「ミリオ……その、女子っぽいハンドクリームはなに……?」
「女子っぽい、っていうのはよくないと思うけど本題じゃないのでスルーするね。これは親戚のお姉さんの結婚式でもらったんだ」
「へぇ……ちょっと塗ってみたい」
「どうぞ」
かわいらしいデザインのチューブから普段使っているものとはなにもかも違う香りに驚いてしまった。夢中で刷り込んでいると、割れた指先がしっとり潤っているような気がする。ハンドクリームとかリップクリームってなんとなく、恥ずかしいんだけどそんなことも言ってられないくらいいい香り。
「……うぉっ……ミリオ……これ、俺も欲しいっ……!」
「すごく深刻そうな顔。行こうか? どこに売ってるんだろう。じ、じるすちゅあーと」
「……ググったかんじだと、百貨店のコスメフロア」
「ハードル高。波動さんついてきてくれるかな」
波動さんに打診したところ、面白いから二人で行きなよと言われてしまった。俺は無駄に怯えながら電車を乗り継いで、百貨店に向かった。ミリオはなんでもない様子で、すいすいと人ごみをかき分けていく。
「いまヴィラン騒動があって景気低迷してるし化粧品買う余裕がなくて、空いてるかも」
「それはそれで悲しい」
「わかる」
そんなことを話しながらエレベーターで化粧品フロアに着いたが、気後れしてしまい化粧品フロアは目的じゃありませんよというふうに階下へのエレベーターに向かってしまった。
「待って待って」
「で、でも人……知らない女性が……」
「大丈夫、行こう」
「えーっ」
ミリオは女性たちから頭ひとつ出ていて見つけやすいので追いかけるのは簡単だった。なんかみんなキラキラしていて、別の世界の住人みたいだった。
「ほらっ、ついたよ」
「あっ……そのハンドクリーム、めちゃくちゃいいにおいのやつがあって……」
「ありがとうございます〜! なんかお試しして行かれますか?」
「い、いいんですか?」
「どうぞ〜」
うすむらさきのお姫様用のハンドクリームみたいなパッケージから出てくるハンドクリームはこれまたほにゃほにゃになるくらいいい香りで、店員さんに笑われてしまった。
「そんなにうれしそうにしてくださるなんて、販売員冥利に尽きます」
あれこれ試させてもらい、やっと決めた。普段使ってるハンドクリームの五倍ぐらいの値段がするけど、納得できる。
甘いけどくどくない、やさしいラベンダーの香りがする手を嗅いでしまって、ミリオが訝しげにみてくる。
「な、なに」
「いやかわいいな〜って」
「ミリオもかわいかった。人混みに呑まれそうで呑まれないところが」
「謎が多い判定だけどまあいいや。なんか食べてく?」
「食べる。なんか、家で作るようなパンケーキじゃなくて立体的なパンケーキが食べたい」
「り、立体的……」
「スフレパンケーキだ」
「ほんとだ。立体感あるね」
お店はまだお昼前だったのもあってすんなり入店できた。びっくりするほど女の子ばっかりで、ちょっと居心地が悪いけど女の子たちは俺たちのことなんか気にしてなくて安心する。
「パンケーキが出たら、パンケーキが出せるの?」
「出せないよ。卵の殻くらいな再現できるかもしれないけど。そりゃあ、俺だってパンケーキ出したいよ」
「そりゃあごめんよ。俺はこのいちごのやつにしようかな」
「間違いなくおいしいやつじゃん。俺はこの一生分のチョコかかってるみたいなやつ」
「いいねえ」
パンケーキを作っているキッチンがガラス張りになっているのもあって、パンケーキがふわふわにふくらんでいくところをぼんやり眺めていた。
「俺もパンケーキをあんなにふっくら焼けるようになりたい」
「ね。自宅でできたら生活豊かになるでしょ」
俺たちのパンケーキが運ばれてきた途端、うれしくって声を上げてしまった。パンケーキの写真だけ撮るふりをしてミリオもおさめた。
「びっくりするぐらいおいしい」
いつになく真面目な顔するからドギマギしちゃったこっちが恥ずかしい。
「都会だからかな」
「そうかも」
もくもくと食べ進めて、満足して帰路についた。まだ日が高いけど、放課後にファットガム事務所の後輩たちに呼ばれている。名残惜しさを感じながら電に揺られた。
「また行こうね」
「いいよ、行こう」
あと何回一緒に行けるかとか、考えたらきりがないけど黙っていた。ミリオも同じ気持ちだといいな。名残惜しくて、離れがたくあってほしい。でも関係を続けようと努力する限り一緒にいれると信じている。
2022/11/2
