※原作程度の差別表現あり

女などに縁はない人生であるとわかっていた。
不具の両目を戴いたときから、眼病ではないとわかっていても光を失うのは誰もが恐れることであり、忌避の対象になることには慣れていた。
 縁談を勧められることもなかった。親戚に不具の男を招き入れたいやつなど結局一人もいないのだ。それに文句を言うつもりはない。寂しさという感情が形を持ったこともない。最初からないものを失いようがないし、失う苦しみを味わうこともない。寂しくないか?適当な女を金で買ってそばに置けよと口さがない同僚に投げかけられることもあるが、私の普段の言動から察するに金で買ったとしても長持ちしないと合点がいった様子で無理かと呟く。そんなことが何度かあった後に、私生活に口を出してくるような輩はいなくなっていった。
 そんな折、ある貴族……とは言っても没落、と頭につくような貴族から縁談の申し入れがあった。女性側の親族から申し入れることは形式上珍しく、よほど金策に飢えているらしかった。娘の婚礼で新たな支配層になるであろう方につこうというのは利口だが。
「これはこれはオーベルシュタイン大佐殿。この度は機会をいただきありがとうございます。結婚とは名ばかりで、別に女を作ってもようございます。下女が一人増えるとご認識いただければ幸いでございます」
 張り付いた笑顔の下には侮蔑が潜んでいる。それくらいわからぬ私ではない。要はこの娘と子を作るなお前の不具が遺伝するから。けどもうまい汁は吸いたいので妻とせよ、ということだ。
 案の定というべきか、好いた男と添い遂げ子をもうけたいとこの銀河の全ての女のささやかな願いすら叶わない娘の手は、こちらから見ていても震えているのがわかる。哀れみなど抱かないが、目の見える範囲で怯えている人間がいるというのも気分がいいものではない。
 娘は加奈子と名乗った。年は23になったばかりだという。
 この家のことは使用人夫妻に聞くこと、それだけ申し付けるとうなづき、重い荷物を抱えて階段を登ろうとした。
「それくらいはしてやる」
「い、いいえ……大佐殿には失礼のないようにと父から」
「お前の父から、私に嫁ぐのなら私のいうことを聞くべきではないのか」
「はい……大佐殿」
 娘は荷物をあらかた解いた後、使用人夫妻に用がないか聞きに行ったらしいが、貴族のお嬢さんに下女の真似事はさせられないと断られたらしい。使用人の方からも、お嬢さんなんですからもう少し手心というかと小言を言われてしまった。大佐殿、と私をさして言ったことも使用人の婦人の方から名ばかりとはいえ奥方になられる方ですと、あまり口を出す方ではないのだが、言われてしまった。
「加奈子」
「は、はい! 大佐殿、何か御用でしょうか」
「大佐殿というのはやめろ。お前は名目は妻なのだぞ。外聞が悪い」
「では……旦那様」
 女というものは理解の範疇外にいる生き物で、なぜ呼び名が変わるだけで微笑むのか理解に苦しむ。けれど、これで最低限夫婦として過ごすことはできるだろうと思う。人が一人増えただけで眩暈がするほどの億劫な出来事が増えて気が滅入る。これで御前になぞでたなら同僚やこれまた口さがない貴族たちから物笑いの種になること間違いないのでさらに気が滅入る。
「旦那様、お顔の色が優れません」
「いつもこのような顔だ」
「いいえ、いいえ。ローエングラム様のおそばにおられる時は少しばかりうれしそうでございます」
 没落とはいえ貴族、人の顔色を伺うことには慣れているのかもしれない。加奈子は屋敷を探索し終えたようで、本を借りたいだの庭に花を植えたいだの言っている。好きにしろ、許可を取る必要はないと言うと、また微笑む。


「とまあ、こんな様子で、あなたも若い頃はツンとしててそりゃあ怖かったものです」
「あの時あんなに怯えて震えていた小娘がこんな図々しい女になるとはな」
「あら、図々しいのではなくて慣れていったのですよ」
 時には昔の話に花を咲かせるのも良いかもしれない。本を読むだけの休暇は加奈子を娶ってからはほぼなくなった。パンを焼いたから食べろだの、花が咲いたから見ろだのとにかくこちらを構って離さなかった。
 加奈子はもう長くない。医師に言わせれば今生きて会話をしていられるのが奇跡だそうだ。私の手を握る手は震え、私に小言を言うタイミングで強く握っているつもりらしいが、それも弱々しい。
 程なくして、亡くなった。二つ買った食器類、毒々しい色合いで、全く私の趣味ではない手芸品の数々、彼女の残滓がこの屋敷中に残っている。彼女が初めて刺繍して、私にくれたガタガタで見るに耐えないつがいの鳥を優しく撫でる。私は長い時間をかけて、孤独というものを学んだらしい。

お題はGarnet様

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