遠くで祭囃子が聞こえる。
小三でミリオに出会う前はクラスの誰々がいるからと理由をつけて行ってみたことはなかったけど、それ以降は毎年行っていた。今年はヴィラン連合との戦いで民間団体もそれどころじゃ無いっていうことで規模縮小になった。しょうがないことだとはわかっているけれど、寂しい。少しずつ日常が剥ぎ取られていくようで、背中がぞわぞわ寒くなる感じがする。
「来年はいけるようになるといいね」
「うん」
エリちゃんはお祭りに行きたいと珍しくわがままを言ったらしく、相澤先生が困っていた。今まで我慢しすぎた分を取り返すように少しずつ自分がこうしたい、ああしたいを出しているらしい。いじましさに涙が出る。何か些細なことでも叶えてあげたいと思うけれど、できることは少ない。
「あ」
「何?」
「俺と、環と、エリちゃんでお祭りに行こう」
泣き疲れて眠った様子のエリちゃんと、肩口がぐっしょり濡れている相澤先生というみててほんわかする組み合わせに声をかけた。最初こそ訝しんでいた様子の先生も、意地悪して行かせないというのは当然と言った様子で俺たちに預けてくれた。相澤先生が着付けたという浴衣を着て眠るエリちゃんを抱えて歩くミリオ。祭囃子が近づくと、エリちゃんが目を覚ました。
「え、え?」
「今日はね、先生がエリちゃんをデートに誘っていいって言ったんだ」
「わ、やったあ!!!」
俺とミリオを一瞬で振り切っていなくなる……その寸前で止めて環から手を離さないでね、迷子になったら環泣いちゃうからというとエリちゃんは環さんは私が守るからねと勇ましいお言葉をくれた。
エリちゃんは、水飴だ、ヨーヨー釣りだのと満喫しているようだった。彼女にとって初めてのお祭りだそうだ。俺が初めてミリオに連れられてお祭りに行った時のことをずっと覚えていたように、エリちゃんも人生初めてのお祭りのことを覚えていてくれるだろうか。
「こら! 環さん!エリから離れたらダメだよ!」
「う、ごめん」
「いいよ、ほらおてて」
ずい、と差し出された小さな手を握り返して、ミリオがいる方に歩き出す。すると内緒話だということでかがめと言われた。
「あのね、エリね、先生にお土産買いたいの。でもね、エリのおかねじゃなくて先生のお金じゃやなの」
「うーん、じゃあ、そうだな……今日エリちゃんは環を見守ってくれたから、俺からバイト代をあげるよ」
「ありがとう!先生は何が好きかな」
「うーん、エリちゃんがくれるものなら何でもうれしいと思うよ」
「そうかな……じゃあ、カステラにしよう。かわいいからうれしいと思う」
「よーし、じゃあ買いにいこう」
「環さん!おてて離しちゃダメだよ。ちゃんとエリについてきて」
「はい……」
「いいお返事は先生に褒められるよ」
濃いピンク色の帯を揺らして俺の手を引くエリちゃん。結果として迷子になったりしなくてよかった。完全に舎弟のような扱いなのはさておき。
お土産のカステラを買って、意気揚々と雄英高校に帰還した。校門の前では相澤先生の出迎え付きで。自分のバイト代で買ったカステラを渡して、ご満悦だ。先生ちょっと涙ぐんでいたような気がする。
「二人ともありがとな」
疲れて眠ってしまったエリちゃんを抱えて教員室に戻る先生はどっからみてもバツイチパパだねなんて、先生が去ってからこっそり話した。
「お祭りの焼きそばってあんなに味濃いのに、なんで食べたくなるんだろ」
「そりゃあ、その雰囲気を調味料に食べてるんじゃないの?」
「そうかな、まあ、環が楽しそうだったからいいや」
「む、なんか一段上からの物言いだな」
「そんなことないって。また来年も行こう」
「いいよ」
来年のことなんて、誰にも分からない。生きているかすら分からないことなんてわかっているのに俺たちは口約束を取り付ける。破れたら、悲しすぎる約束を取り付けては、今年も約束を果たせたと一安心する。ヒーローとしての生き方を選んだ以上、避けようと思っていても命の危険からは避けられない。けれど約束くらいは取り付ける。来年もこうしてお祭りに行けますようにと、おまじない。
お題はalkalism様
2022/11/5
