「よう」
青い髪。
ヒスイ地方ではそう珍しくないのか、何か言われているとこはみたことがない。
「時空の裂け目から落ちてきたってえ話は聞いたが、もう少し聞かせてくれねえかな? おまえは誰だ? ここの人間じゃあないだろ」
お見通しというわけだ。

勘の鋭い男だとは思っていたがここまでだとは思わなかった。どこまで話していいかと思い悩んでいると、セキはニカ、と笑った。
「まあそう急に言われても難しいな。茶ァでも飲もうか? 最近な、トウキビっていう作物の余りもんで作る茶がうまいってんで評判なんだ」
私のいた時代の資料だと、トウモロコシが北海道に持ち込まれたのは明治時代。だいたいあってる。
誘われるままにお茶屋さん、といっても男女の逢引に使われる類の店だろう。見る目がなんだか、野次馬根性じみているというか。わかっていてついていったのはある程度セキのことを信頼しているから。順序を飛ばして突然襲ったりしないだろうという確信があった。


甘い団子とトウキビ茶がとても合う。砂糖だけの味付けが素朴でおいしい。
「おいしいか?」
「うん、おいしいよ」
「そりゃよかった」

それきり言葉が途切れてしまった。
何から話せばいいのかわからない。ここの世界の住人じゃないこと、実際セキが見ている姿とは別の姿で生きてきたこと、セキが見ている姿より年上であることなどなど。話そうと思えばたくさんあるが、何か一つ信じてもらえなかったらこれまで築いた信頼が崩れてしまう。
またよそものに戻ってしまう。
それが恐ろしくて、セキの顔色を伺っている。

「おまえ、ここの世界のものではないよな」
「えっ、う、うん。そうだよ」
「おまえの世界に、恋人を残してきたか?」
「いや、そんなことはない」
「ならいい。なあ、俺の妻にさ、なっちゃくれねえか」
「はっ!? えっ?!!」
「突然だもんな、無理もねえや」
そういってぽりぽりと頭をかくセキは少し頬を赤らめている。顔がいい男が赤面する様はいいなあ……。じゃなくて。
「いまセキが見てる姿は、ほんとうの私じゃなくて。ほんとうの私はこの姿より年上で、その」
「姿形のこと言ってんじゃない。俺は加奈子の魂に惚れてんだ」
「魂……?」
「ここのモンじゃないのによ、ここのモンのために危険を顧みず……いや、所々嫌がってたか。でも俺らやここのみんなのために命を張ってくれてんだ。そういうところに惚れてんだよ」
「そ、そっか。うん。でも急に結婚っていってもな……」
「嫌か?」
そういって眉根を寄せて首を傾げるセキ。いちいち表情が物憂げで、なんだか胸がじんじんする。好きってなんだろう、大切ってことかな。そうしたらわたしは、ここにいるみんなのことが好きだけど、その好きとはきっと違う、たったひとりだけを好きになる好きなんだと思う。それはわかる。わかるけども。
「嫌じゃないけど……」
「そこまで乗り気じゃなさそうだな。じゃあ、許嫁になるっていうのはどうだ」
「なにそれ」
「ったく、調子狂うな。結婚の約束をし合った仲、ってことだ。異人の言うことには、そういう仲ってことを示すために右手の薬指に指輪をするんだってよ」
「へえ、詳しいね」
「おれだってなあ、こういうこというの初めてなんだから調べてんだよ」
「そっかあ……」
照れながら言うセキを見るに、思いつきで言っているわけじゃなさそうだ。
「ほら、刀鍛冶のやつに無理言って作ってもらった」
そう言って桐の箱に入った銀色のリングに空色の石がはまった指輪を差し出してきた。
「かわいい」
「気に入ったから? よかった。調査団は激しい運動をするから、強い素材で作ってもらったんだ」
「セキもするの?」
「そういう風習らしいからなあ。あと単純におまえと揃いのものを身につけるのはうれしいからな」
「へ、へえ……」
照れ隠ししたままま答えたら変な声が出てしまった。セキと将来結婚する約束なんて、なんか途方もなくて現実味がない。
けれどセキは違うみたいだ。こうしてみんなにもわかる印でわたしを囲って、もうよそものじゃないと示してくれている。
それがたまらなく嬉しい。
「二年だ。もし二年以内におまえの気持ちが動かなかったら諦める。もちろんおまえに辛く当たったりなんかしないさ」
「わかった……」
こうして、奇妙な関係が始まった。終わりは見えていない。