終わってしまうまでは、俺らはなにか他からは見えない絆でつながって、その絆は永久に消えないし傷つかないと思っていた。どんな形であれ、高校で野球をすることを志したときに与えられる運命は、勝つか負けるか、または甲子園に出たか出なかったか、そして甲子園で優勝したか否か、である。
二つ目までは叶えた。最後のひとつは、叶わなかった。雅さんは成宮でだめだったら、しょうがないってインタビューで言っていたけれど、果たして。雅さんが大人の対応をしてあのときはああ言っただけだったら。もっとも信頼した仲間の心の奥底のやわらかいところを漁るようだが、冬を間近に感じるから、変にネガティブになってしまうのだろう。そうでなければ俺がこんなにねちっこいこと考えたりしない。
恥ずかしいことに、雅さんから俺に向けられる気持ちに、悪感情を残したまま卒業してほしくない、最高の仲間としての別れを、そしてその後の関係を築きたい。それほどに、俺のなかで雅さんという存在が大きいのだろう。
この前紅く色づいた紅葉を雅さんのノートにたっくさん挟んで怒られたばかりなのに、もう足元に散らばる葉は茶色くくすんでしまっている。
東京は雪があまり降らないけれど、若手寮のある千葉の辺りは雪が降るのだろうか。
制服のボタン貰おうかな、なんて考えていたら制服ごとおさがりくれるって言うから情緒があったもんじゃない。クリーニングには出さないでおいてって言わないと。クリーニングの店の裏でなにが起こっているか知る機会は無いが、あそこを通ることで原田雅功からのおさがりの制服から、だれかの中古制服になってしまうような気がする。
この次の春から、雅さんのぶっとい指が起用にネクタイを巻くところ見れなくなるんだなぁ、とかもう、全然俺らしくない。水分を喪ってぱりぱりと崩れる葉を踏み拉いて苛立ちを紛らわす。いなくならないで、もっとずっとおれとやきゅうをしようと駄々を捏ねることに意味がないことも叶うはずがないことも、そもそも実行する気はないことも自分が一番よく分かっている。
「まーささん」
雅さんはシャンプーもなにもこだわりが無いらしく、備え付けのシャンプーの匂いがする。化学的な、“さわかやな”香り。それと体臭が合わさって、雅さんんの匂いになる。
「なんだよ、もう消灯だぞ」
「わかってる」
「見てわからないか、忙しいんだよ」
キャッチャーミット磨くくらい喋りながらでもできるのに、他人を構うのが面倒なときは驚くほど雑な扱いをしてくる。泥を落とし、独特の香りがするオイルを塗りこんでゆく。
「じゃあそのままでいいから聞いててよ」
「あー」
生返事にしてもひどすぎる。興味のなさを前面に押し出してくる。
「あのさ、甲子園勝ちたかったね」
よける間もなく額をミットで小突かれた。小突くというより、もっと激しく叩かれた。怒っている風ではないけれど、機嫌が良い訳でもないらしい。
「何言ってやがる」
「センチメンタルなのー」
「それはな、言ってもしょうがないことだから言わないでいい」
「雅さんはあの時ああしておけば、とか考えたことない」
「ある」
「あるんだ」
あまりにストレートに後悔していると言われて足元が寒くなる。
「俺をなんだと思ってるんだ」
「なんか俺、雅さんに完璧なオトナ像を見てる気がする」
なに言ってるんだ、と今度は笑いながらオイル缶の蓋で眉間を押される。俺は本気で悩んでいるのに。
「俺だってお前より一個上なだけだから、迷ったり、後悔したりするさ。それでもあの時のインタビューのときのあの、成宮で負けたらってのは変わらないな。これは本当だ」
「ふーん」
「お前から言っておいて……だからお前嫌なんだよ」
照れ臭くなったのか、早く寝ろ、と蹴りだされてしまった。ひとつ、解決してしまうことで雅さんと俺のつながりが深くなったような。遠く離れたような。バッテリーの絆をたしかなものにしたくて奔走する俺は惨めなんだろうか。かわいそうなんだろうか。
