人生は選択の連続だと、私よりずっと先に大人になってしまった人から言い聞かされてきた。
だから、間違わないような、選んでも後悔しないような選択をしてきたつもりだった。

けれどいつだって間違った選択をして、もうどうしようもなくねじくれてしまってから問題が明るみに出てくることだって、一度や二度じゃなかったから予想できてもよかったと思う。
今回そうできなかっただけで。

もちろん、勇利先輩が私のことを同じスケート教室の後輩(ただ、私は芽がでなかった)以上にみていないことは知っている。知っていて、ああはいそうですか、と次の人に興味を持てたらそれはそれで幸せな選択なのだろうけど、私はそう思わない。それだけのことだ。

それだけのことなのに、内臓のどこかが常にじくじくと痛み続けて居る。
恋の病、だなんてよく名づけたもんだ。たしかにこれは病気としかいいようがない。ここまで自分の中に押し込め、鬱屈し、蠱毒のように育てた執念は、病気としかいいようがない。



「で、何?加奈子」
「いや、こんなことあなたに聞かせてもどうしようもないですね、すみません」
「いいよ、こんなこと酔わないと言えないでしょ」
麗人、という言葉がぴったりくるようなとんでもなく美しい男のツラを酒の肴に、九州民なら知らない人はいないほど有名な焼酎を傾ける。
久しぶりにこんなに酔ったと思う。いつもはこんなになる前にセーブするのに、一度この長すぎる片思いを赤の他人に話してしまったら止まらなくなってしまった。
「あっ、ユリオくんはお酒だめ」
「わあってるよ」

「あんた、先輩に過度につっかかったら私がシバくからね」
「わかった、わかったから水飲んどけよ」
「んっとにわかっとんのかオラ、ユリオ、返事せえ」
「ユリオじゃねーよ、お前……あいつの前とキャラ違くね」
「ユーリ……お前も恋をすればわかるっていうかもうユーリって呼ぶだけで刺激になるからごめんユリオにさせて」
「相当だな」
「まだ初恋もしてないような子供に言われるなんてね……」
「子ども扱いすんな」
「はいはい」


「いいねえ〜そういうの、好きだよ」
「ヴィクトルもヴィクトルだよ、面白がってんでしょ」
「んー、面白いというか、やっぱり僕らは表現するのがお仕事だから、人間のいろんな面を見れるのはありがたいというか」

次から次に注がれる酒を眺めて、このまま今日はここで泊れたらなと夢想する。これは別に下心ではなく普通に帰るのがおっくうだからだ。そういうことにしておく。
「あれのどこがいいんだよ」
「ああ、ユーリ、聞かない方がいい……きっともう焦げ付いてしまって言葉にならないだろう」
「ヴィクトル、ご名答!!今更言葉にならないね!!!」
久しぶりにこんなに声を上げて笑った気がする。少しだけ気が軽くなったから、あとでご飯ぐらいはおごってやろうと思う。やはり時にこうしてガス抜きをしないとだめだ。地元の友達らはもう同じ話を何回もしているうちに「さっさと玉砕しろ」としか言われなくなってからはあまり話していないからなおさら新鮮だ。

「まぁ、これからも一番傍で彼を見つめて、そして嘆くといい」
「そうしようかな……それが一番現実的……」
一人納得いかなそうな顔でこちらを睨みつけるユーリが足を机の上にあげようとしたので、スムーズに叩き落す。
「なんであんたがそんな悲しそうな顔してんの」
「だって……お前はそれでいいのかよ」
「良くはない。ベストではないけどベターかな」
理解できない、といったふうに机に臥せてしまったユーリの金髪を撫でまわす。嫌がって振り払われるかと思ったが、素直に撫でられている。しゃらしゃらと音がしそうだけれどそれほど冷たさを感じない繊細な金髪を弄ぶのはそれなりに楽しい。
「ユリオ……綺麗だな、お人形さんみたいだ」
舌打ちが返ってくる。喋らなければかわいいというのは無い。表情がすでに生意気だから。きっと今も見えないだけでひっどい表情をしているんだと思う。

「あれ、ユーリ寝ちゃったの?」
「先輩」
声が届かなかったのだろう、しょうがないなぁ、とぼやいて半纏をかけてあげている。先輩、飲みませんか、それだけでいいのに言葉が出てこない。
「先輩」
「どうしたの?加奈子ちゃん」
「お酒、一緒に飲みませんか?」
「んー、じゃあ、一杯だけ」
湯上りの火照った頬が私の頬の温度もあげていくのがわかる。怖いくらいだ。
やったじゃん、みたいな顔でほほえみかけてくるヴィクトルと、狸寝入りであろうユーリの足を軽く小突いて、感謝を表す。意外とすんなりいけるもんだ。

御猪口に注ぐ手が震える。
どうにかこぼさずに注ぎ切っただけでも褒めて欲しい。あれだけ焦がれたひとが、手を伸ばせば届く距離に居るのだ。焦がれても、共に歩む未来が想像できないひとが、嫌悪を表さず、なんのためらいもなく注いだお酒で唇を湿らせたんだ。

想い続けた年月に比べればささやかすぎるかもしれないけれど、今はこれだけで十分と思える。今更この想いが叶わないことを知ってしまう方が恐ろしいから。



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「どうした、ユーリ、寝付けないのかい」
「別に……ヴィクトルにはわからない」
「ん?……んんん……?」

皆が寝静まった夜遅く、うとうととしながらも眠ろうとしない。
意味のない夜更かしなど、アスリートにとって百害あって一利なしだということは、幼少時からの習慣としてついているだろうに。いや、意味がある夜更かしなのかもしれない。
彼女がこうして、この温泉宿で眠る日はまれだから。彼女はユーリを子供だとおもっているから何とも思わないからこうして酔いつぶれて雑魚寝、ということも抵抗がないらしい。けれど、子供だ子供だと思っていても、ふとしたことで大人の階段を駆け上がってしまうことだってある。
意外だ、意地っ張りなユーリはああしてずかずか踏み込んでくる人が好みだったなんて……と意味深な視線を浴びせていると、ゆるゆるとユーリの頬が染まっていくのがわかる。
「ああ、大丈夫、秘密だね」
暗がりの間で、月明かりを受けて金髪が揺れる。首肯したらしい。そりゃあ、大事な同門の子の恋をぐしゃぐしゃにしてしまうのはかわいそうだ。
しかしこればっかりはどうにもならない。今まで見たことが無いくらい優しそうな顔で加奈子を見つめるユーリを尻目に、座敷を後にする。

やはりここに来てよかった、と一人笑みを浮かべた。




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企画「カフカ」様に提出