勤務場所が自宅の事業主の私は、子守にうってつけだろうと考えたのかあのクソガキは。軒を貸して母屋を取られかねない。そんなとげとげした気持ちはチビたちの寝顔で吹き飛んでしまった。私も大概チョロい。ロディも思っているはずだ。イキがっている割にチョロいなって。
私のベッドを占領して眠る二人に上掛けをかけてやり、リビングに行くとロディがいた。前に会った時よりクマが濃いような気がする。
「バーのピークって何時までなの?」
「夜20時から朝2時ぐらいです……その後3時まで片付け」
「あーらら、大変そう。その後チビちゃんたちの送り出しかあ」
「……手は抜かないから平気ですよ」
「わかってるならいい」
溜まった洗い物を片付ける音や、洗濯物を畳む衣擦れの音。仕事中に聞くにはちょうどいいBGMだ。うとうとと船漕ぐくらいの余裕がありそうなのは気になるけど、帳尻が合うなら責めはしない。
「……ベッド使ってもいいよ。っていうかチビたちが使ってるんだけど」
小さくてかわいい鳥ちゃんにハグとキスをもらって悪い気はしない。鳥ちゃんはいつだってかわいい。私もキスを返す。なんでロディが恥ずかしがってるんだよ、と突っ込みたかったけど、スルーすることにした。
「う、平気です」
「そ」
確かにこの後夕食を作るとなると時間が足りないかもしれない。私は別にいつでもいいんだけど、チビたちがお腹をすかせるのは少しかわいそうに思える。ロディもそう考えているのか、眠そうな顔を洗って調理している。
チビたちは、美味しそうな匂いを嗅ぎつけたのかもそもそと布団を転げている。そっと頭を撫でると、目を覚ましてしまった。
「わ、ごめん」
「……いいの、加奈子お姉さん。もう一回撫でて」
促されるまま手を頭に伸ばすと、うれしそうな顔をするものだから気分がいい。ロロの方も僕も、というので二人同時に撫でてやった。どうしよう、かわいい。入れ込んでしまったら別れが辛くなるだけなのに。
二人を小脇に抱えて食卓に着くと、ロディが目をまんまるくしている。
「加奈子さん、そういうことしなさそうなのに」
「うるさいな……」
悔しいけどメシは超うまい。人が作ったメシは大抵うまいけど、特別うまい気がする。栄養バランスなんて考えたことなかったけど小さなサラダまでついてきて、カフェで毎日高いメシを食べるより随分いい。
洗い物をしながらいよいよ眠りそうだったので、バイトの時間までベッドを使わせることにした。つくづく甘いが、チビどもの懇願にはどうしても弱い。
「……すみません、ちゃんとできなくて」
「とか言いながらも今日のタスクは全部片付けたろ。寝てろよ」
「三十分くらい寝たらロロとララを送ってきます」
「……今日はうちに泊まらせてもいい」
恥ずかしくなるくらい甘いが、ふらふらになりながら弟妹に苦労させまいと奮闘する兄の姿は、ドラマで見ると鼻で笑いたくなるが、目の前でやられるとどうしても情が湧いてしまう。湧くような情がまだあったのか。
「ありがとうございます」
「早く寝ろ」
「はい」
兄の寝入りを見届けた弟妹は学校ででた宿題をするというのでリビングを明け渡すと、コソコソとわからないね、お兄ちゃんには聞けないし……という。
「加奈子お姉さん……」
「……私にはそんな学ないぞ」
「でもお仕事してる」
「算数はわかるけど、国語は本当に」
「いいの、見てほしい……」
「……」
結局二人に挟まれてああでもないこうでもないとやっているうちに、どうにか解決できた。初等教育ですらこのザマだ。コンプレックスを刺激されるけれど、助けを求める目を無碍にできなかった。
「あ、お兄ちゃん」
「……おはよお……」
顔色がドブ色のロディがのそのそと寝室から出てきた。二人は口々に心配だというけれど、なんとか出勤しようとしている。
「……一応さ、体温測れば」
差し出した体温計を無言で受け取って脇に挟む。結構余裕がないのかもしれない。水道水を呷り、大きなため息をついたロディに、今日は休めばと言っても首を横に振る。
「なんでそんなに金がいる?」
「……二人の高校の学費の積立と、俺の学費」
熱が上がってきてしまったのか、肩で息をしているロディに市販の風邪薬を押しつけると素直に飲んでいる。毒かを疑わないと寿命が縮むぞと思ったけれど、黙っていることにした。
「あー……奨学金は?」
「来月試験があって、それに受かれば」
「熱あるのに行っても迷惑だろ。店だって」
「……そうだよな」
「保護者のフリして電話してやろうか」
「女親がいないのは知られてる」
横になったまま電話をかける兄を心配そうに見つめるチビどもを寝室に追いやり、今日はここで寝なさいと言い聞かせる。
「お兄ちゃんは?」
「床で寝かせる……嘘だよ、ソファで寝かせる」
「加奈子お姉さんは?」
「寝るとこないから、一緒に寝てもいい?」
「「いいよ!」」
なんていい返事。大きなベッド買っておいてよかった。
「なんだって?」
「今日は休んでいいって。明日は電話しろって」
「そう、よかったね」
「薬、ありがとうございます」
「いいえ。ソファで寝な」
どうにかソファに寝転がったという様子のロディ。氷枕が冷凍庫の底にあったはずなので漁ると、案の定古臭い氷枕が鎮座していた。タオルに包んでくれてやると、何か憎まれ口を叩こうとしたらしいが黙って受け取ることにしたらしい。
「寝汗えぐいことになるでしょ。スウェット貸してあげる」
「……」
動きがもたもたしている。相当つらそうだけれど、してあげられることはそう多くない。心配そうに兄をみるチビたちに、大丈夫だからもう寝なさいというと、素直に眠りについたらしい。夜二十二時に近い。もう眠かったのだろう。
髪を解いてソファにもたれたまま、こっちに猜疑の目を向ける。まだそんな余裕があったのかと嘆息で返した。
「加奈子さんが優しいと、こわい」
「ビョーキのガキ取って食うような真似しない」
「ほんと?」
「ほんと。さっさと寝ろ」
糸が切れるように眠ったので、思わず呼吸を確認してしまった。流石に自宅で死人が出るのは目覚めが悪い。穏やかな呼吸に安心してベッドに向かうと、めちゃめちゃな寝相の二人。どこで寝ろっていうんだよ、とぶちぶちいいながら片隅に潜り込んだ。うとうとしだした途端脇腹にキレイに蹴り(無意識)が決まった時には全員追い出してやろうと拳を振り上げて、やめた。
