「まだですか、お茶子ちゃん」
「もう少し。このもう少し上だよ」
はあはあと肩で息をするトガを励まして、上へ上へと目指す。私は花のほかに桶に水を汲んで持っている。誰のお墓なんですか、とぶちぶち言いながらもトガは歩む。
緑谷家ノ墓。
その表示を見、そして墓誌に戒名ではなく生前の名前緑谷出久を認めたトガは墓の前に座り込み、なるほどとつぶやいた。
「お茶子ちゃんは、デクくんのお墓に連れてきたかったんですね」
「私とトガだけが共有できる気持ちがあるよね。私はそれを一人で抱えすぎててさ……膿んじゃってる。だからトガにも……ここにきてほしくて」
「つらい気持ちを分かち合いたかった?」
「そ、そんなんじゃ……いや、そうかも……」
「いいんですよ。ここにはトガしかいません。ヒーローウラビディもいません。麗日お茶子と渡我被身子だけいます」
「…………トガは、デクくんが亡くなったって知ってどう?」
「どう? 私はデクくんに拒絶されています。失恋してるんです。なので昔の男みたいな感覚ですね。あー死んじゃったのかーとは思っても引きずらない」
「そっか……」
「お茶子ちゃんはデクくんに好きと言いましたか?」
「……いや私はデクくんに好きとかじゃなくて」
「お茶子ちゃんがそういうなら、それでもいいのですが」
「……好き、好きだったな……」
だった、と過去のものにしたのは、そうでもしないとさびしくて行き場がない気持ちが重たすぎてつらいから。いまでも好き言えないのはひとえに私がいくじなしだからだ。もうデクくんがいない世界で生きていくのがつらい。そう零してしまえたらどんなに楽か。けどヒーローウラビディと私はどんなに頑張っても切り離せなくて、麗日お茶子が苦しんで泣いていても、ヒーローウラビディはかわいくかっこよく強くあらねばならなかったのだった。
デクくんがただの青春の疵で、そのまま好きだったひととして処理できていたらよかったのだけど、そうもいかなかった。私を含めて、人の気持ちだけはどうにもできない。
「傷は、膿を出してあげないといけないんですよ」
「知ってるよ……」
「お茶子ちゃんができないなら、トガがやってあげます」
トガは突然立ち上がり、私の鞄を遠慮なくあさると線香とライターを取り出し、火をつけた。私に半分分け、供えろという。
「デクくん。こんにちは。トガです。デクくんがいなくなってからもう五年も経ってたんだね。お茶子ちゃんはトガがもらうので、デクくんに会いに来るのはお盆の時だけです。それじゃ、お茶子ちゃんはわたしがいただいた!」
トガは言うだけいうと、お墓のてっぺんから桶で水をぶちまけて、私の手を取って走り出した。
「ち、ちょっ、トガ」
「お姫様を攫うのは悪役のつとめです。デク王子からお茶子姫を攫うわるーいトガにお茶子ちゃんはなすすべなく攫われてしまうのでした。おしまい」
「勝手に初めて勝手に終わった!」
「うふふ、これからは悪役のトガとお姫様お茶子ちゃんのめくるめくほんわかライフなのであった」
「なにそれ、ふふ、ウケる」
「でしょ。……デクくんのこと忘れろとは言いません。でもデクくんは毎月マメにやってくるお茶子ちゃんのこと心配すると思います。死んだ僕のことを気にかけてくれるのはうれしいけど、お茶子ちゃんの人生を生きてほしいってデクくんならいうと思います」
「……トガとここに来れてよかった」
「そう?」
「うん。褒めてつかわす。帰りにケーキ買って帰ろう」
「わあい!」
短くなったトガの後髪の毛先がマフラーに埋もれている。マフラーもコートも服も買ってやらないといけない。となるとぼやぼやしてもいられない。
「今日はお買い物に行こうか。トガにもコートや下着、好みのシャンプーとかあるでしょ」
「そういうこと、大事にしてもいいのですか?」
「いいよ。大事にできなかった時期もあるけど、今からそうしていけばいいよね」
「うんっ! コートはAラインのコートがいいです。それに短い髪に合うヘアアクセがほしいし、ピアスもあけてみたいです」
「なんでもやったらいいよ」
「やったー!」
ショッピングモールを急いで探すトガのあとをついていく。行きに比べて足取りが軽いような気がする。ずっと曇り空だった雲間に光が差して、まるで私たちの門出を応援してくれているかのようだ。もしかしてデクくんが頑張れって言っているかもしれない。頑張れって感じの、デク。でもねデクくん。もう頑張らなくてもいいんだよって墓前で言ってあげればよかった。ずっと一生懸命で、ヒーローになりたかったデクくんが新しい出会いをくれた。今度は頑張れって感じの麗日お茶子かもしれない。もう少しだけ頑張ってみるよ、とお墓の方向を向いて一瞬手を合わせた。
「はーやーくー」
「はいはい」
降りた幕が再び上がり、私は舞台に立つ。今まで長いこと一人でいたけど、これからは二人だ。奇妙な縁だけど、大切にしたい。
お題は天文学様
2022/7/29
