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彼我の差は埋めがたく、なんて慣用表現がある。
今となっては、正しくは、個性の発現が起きてから風化してしまったことばでもある。
違う個体である私たちの差が埋まるという前提があるからこそ、埋めようという発想が生まれる。少なくとも個性が発言する前わたしたちは、「ヒト」の形をしていた。
「ヒト」の形をしたものだけで組織をつくり、それでうまくいっていた。
個性と連動した形質を持つ子供が生まれたころから、急に多様性をもてはやしては賛美した。ちがうものを認めあうのは美しい、思いやりのあることだ。
裏を返すと、違いを理解せず排他に至れば社会の大多数の考え方から弾かれるばかりか、排除されるのは認めることをしないものということになる。
常闇踏陰。
最近はテレビでよく見る顔になってきている。母から聞いてもやれどこどこの事件は踏くんが、などど聞かされるのでどうやらヒーロー業はうまくいっているらしい。
小さいころは大して疑問も抱かず仲よく遊んでいた、というのは写真から読み取れる。
いつだったか、私に個性が発現しなかったころから会わなくなった……はずだ。
確か個性が発現しない八つ当たりを踏陰にして、それでも 圧倒的な力で私なんか言うことを聞かせることだって簡単なはずなのに、そうしなかった八つ当たり。
こんな出来損ないに生きる価値なんてないでしょ、かわいそうと思うならいま踏陰が私を殺して、だなんて情緒不安定にもほどがある。騒ぎを聞いた大人たちが私を家に連れて帰り、それっきり。まあ踏陰からしたら会いたくもない、頭がいかれた奴をわざわざ救いにくるほどヒーロー様は暇ではない。
今思い出すと少し恥ずかしいが、無個性として生きる意味が見いだせたかというとそうでもない。みんな何かしら、私にはないものがある。それは誰だってそうだと慰められることもある。けれどそれは個性がある人間からの、言い換えれば持っている側の人間の考えだ。卑屈で、救いようのない考えであることは理解している。
理解できて、きれいさっぱり、これから私は無個性だけどけなげに生きます、となるわけではない。私の、持たざる者の行き場のない怒りはふつふつと爆発の時を待っていた。
力を持った人間は大きく分けて二種類に分かれる。悪意を以てそれを使う人間と、善意を以てそれを使う人間だ。
今日の私は運悪く前者に当たってしまい、何と人質に取られている状態になっている。かんかん照りの太陽の下、首を腕で押さえられて頭には冷たい鉄の筒。ヒーローたちは一般人(この言い方も癪に障る。何様のつもりだ)を傷つけまいとひるんでいるようだ。
何百もの「かわいそう」「たすけなきゃ」「どうしよう」等々……物語る瞳が向けられてはじめて、私が今死の淵にいることを理解した。あっ、私死ぬのかな。と。
急に恐ろしくなり、冷や汗が噴き出るような錯覚に襲われる。無個性なのが恥ずかしくて、こんなふうに生まれてきた自分が嫌で嫌でたまらなかったのに、いざ死に直面すると全力で死から逃れたくなってしまった。恐怖に震える私を引きずって、犯人は路地裏を駆ける。
が、数歩進んだのちに見たのは地面に倒れ伏す犯人と、それを見下ろす私だ。
なんの衝撃も、痛みもなくそうなっていたから混乱してしまう。もしかして死んで……
「……加奈子か?」
「え……?踏陰……?」
念入りに昏倒していることを確かめて手錠をはめて、警察を待っているようだ。そういえば確か踏陰の個性は暗いところとかで便利だって聞いたことがある。久しぶりに会った幼馴染は、昔は私の方が大きくて踏陰のことを小鳥ちゃん呼ばわりしていたのに今は少しだけ追い抜かされている。
「怪我は」
「ないけど……」
「ならいい」
昔からべらべらしゃべるタイプではないけれど聞けば答えくらいは返してくれたはずだと思い、彼の顔の「異形」をまじまじと見ながら話しかける。
「助けてくれて、ありがとう」
「ああ」
「いろんな個性の人がたくさんいるんでしょ、雄英ヒーロー科って どう?楽しい?」
「まあ……そうだな」
「へえー、そうなんだ」
その時の言葉に他意はなかったが、踏陰としては何か引っかかったらしい。言葉を選んで、何かを言おうとしているようだ。
「その……加奈子」
「なに?」
「俺は、加奈子を可哀そうだと思ったり、価値が無いだなんて思ったことはない……だから」
「え?ごめんなんの話?」
「……まさか覚えていないだなんて言わないよな」
「…………ああ〜なんか思い出してきた、かも」
大きな大きなため息をついて、踏陰は小さく「元気そうでよかった、また機会があったら会おう」とだけ言って先輩たちと合流するからと言って帰って行った。私は警察の人と軽く話して、お母さんに迎えに来てもらうことになった。
あんなに圧倒的に強くて大人ぶってるのに、小さいころのケンカ(いいがかり?)を気にしていたんだと思うと、少し悪いことをしたかもという気になってきた。中学校のときの携帯と変わって無ければ連絡取れるはずだし、今度もうすこしゆっくりお話しがしたいよと誘ってもいいだろうか。羨ましすぎて潰れてしまうのか、育て続けたコンプレックスが爆発するのか、穏やかに雲の上の世界に思いを馳せることができるのか今はまだわからないけど、久しぶりに会った幼馴染の今に少しだけ興味がある。
今度お茶でもしようよ、と軽い気持ちで送ったショートメールが雄英女子にバレておもいっきり冷やかされたと溜息を聞くことになろうとは、ヒーローと言えどもコイバナのひとつやふたつするもんなんだと知ったのはもっとずっと後のことになる。
