※本作は手塚治虫著「火の鳥」シリーズの「火の鳥」のパロディ二次創作になります
目次
火の鳥 煉獄編(現代)
火の鳥 煉獄編(未来)
火の鳥 煉獄編(過去)
あとがき
“ 煉獄
れんごく
purgatorium; purgatory
浄罪界ともいう。キリスト教において神により罪をゆるされ義とされたが,その罪の償いをまだ終っていない死者の霊魂が死後至福の状態に導かれるまで,残された償いを果すためにおかれると信じられる苦しみの状態。”
ブリタニカ国際大百科事典 より引用
火の鳥 煉獄編(現代)
私は、永遠を生きる「火の鳥」と人々に呼ばれ人からしてみれば永遠《とわ》とも言えるほど長く生きてきました。私の血を飲めば人は永遠の命を手に入れることから、私の血を求める人が現れました。それは今私の眼のまえで笑う男もそれが目的のようです。
男は轟燈矢という男です。
個性という、およそ人に扱えるものではない過分な能力を持つ時代に生まれ、父親である轟炎司が求める力を持たずに生まれたためにもたざる者の暮らしを強いられ絶望した哀れな子です。
「黙って血をくれりゃあ、殺しはしない」
「父に似て、他人の気持ちを考えられない子なのですね」
男は気に障ったといった様子でこちらに向かって炎をけしかけます。焼き殺して仕舞えば新たな私が生まれてくることを察してのことでしょう。その聡明さがあれば、たとえ父が望む力でなくても『ヒーロー』とかいうものにはなれたでしょう。けれど燈矢は『ヒーロー』になりたかったのでしょうか。
「もうすぐあなたは死ぬことでしょう。今立っていることすらつらいはず。それでも生き永らえたいのですか?」
「俺を生かすんじゃねえよ」
「では、誰を」
「気になるなら、黙って血搾られろや」
「まあ、粗暴で愚かとは……どこまで父親に似ているのでしょう」
「このクソ鳥が」
私は面白くなってきてしまい、燈矢に血を与えることにしました。こんなからだに燈矢を産んだ母でしょうか、それとも自分が持たぬものを持った腹いせに、弟を死なぬからだにするのでしょうか。それとも、まさか……父親でしょうか……
燈矢は乱雑に私の脚に刃を立てると、持ってきた布に血を染み込ませました。その恍惚とした顔は彼の父が、望んだ個性を持った子供を授かったと悟った時の表情にそっくりでした。
▼
「燈矢がご飯を作ってくれるなんて珍しいな……けれど、うれしい。ありがとう燈矢」
「喜んでくれて俺もうれしいよ」
「何だか……血なまぐさいような」
「ごめんね。俺まだうまく作れなくて」
「い、いいんだ燈矢。作ってくれてありがとう。おいしい。よくできている」
お父さんがほめてくれた。
俺にまだ修行をつけてくれていた時、ほんの時々褒めてくれた。よくできたじゃないか、いいぞ、なんて。そんな、焦凍は両手にいっぱいもらっているようなものの欠片を後生大事に何度も取り出して眺めているような暮らしはもうたくさんだ。俺は俺のやり方で、お父さんを手に入れる。俺のことだけしか見ていれなくしてやる。
▼
「し、心中……」
「そうとも言う。お父さん、俺はお父さんのことだけ見ていたよ。お父さんも俺のことだけ見てて……勝って見届けるって言ってたよね。勝ったよね……見届けてよ……」
しおらしい俺の言葉にお父さんは散々迷った末に、肯定の意を示した。俺以外の家族を全て手放して俺だけのお父さんにできたことがうれしくて、俺はお父さんにキスをした。お父さんは驚いていたようだけど、片っぽだけになった腕を不器用に動かして、俺のことを抱きしめてくれた。その温もりを生涯忘れることはないだろう。
俺とお父さんは思い出の瀬古杜岳に来た。
月のない、涼しい風が吹くいい夜だ。俺の仏壇に手を合わせ、俺が『荼毘』になってから俺は夜に生きた。昼間活動するには目立ちすぎるから。俺の人生に陽は登らず、夜が満ちていた。そんな俺の人生の幕切れにはちょうど良い日だ。
