取って来てよ、日本行こう」
「えーーーーーーー〜〜〜〜〜〜〜〜〜ーーーー――――――-―――」
「楽しいよきっと、これからサクラが綺麗なんだって、加奈子と見たいなぁ」
「いや、確かにサクラは見たい……見たいけど急すぎる……休暇は溜まってるから数か月程度ならもんだいない……けど長期滞在するお金はない」
「お金はどうにかするよ」
「そういうわけにもいかないでしょ」
「いいって、全部任せて」
「全部じゃなくていい」
「頑な!」
くすくすと笑い声。さっきまでの陰鬱な考えが嘘のようだ。
「加奈子、電話してね?」
「うん、するよ」
「さみしいな」
「ね、でも頑張ってきなよ、ヴィクトルにとって実りある経験ができるといいね」
「ありがとう」

やっぱり、人間離れしているように見えても人の子で、離れると寂しく感じるらしい。なぜだか安心した。寂しくて離れがたくて、切ないくらい求めてしまうのは私だけだと思っていたから。



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「勇利、君には恋人が居るかい?」
「え、ノ、NO!」
「……そうか」
それからヴィクトルは黙りこくってしまった。
恋人さん(そんなこと報道されたことは無かったから、またひどい騒ぎになりそうだ)が二か月先に来ると言ってからこうして黙り込むことが増えたように思える。
そうしたら、みんなでお花見にいけたらな、なんて思う。きっと少しだけ離れていた彼らも喜ぶだろう。
この人をこんな顔をさせる人、僕も会ってみたい。


2016/10/15 夢ワンライ参加作品