※原作程度の暴力表現あり

包丁を使う用事があると言われてまんまと渡してしまったのが運の尽きだった。いや、もう運なんてものはとっくに尽きていたのかもしれない。俎上の、右腕が煌々と蛍光灯の光を受けてにぶく光る。鈍色の紅がじくじくとした痛みと共に染み出て、床にシミをつくっていく。
燈矢は顔色ひとつ変えずに俺の腕を俎上に乗せたまま包丁を突き立てたり、肉を削いで口に含んでみたり。臭ぇ、と口に含んだ肉ごと吐き捨てたものがべちゃりと白い壁を汚した。
痛めつけられるがままになっている俺は、呼吸すらも堪えて燈矢が腕に突き立てた包丁がぎらりと光を弾いたのを見ていることしか出来ずにいた。
「燈矢、どうしてこんな」
「特に意味はねぇよ。肉の味が知りたかっただけ」
「そ、そうか」
「あの仮面野郎に腕切られたときの映像見た」
「ああ、みっともないところ見られてしまったな」
「腕ぶっちぎれて笑ったわ」
「不便だが、これも罰だろう」
「勝手に罰されて、精算した気分になってんなよ。お前にとっては、今後の生が罰だ」
吐き捨てるように言った燈矢は、今一度深々と包丁を突き立てて、立ち上がった。じ、と肉が焼けるにおいが鼻をついて初めて自分の腕が焼かれていることに気づいた。呻き声を漏らすとキモい声出すんじゃねえと叱責が飛んできた。焼いて傷を塞いでいるらしい。先の戦いで個性のほどんどを失いヒーローを引退した俺はこのような治療はもうできない。仄かに立ち上る青白い炎が燈矢の顔を照らした。冷によく似ている。
遠ざかる足音をどこか人ごとのように聞き、ずくずくと痛む腕を抱えた。どこか神経を痛めたらしく右の腕の感覚が鈍い。不具となった腕を弄ぶだけ弄んだ燈矢の気が少しでも晴れたならそれでもいいと思った。こんな残りかすのような身体でも少しでも役に立ったならそれでいいと思った。

2022/7/26 wavebox