女が男を買うなんて珍しくもない時代だし、私に遵法意識がそれほどあるわけではない。けれど自分がされて嫌だったから未成年は買わない主義がある。店側がこちらを謀ろうとしたり、売り手自身が偽っている時はどうしようもない時もあるともいえる。それにいちいち取り締まるほど本邦の警察は暇ではない。だからと言って、受け入れてしまうのも気持ちの落とし所がつかない。
偽物の身分証にライターで点火し、流しに放り込んだ。本物の身分証にはまだあどけない少年の姿が写っている。最近の画像編集技術には脱帽する。こんなの普通に見てたらわからない。
「未成年じゃねえか、帰れ」
「……騙したのは謝ります。けど稼ぎがないと兄弟が食っていけなくて」
「知るか。お前の事情なんて」
冷たく言い捨てて、タバコを消した。実際売春しているようなガキの事情を汲んでいたらキリがない。同情を乞おうだなんて甘ちゃんのバカだ。そんなバカつかまされている私も大概だが。小さくてかわいい鳥がぴよぴよなんか言ってるけど、タバコの火を近づけたら逃げていった。怯えててかわいい。
「……うち来てください。メシ作りますから」
「は?」
「俺メシ作るのうまいですし、きっと気に入ります」
「随分な自信だな……うちで作れよ。兄弟とやらも呼んでいい」
「本当ですか……?」
「私の気が変わらないうちに」
「はいっ!」
まだ金も払ってないしすることもしていないので逃げられるにしてもそれはそれでいい。そのくらいの気持ちでガキを逃したけれど、材料と弟妹とともに我が家にやってきた。
「おねえさん、だあれ?」
この街に染まっていなさそうな子供を見るのは珍しい。誰も彼もがドブみたいな目をしているからすぐにわかるけれど、この子はまだそうなっていなさそうだった。
「私はね、わるーいお姉さん」
「えっ!」
警戒の色をあらわにしたチビが妙に可愛らしくて、名前を聞いた。ロロ・ソウルと、ララ・ソウル。聞いてもすぐに忘れるけれど、なんとなく。
「そっちのデカいガキは」
「ロディ、ロディ・ソウル」
「ふーん……」
「お姉さんは」
「加奈子」
「本名?」
「一応」
「珍しい。こういう仕事で本名教えてくれる人初めて」
「お前みたいなミソッカスのガキ警戒してもしょうがねえってことだよ」
「……」
過小に扱われることが気に障ったのか会話は途切れた。小さなガキ二人が騒がしくしているから険悪な空気はかき消される。
「デカいガキの弟妹はかわいいな」
「お兄ちゃんもかわいいよ?」
「それは私が決める」
「そっかあ……?」
「私にも弟妹がいたんだ……死んだけど」
「どうして死んじゃったの?」
「どうもこうもないよ。私の客だった奴に殺された。しょうもないことで気に障ったとかで、銃で、パンとな」
「うぅ……」
「加奈子さん、二人の前で」
「悪い……つい感傷的になったっていうか」
「メシにしましょう」
「おらガキ、お前らの兄さんがメシ作ってくれたぞ」
「材料費は加奈子さんが出してくれた」
律儀にそんなこと言わないでもいいのに、ここのガキにしてはお育ちが良すぎる。身なりもそんなに汚くないし。この街ではそう珍しくないが、落ちぶれた金持ちとかだろう。
「うま」
「でしょう。加奈子さん、毎日食べたくないですか?美味いメシ」
「……食べたいけど」
「じゃあ契約しましょう。メシ食わしてください、作りますから。家事も全部やります……その、そういうことも、希望があれば」
「ほお……いくらで?」
「このくらいでどうですか?」
出してきた旧型のスマホ画面を見ると、法外な価格が提示された。
「高い。舐めるなよガキが」
「……じゃあこのくらい」
さっきのは成功すれば御の字くらいの気持ちで提示したのだろう。今度は妥当か少し安いくらいの価格が提示された。
「まあ、いいだろう……マジで家事全部だからな」
「大丈夫です。バーのバイトがランチとディナーのピークタイムだから」
「ふーん。まあやってみれば。手ェ抜いたりしてみろ。即追い出すからな」
「わかってますって……お願いできたら、チビたち学校からこっちにおいてもいいですか……」
うちは託児所じゃねえんだぞ甘えんなガキ少しいい顔してやったら調子に乗って、と喉元まで出かかったが、つい自分の少女時代を思い出して言葉に詰まった。大人がそばにいて欲しかった。守られて生きていたかった。見捨てられたように生きていたくなかった。
今思い返してみれば私の生い立ちに何かあると目星をつけて、付け入ろうとしたのだろうけどなかなかいい読みだ。ロディの読み通り、私は頼る先のなさそうなチビたちが少しばかり心配だった。
「……しょうがねえな」
「やった! そしたら加奈子さん、そのだらしない格好やめてください。そ、その……見えてますから、胸」
妹の方がどこから引っ張り出してきたか知らない上着を持ってきたので素直に羽織ってしまった。悔しいけどチビの前で根性焼きや瓶で殴るなどはできない。なんで小さくてかわいい鳥が恥ずかしがってるんだよ、と言いたかったけど鳥に絡む趣味はない。
「ロロ、ララ。明日から学校が終わったらお姉さんのおうちに行きなさい」
「「うん!」」
チビの元気な声に、私が少女時代にされたかったことが蘇っては消える。感傷に呑まれる前に息がしたい。チビどもが私の表情を見てか、残ったコーラをこちらに差し出してきた。ガキの頃、コーラなんて奪い合いで他人に差し出そうだなんて思ってもみないことだろうに。やはりこのガキどもはこの街で生まれたわけではなさそうだ。
「ありがとう、気持ちだけもらっておくよ」
「いいの?加奈子お姉さん、つらそう」
「お姉さんはいつだって辛いなって思うよ」
「えーっ!大変、何?病院?デザート?絵本読む?」
「はは、ありがとう。デザートがいいな」
チビたちは兄を見、兄は冷蔵庫を開けてよく熟れたマンゴーを取り出した。
「今日はスポンサーがいるのでフルーツがあります」
「わあーっ!!」
「スポンサーって、私かよ」
「他に誰がいるんすか……高くて買えないんです。フルーツ」
「……いいけどさ」
結局弟妹どもにマンゴーを口に突っ込まれ(アーンしてあげる!とのこと)えづくなどしたが、こんなに騒がしくて……得難い食卓は久しぶりだった。随分昔に失った家族と囲んだ食卓のことを思い出してしまう。なんだか今日は私らしくない。他人に甘くて、自分の弱いところを曝け出して。本当の私らしさがこっちなのかもしれないけど、それを判断できる要因が少なすぎるので手づまりだ。