お父さんの遺書には、燈矢がこうなってしまった責任を取ると書かせた。悪意のきっかけはお父さんだったけど、育てたのは俺だからお父さんのせいにするつもりはなかったけど、俺のせいで死んだという事実が美しすぎるからそうした。それに死んで責任から逃げたと評されるお父さんがかわいそうすぎてかわいいというのもある。
ぽ、ぽ、ぽ、とガソリンが撒かれる間抜けな音と、お父さんの月のない夜でもわかるくらいひどい顔色のミスマッチさがかわいくて、俺は所在なさげに正座するお父さんの頭を撫でた。俺が知る限り一番美しい青が俺を捕らえて白く濁る。
せ〜の、とか、いくよなどの合図はせずに俺はガソリンの端に火花を散らした。熱風が俺たちの頬を撫ぜ、そして骨すら残さず焼き尽くしていった。
▼
それから数日、瀬古杜は燈矢が焼けてしまってからやっとまばらに生えてきた草花をなんの感慨もなく塵に還し、燈矢は命を終えました。そして次生まれ変わるものへと転生していきました。
炎司は、というと……
『俺は、どうして生きている……』
「身体が焼かれ、声すら失ってなおそうなっているのはお前の科《とが》があってのことです。お前の子が、お前の意識が続く限り子の菩提を弔えとのことで、お前に永遠《とわ》の命を与えたのです。ここがお前の……煉獄です」
『こんなことをせずとも、俺は燈矢のことだけを見ていると誓ったのに』
「お前の言葉だけでは足らず、自分の縄で縛りたかったのでしょう」
『俺の、科《とが》……』
「そう、誰にも認識されることなく悠久のときを生きること……それが燈矢という子供を自らの理想に供じた罰なのです」
「おい、勝手なこと言ってんじゃねーぞクソ鳥」
『燈矢、死んだはずでは?』
「死んだけど、転生した先がさ、つまり神様だったってわけ。俺の愛がこの世の仕組みに勝ったってわけ。愛が勝つんだよ。愛が」
『度し難い……』
「うるせえ。お前の基準で測るな。消えろ」
『燈矢、なのか……』
「形は違うけど、そうだよ」
『手も、声もないけれど……俺は』
「お父さんだろ。わかるよ……これからはずっと一緒だよ」
『そのようだな』
声も顔もないけど、お父さんが微笑んだのがわかった。抱きしめるための身体はないけど、そこにお父さんがいる。社会にも、他の家族にも干渉されないところで、ずっと一緒。
それから、長い時を過ごした。
冬美ちゃんのひひひ孫が死んでしまうところを眺め、個性を持った最後の人が死んでしまうところを眺め、なんの能力もない人たちが価値を認め合って生きているところを眺めた。お父さんは時々終わりのない時間を恐れていたけど、俺の気が済んだら次の転生ができるように手配してやるつもり。そしたらまた、俺はお父さんの子に生まれる。たとえ人でなくても、ずっと、ずっと……俺たちが何者であったか忘れてしまわないように、ずっと一緒にいよう。
『火の鳥 煉獄編(現代)』 完
火の鳥 煉獄編(未来)
地球は、人口爆発を迎えていた。
食糧をはじめとしたすべてのものが賄えず、たくさんの裕福なものは皆宇宙に飛び出していった。裕福なものの中には先んじて調査を行なってから行ったものもいれば、俺のようになんの前情報もなく行きあたりばったりの開拓民もいた。
「み、水……」
この星に降り立ってから何日経ったかもわからない。当て所なくさまよい、もう出なくなった唾液を飲み込む動作をした。そんな時に人が建てたと思われる建物を見つけて俺は歓喜に震えた。神は見放していなかったと、俺は鈍くなった頭をどうにかして動かし、建物へと急いだ。
「すみません、どなたか」
「……誰だ、お前」
「み、水を……」
水道に案内してくれたその男は、荼毘と名乗った。火傷だらけの身体を縫いとめている風態をした不気味な男だ。
「本当に死ぬかと思った」
「通信切ってたから今知ったけど、地球はもう人が溢れてんだろ。地球で死んでりゃあよかったのにな」
「それでも、生きたいと思ったのです」
「ふーん」
男は興味なさげに返答すると、適当に水飲んで散れやと言った。食糧も水もない、なんでもするからここに居させてくれと頼むと男は心底嫌そうにため息をつき、働けよと言った。
「お前、個性は?」
