東京から見れば沖縄に近いから、という理由で九州に雪が降らないと思っていた時期が私にもありました。しんしんと降りしきる雪が窓の外に積もっている。きっとそろそろ、勇利のお母さんから声がかかって駐車場と裏口の雪かきを任されるのだろう。
最近は勇利のお母さんも私を顎で使うのに慣れてきたのか、それなりにこの旅館に貢献している。ちゃんとお給料をくれるところがニクい。
花も綻ぶ長谷津の春に、今日やっと、帰ってくるらしい。
勇利がアメリカに活動拠点を移してから、二回程度しか会っていない。一度目は確か夏。肌に突き刺さる日差しの強さを覚えている。二度目は、留年を決めたときだから大体一年前。仮にも雪国に、冬に行くもんじゃないと心に決めたと言ったら苦笑いされた記憶がある。
そりゃあ、通話やチャットとかでやりとりはするものの、会って触れて、とでは全然違う。違いすぎる。よく続いていると思うと自分でも思うし、この話をするとどこでも言われるのが寂しくない?とか、その人のどこがいいの?とか疑問の集中砲火を浴びてしまう。
それを言うわけがないだろう、といつも自信満々に答えているから、呆れられるまでがいつもの流れだ。
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散々な結果に終わった。無神経な実況に苛立ち半分、同意半分という具合だ。
ホテルからかけているらしい。ひどい喧騒は聞こえない。少し遠くで荷物が落ちる音が聞こえた。
「加奈子も見てた?」
「うん、勇利のお母さんとお父さんと……皆で見てたよ」
「加奈子」
「何?」
「幻滅した……?」
珍しく涙で濁った声で懇願されて、胸が苦しくなる。私がそんなこと言わないとわかってて言っているのだろうけど、突き放そうなんて気にはなれない。
叶うなら今すぐにでも迎えに行きたい。
「するわけないよ……、今日はしっかり休んで、勇利。これから、カナダに戻るの?」
「……わからない、でも一回長谷津に戻るよ」
「そっか、気を付けておいでね」
「うん、ヴィっちゃんのお墓詣りもしたい」
「そうだね、待ってるよ」
「おやすみ」
「うん、元気な姿を見せて」
今はその手は自信なさげに緩く握られているかと思うと、胸がつぶれそうになる。
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と、まあ、このような感動的な言葉のあとだからさぞ甘ったるい再会のやりとりがあるかと思った。
緊張しすぎて見送りに行けない、と言ってゆーとぴあで待っていたけれど、これを外でやるわけにもいかなかっただろうからちょうどいい。
「ちょっと……なにそのお腹……」
「加奈子、久しぶり」
「久しぶり」
少しだけ絆されて、広げられた両腕に飛び込んでしまったけどあのすっきりとした腹筋は見るも無残なたゆんたゆんの脂肪になっていた。胸は胸筋のかわりにたわわな脂肪が、肩から二の腕にかけても脂肪に覆われている。
二人きりだからいいことに、館内着の袷を解いて上半身を露わにする。
「うっわ……」
久しぶりに会ったのだから、そこまでひどいことを言いたくない。し、カレシの服を剥いでこんなこと言いたくない。
けれどこれは、言葉を失ったあと叱責になってしまいそうだ。たぷ……たぷ……と死んだ眼で腹を揺らすけれど、特に嫌がるわけでもなく大人しくしている。叱るなら早くしてほしい、と言わんばかりの視線が顔辺りをさまよっているのがわかる。摘まんで、離して、揺らして、止めて。これはすこし癖になりそうだ。
「ね、加奈子」
「何?」
「そんなに触られると恥ずかしいんだけど……」
そういえば数年ぶりに触れ合ったのだった。久しぶりの勇利の匂いに安心するとともに、その腹、尻、顎の脂肪が柔らかさだけでなく、好きな人の身体だから触ってて嬉しいんだと思う。デブ専の人が、いとしい人が太っていたら、そのぶんだけ世界にその人が存在する割合が増えるのが嬉しいと言うけれど、それは確かに、今実感を以って理解した。
「勇利……柔らかい…………」
「えっ、え?」
「おかえり勇利」
「うん、ただいま……」
「勇利、幻滅なんてしないよ」
「ありがとう……でも触るのはそこまでにして」
さっきまでぺたぺた好きなように触っていたのを素直に切り上げてしまったのが逆に拍子抜けしたのか、呆けた顔をしている。そのふくよかになり過ぎた頬の丸みが余すことなくかわいい。狸みたいで。
「私は勇利が嫌がることはしないよ」
雨戸を立てたままで、薄暗い室内で二人で居ると変な気を起こしそうになるが、まだ昼間だし階下にはご両親やお姉さんまで居る部屋で盛ろうだなんて、そんな真似はしない。傷心につけこまなくとも、勇利は帰ってきたのだからこれから思う存分プニプニすればいい。
「加奈子は、僕が太っている方が好き?」
いつもは弱いところを見せるなんて絶対嫌がるのに、あの大会の結果は相当堪えたらしい。確かに引っ込み思案だし、自分の意見を言うことは苦手だけど、強く在りたいという渇望は人一倍強いかっこいい人なんだ。それなのにしょんぼりとうつむいて。まるで小さいころのようだ。
「……また触ってるし」
「いや……これは……」
飽きもせずその顎を触るのが相当気に入らないらしく、機嫌を損ねてしまった。呆れを含んだ溜息が耳元をくすぐる。
「どんな勇利も好きだよぉ……ハァーー〜ー〜やわらかいーー」
「……ありがとう、加奈子」
「元気出してぇ……」
「うん……」
その肉の柔さに元気が出ているのは私の方だ。背中についただらしない肉も、腰回りについたたるんだ肉も、すべてが愛おしくて仕方ない。それを言葉にしたら馬鹿にしてるの?とか何とか言って、結局はプライドが高い、というか理想が高いところにあるからダイエットを始めるだろう。だからもう少しだけ、黙って堪能していることにする。
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5000hitゆのもと様リクエストです。
ありがとうございました。