一度も雪が降らない日の方が少ないこの国において、ひとつの定説がある。雪に囲まれた国は日照時間が短く、その結果として気が滅入りやすいとのことである。実際に国外に転居した人は落ち込みやすい気質が徐々に改善したという。
その上、王は民を虐げるとなると国から逃げる選択肢が浮上してくる家庭がほとんど立ったらしく、国を捨てる人が後を立たなかった。俺は貧乏だったし、ドルトンを捨てて逃げるという選択肢が浮かばなかったことから、この国に残っている。健康には人一倍気をつけて。
俺とドルトンは昔からの付き合いで、近所に住んでいるチビっ子はみんな俺の手下だったから、ドルトンも近所のやつに連れられてその仲間に入ったのだが、まあ結局は威張り散らしているガキ大将の俺に嫌気がさしたみんながドルトンと遊ぶようになり、俺は徐々に遠巻きにされていったのだ。今でも覚えている。俺を遠くから眺める、少し前まで俺のことを誉めそやしていた奴ら。そして、晋も一緒に遊ぼう、みんなもいいだろうと俺を見下す幼きドルトン。苦い思い出であり、少年の頃の瑕の一つだ。
そんな俺らは、なんの因果か俺が酒に溺れてしまった後の引き取り人としてドルトンが来てくれたということになっている。昔から委員長気質だった奴が落ちこぼれた俺を引き取るのはどれだけ皆に清く映っただろうか。
奴はみんなが思っているほど清く正しく美しくなんてない。むしろどこまでも人間で、人間であるが故に愚かだ。だって料理用のワインですら空にしてしまう俺をすすんで介護するなんて正気の沙汰じゃないだろう。もうやめてくれ、死なせてくれと懇願しても許された試しはない。
「なんで俺を生かすんだ、ドルトン」
アルコールでドロドロになった脳は深層心理だけを吐き出す仕様になったらしい。俺は幾度くりかえしたかわからない問いをドルトンに投げかけた。決まって教科書通りの回答がくるだけなのだから特段意識せずに酔い覚ましに淹れてもらったハーブティを流し込む。
「俺が、お前に死んでほしくないからだよ」
「は?」
「なんでもない。忘れてくれ」
「いやだ。なんだその回答初めてだな」
「ほら晋、寝る時間だぞベッドに行きなさい」
「お前は親か!」
ブツブツ文句を言いながらも、酔いが回っているうちに眠りにつくのは最高に気持ちいいから逆らうつもりはない。俺がどんなにぐちゃぐちゃにしても俺が寝る頃にはきっちり整っているベッドに少し怖気がする。お前は俺の妻か。
「なんで死んでほしくないの。ねえ」
「子守唄がいるか?」
「いらん。おやすみなさいのキスはいる」
これはひとつの鎌かけだ。些細ないたずらのうちの一つだった。そのはずだったのに、ドルトンの反応ときたら。こんな暖かい室内で耳まで赤くして。なんだ、俺の読みは当たりだったのか。喉奥でくつくつと鳴る人の悪い笑みしか浮かんでこない。
「そうかあ、ドルトン、そういうことだったのかあ」
「軽蔑するか?」
「いいや? 実に人間らしくて良いことだと思うぜ」
「……」
「そんな怖い顔すんなって。俺はやさしいぜ?」
「そうとは思えん」
「信用ねえなぁ……それはそうとして、お前がその気なら早くいってくれればよかったのに」
「絶対に嫌だ」
「どうして」
「お前の生活が俺なしで立ち行かなくなるまで待たないと、お前はすぐ女の尻を追いかけていってしまうだろう」
「よくわかってんじゃねえか……っていうか、さらっとすごいこと言ったな」
「今まで気づかない方がおかしいのでは?」
「言ったな、泣き虫ドルトン。お前をベッドの上で啼かせるのは俺だってこと忘れんなよ……ってそんなレベルのシモ会話で照れてたらこの先何年かか " るんだよ」
「……待っていてはくれないのか?」
「う……そう言われちゃあ、しょうがねえな。待ってやらんこともない」
ホッと胸をなでおろしたであろうドルトンをもう少しからかってやりたいけど、眠気に勝てそうにない。おやすみのキスを俺からしてやったら目を白黒させていた。面白いオモチャを見つけた時のようなワクワク感が蘇ってきて、俺のアルコールに浸された脳を刺激し、眠りに落としていった。
