「げ」
「うわっ……ひざし、お前教員やってたの?」
「そうだけど、晋、お前は何?」
「今日からこちらで働かせていただきますぅ」
「は?」

 元とはいえ好き同士で付き合っていた仲だし、別に普通に関われるさと思ったけどひざしはそうじゃないらしい。俺が発明科、ひざしがヒーロー科。そんで、彼氏。だった。人あたりのいいひざしの心底嫌そうな顔は胸を刺す。あんだけ変な人間への耐性が高そうな(ラジオという大衆相手の稼業という意味で)人が顔を顰めて再会を嫌がる俺って何……?と少しばかり傷ついてしまった。
付き合っているとき、そんな酷いことしたかなあと記憶の糸をまさぐる。高校なんて随分前だからわから……わからないでもない。そうだそういえば酷い振り方をしたんだった。っていうか俺の浮気で……別れたんだった……

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「うるせえなあ……お前の声、耳障りなくらいでかいんだよ」
 寝起きの頭にひざしの声はありがたくないとしても酷い言種だ。しかも俺のベッドには素っ裸の女と、使用済みゴム。何をしたかなんて一目瞭然だ。浮気の現場を抑えられたのに俺はなんだか他人事のように思えて、そしてなんともなさそうに、その辺に落ちてたヘアゴムで肩につくくらいまで伸ばした金髪を括っているひざしに怒りを覚えていた。浮気してたってわかったのに冷静で、最後まで俺だけがひざしのこと好きだったみたいで、ひどく苛立った。
「別に俺はなんでもいいよ。じゃあな晋」
「ああ」
 それだけ。なんだかんだ青春と呼ばれる期間付き合ったというのに、こんなにあっさり。自分から壊しておいて、ひざしの情を試すような行動をとったくせに。俺はひざしにどうして欲しかったんだろう。俺に縋って欲しかったのかな。頼りになる友達ができて、俺なんて捨てられると思ったからと過ぎてしまえばいくらだって言い訳はできる。本当は、一度の浮気を許してくれるくらいひざしを心の底から奪ってしまいたかったんだと思う。

=====
 まあそれも終わってしまえば過去と呼ばれる。
 そんなどうしようもない過去を何度も見送って人は大人になるっていうけど、俺のは見送った過去があまりに子供じみてて恥ずかしくなる。俺は幸いにも雄英の建物の大規模改修に呼ばれただけなので深く関わる必要がないってだけありがたいと思わないとならない。ただ、要塞じみた建物のため工期はかかる。それはありがたくない。俺の恥ずかしすぎる過去と共に立ち寄りたくない場所になってしまった俺の母校。
 ごく自然に授業を立ち聞きしていると、結構真面目に教員やっているふうだった。あのひざしと、相澤も教員になっているとはねえ……と妙に感慨深かった。

「晋さあ、立ち聞きするくらいなら普通に入ってきてもいいから」
「べ、べ、別に聞いてなんか」
「お前俺の個性まで忘れたか?」
 爆音だけじゃないんだった。完璧に忘れててため息つかれちゃった。日没が近い夕日はひざしのサングラスで光をゆがめ、俺の視界からひざしの目線を奪った。放課後の学校ってこんなにエモいんだな、今回も他人事みたいに思った。

「なんなんだよ。本当に」
「いや、お前も、相澤も教師って感じなんだなって」
「……文句あるのかよ」
「ないよ、全然。お前も相澤もいいやつだったから、向いてる」
「……晋、そんな殊勝なやつじゃなかった」
「そうか?」
 下手くそな笑顔を貼り付けて、それじゃとその場を去ろうとしたが、腕を掴まれてしまった。なんで引き留めるんだよ、と返そうとしたけど、振り返ったそのときみた表情が学生時代から全然変わらない、俺を責めもせず泣きすがるでもなく去って行ったひざしと同じ表情だったからあわてて付き合っていた頃宥めるときよくした行動をとってしまった。ひざしの両手を俺の両手で包んで俺の胸に当てる。俺の心臓の音がよく聞こえるように。

「どうした?」
「晋とはもう二度と会いたくなかった」
「……う、ごめんな。俺も仕事だからさ」
「あんな捨て方したのに、どのツラ下げて来てんだよ」
「……ひざしなんでもない感じで出てったじゃん」
「あんな状況で泣けるかよ」
「……ひざし、ごめん」
「許さねえ。ぜったい」
「だよな……」
 マジギレの声音で許さない、と言われてしまったらどうにもできない。まあひざしにとって許す義理もないな。でも許さないなら俺の手なんて簡単に振り払えるのに。そのままグーパンの一つでもくれてやれるのにそうしないのはひざしの優しさなんだろうか。でもその後の行動が付いてこないので顔を覗き込もうとしたら蹴られた。ああこの長くて細っこい脚をさすったことがあったなと思い出すなどした。
「あのあと泣いたの?」
「あ? 泣いたっつったら満足か?」
「……あの時の俺の行動が少し報われる」
「はあ?」
「ひざしは付き合ってても、他のみんなと同じふうに俺を扱ったじゃん。だから俺はひざしの特別だって思いたかった。特別だから、許してもらえる範囲が違うって証明したかった」

「晋…………お前、規格外のバカ。そして最低」
「そうだね、そう。バカ。最低」
「他にもっとやり方あっただろ」
「あったかもしれないけど、その時はそれしか思いつかなかった」
口から生まれたプレゼント・マイクをもってしても言葉を失なったらしい。何も言わずに俺を見つめている。
「……言いたいことがあるけど、俺からは言いたくねえ」
「俺たち、同じこと考えてるかも? 俺から言うのが筋だよね」
「……そうだ、晋が言え」

「ひざしさ、俺ともう一回付き合って?」
「…………しょうがねえな」

あの頃より伸びた金髪に触れ、髪留めを取るとなんかいい香りがした。女の子かよ。指で梳くのがあの頃から好きだった。光源があればそれを受けて太陽には太陽の、月には月の、輝きを返すのが好きだった。俺はこんなにもひざしのことが、好きだった。もう一度やり直す機会をもらったからには全力で愛していると伝えるしかないだろう。それが何よりうれしい。またひざしに好きと言っていい、その事実が。

お題は様

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