『堕天』……かぐや姫
 
 燈矢様は、月を眺めている時間が長くなっていました。炎司はそんなこと気付きやしません。燈矢様が欲しがるあまたの希少な贈り物の用意に一生懸命になってしまい、燈矢様のことを見ることをおろそかにしてしまっているのです。同じ過ちを繰り返すのでしょうか。
 燈矢様に、月に持ち帰る炎司からの贈り物を選んでも月に行ってしまえばあなたは雲の上の存在となり、二度と人間界に行くことは敵いませんし、悠久の時の中でその贈り物がなんであったかすら忘れてしまうでしょうと言ってもお構いなし。
 ばあやとして長く燈矢様に支えて参りましたが、これはいけません。燈矢様には幸せになってほしいのです。炎司は、人間の中でも特に愚かですが、まっすぐな人間です。燈矢様のお心に寄り添えるはずだと信じています。
 
 満月の夜がやってきました。燈矢様はいよいよ月に帰ってしまわれます。炎司は、燈矢様に別れの品などを渡しており、わたくしは、そわそわと御簾越しに燈矢様に声をかけたのでした。
「燈矢様、このまま帰ってしまってもよろしいのですか?」
「もういい、あいつ、馬鹿だし。また俺のこと手放すつもりでいる」
 燈矢様はお顔こそ拝見できないものの、物憂げな声でお話になりました。
 炎司はというと、いつになく顔色が悪い様子で天上人が楽団を連れてやってくるのを待っている様子でした。燈矢様はそれにお気づきになると、ドブみてぇな顔色と笑っておられました。こういった燈矢様の軽口が、悲しみの裏返しであることを炎司は気づいているのかしらと、わたくしは一人憤っておりました。
 天上からこの世のものとは思えない音色がどこからともなく聞こえ、いよいよだと思いました。炎司は燈矢様がお持ちになるものを積み込み終わり、俯いているようでした。その様子を燈矢様はどのようなお気持ちでご覧になっているか、わたくしには計り知れぬものでありました。
 燈矢様が御簾の中からおいでになると、とたん、高殿は炎に包まれました。
 
 紅い炎です。
 燈矢様はうれしそうにお笑いになり、その笑いはまるで姫君のものではない下品なものでありましたが、これが燈矢様の心からの笑いなのであれば、よろこび以外に胸に抱くものはありませんでした。炎司は、最後の最後で燈矢様のお心に寄り添って全てを捨てることとしたのだと、わたくしにはわかりました。
 続いて、紅い炎が天上人を包み、あたりは阿鼻叫喚の地獄絵図となりました。それを包む蒼い炎。地獄の中で、燈矢様はどこかうれしそうで、炎司はひどい顔色でありましたが、どこか覚悟を決めた様子でした。
「燈矢様、お元気で」
「ああ、ありがとな! 俺幸せになるね!!!」
「ええ、黄泉の国から燈矢様の幸せをお祈りしておりますから」
「ありがと! じゃあ、また」
 そう言って、燈矢様は炎司が差し伸べる手を取り、炎の中をお出になられたのでした。それから、わたくしは……虫に生まれ変わり、燈矢様と炎司がしあわせになる様を拝見することとなったのでした。
 おしまい
2022/8/20 wavebox