2014/10/5
二つ目までは叶えた。最後のひとつは、叶わなかった。雅さんは成宮でだめだったら、しょうがないってインタビューで言っていたけれど、果たして。雅さんが大人の対応をしてあのときはああ言っただけだったら。もっとも信頼した仲間の心の奥底のやわらかいところを漁るようだが、冬を間近に感じるから、変にネガティブになってしまうのだろう。そうでなければ俺がこんなにねちっこいこと考えたりしない。
恥ずかしいことに、雅さんから俺に向けられる気持ちに、悪感情を残したまま卒業してほしくない、最高の仲間としての別れを、そしてその後の関係を築きたい。それほどに、俺のなかで雅さんという存在が大きいのだろう。
この前紅く色づいた紅葉を雅さんのノートにたっくさん挟んで怒られたばかりなのに、もう足元に散らばる葉は茶色くくすんでしまっている。
東京は雪があまり降らないけれど、若手寮のある千葉の辺りは雪が降るのだろうか。
制服のボタン貰おうかな、なんて考えていたら制服ごとおさがりくれるって言うから情緒があったもんじゃない。クリーニングには出さないでおいてって言わないと。クリーニングの店の裏でなにが起こっているか知る機会は無いが、あそこを通ることで原田雅功からのおさがりの制服から、だれかの中古制服になってしまうような気がする。
この次の春から、雅さんのぶっとい指が起用にネクタイを巻くところ見れなくなるんだなぁ、とかもう、全然俺らしくない。水分を喪ってぱりぱりと崩れる葉を踏み拉いて苛立ちを紛らわす。いなくならないで、もっとずっとおれとやきゅうをしようと駄々を捏ねることに意味がないことも叶うはずがないことも、そもそも実行する気はないことも自分が一番よく分かっている。
「まーささん」
雅さんはシャンプーもなにもこだわりが無いらしく、備え付けのシャンプーの匂いがする。化学的な、“さわかやな”香り。それと体臭が合わさって、雅さんんの匂いになる。
「なんだよ、もう消灯だぞ」
「わかってる」
「見てわからないか、忙しいんだよ」
キャッチャーミット磨くくらい喋りながらでもできるのに、他人を構うのが面倒なときは驚くほど雑な扱いをしてくる。泥を落とし、独特の香りがするオイルを塗りこんでゆく。
「じゃあそのままでいいから聞いててよ」
「あー」
生返事にしてもひどすぎる。興味のなさを前面に押し出してくる。
「あのさ、甲子園勝ちたかったね」
よける間もなく額をミットで小突かれた。小突くというより、もっと激しく叩かれた。怒っている風ではないけれど、機嫌が良い訳でもないらしい。
「何言ってやがる」
「センチメンタルなのー」
「それはな、言ってもしょうがないことだから言わないでいい」
「雅さんはあの時ああしておけば、とか考えたことない」
「ある」
「あるんだ」
あまりにストレートに後悔していると言われて足元が寒くなる。
「俺をなんだと思ってるんだ」
「なんか俺、雅さんに完璧なオトナ像を見てる気がする」
なに言ってるんだ、と今度は笑いながらオイル缶の蓋で眉間を押される。俺は本気で悩んでいるのに。
「俺だってお前より一個上なだけだから、迷ったり、後悔したりするさ。それでもあの時のインタビューのときのあの、成宮で負けたらってのは変わらないな。これは本当だ」
「ふーん」
「お前から言っておいて……だからお前嫌なんだよ」
照れ臭くなったのか、早く寝ろ、と蹴りだされてしまった。ひとつ、解決してしまうことで雅さんと俺のつながりが深くなったような。遠く離れたような。バッテリーの絆をたしかなものにしたくて奔走する俺は惨めなんだろうか。かわいそうなんだろうか。
2014/10/5