「は? 個性……? 強いていえば、愛嬌がありますが」
「は? んなこと聞いてねえよ」
よくよく話を聞くと、荼毘と名乗る男は二千年以上前に突如現れ、そして突如として現れなくなった超常現象である『個性』と呼ばれる能力を持つ男だった。俺は二千年以上も前に生まれたはずの男がこうして今も若々しく生きていることに気味の悪さを覚えて、地球に帰るためのロケットを地球から手配することにした。
気味の悪さはそれだけでは治まらなかった。
「燈矢、お客さんか?」
「ああ、お父さん」
荼毘こと燈矢はお父さんと呼んだそれにキスをして、俺が目を白黒させていると俺に向かって炎をどこからともなく出し、そしてしまってみせた。
「お父さんに触ったら殺すから」
「ああ……」
その時の荼毘の目は、本気で俺が彼の父に手を出すと信じていてそれをしようものなら殺してやると物語っていた。俺は、宇宙に散らばるどんな数詞を使っても数えきれない星があるのに、このようなファザー・ファッカーと星が被るなんて俺はなんて不運なんだと嘆いた。
話す分には許すらしく、俺はお父さんこと轟炎司さんにいくつか質問した。
「いつからここにいるのか……わからない。ほんの最近の記憶しかないんだ」
「なぜ、荼毘さんはあんなに長く生きているのかわかりますか?」
「すまない……燈矢は俺がその話をするのを嫌がるんだ」
大した収穫がなく落ち込む俺に、炎司さんは申し訳なさそうにしている。どうしてここにいるのかも、炎司さんも荼毘さんと同じように『個性』と呼ばれる能力を持っているはずなのに、今は出せない理由もわからないそうだ。
「けれど、何もわからなくても燈矢が何かをしようと頑張っていて、それを微笑ましく思う親心はあるんだ」
それって本当に親心だけですか?だとか、普通の親子は唇にキスしませんよだとか言うと荼毘さんの逆鱗に触れるだろうことは火を見るより明らかであったので俺は大人しく「そうですか」とだけ返した。
その炎司さんの疑問はすぐに明らかになることになった。ある日、おそらく実父である炎司さんとまぐわった直後であろう荼毘さんはドン引きしている俺を連れて地下へのエレベーターに乗った。俺は今機嫌がいいんだ、と言っていたけど俺は最悪だ。今すぐにでも逃げたいが命あっての物種だ。地下に呑まれていくたびに気持ちが萎れていくのがわかる。
扉が開くと、人間一人入れそうな大きな試験官が地下室いっぱいに配置されている部屋と、その中に溶液に満たされて眠る炎司さんの顔をした……
「ひでえ顔色。ゲロ袋やろうか」
「いただけますか?」
俺は気が澄むまで吐いたあと、狂ってるとつぶやいた。聞かないふりをしているのか、いや、荼毘さんのことだから何に嫌悪を抱かれているのかわかるつもりがないのかもしれない。
「ここで俺はお父さんのクローンを完成させようとしてるんだ」
「なぜ?」
「なんでって……そりゃあ、お父さんが俺を置いて死んじゃったからさ」
「クローンの炎司さんと、死んでしまった炎司さんは別個体なのでは……」
「お前、頭いいな! だから俺は死んでしまったお父さんから、これから作るお父さんへの記憶の引き継ぎをしようと頑張ってるってわけ」
「へ、へえ…… そういえば、炎司さんは荼毘さんが自分の子供だとわかっている見たいですし、だいたいは成功しているのでは」
「それは俺がお父さんを作るたびに俺が子供だって教えているだけ」
「なら、二人とも親子だとわかってその……セックスをしているわけで……」
こぽり、と溶液が音を立てるだけの空間に、奪う側と奪われる側が生まれた。
火傷さえなければ息を飲むほどの美しい青年であるだろう荼毘さんは俺をじっと見つめると、焼けてしまった喉から声を絞り出し
「お前、頭が、良すぎるなあ」
死を覚悟したが、試験官の中で一人の炎司さんが目を覚ましたということで気が逸れたことで命拾いした。
「お父さんが起きた」
「記憶が引き継がれているといいですね」
「理論上はさ、一〇七七号のお父さんから記憶が引き継がれているはずなんだけどね」
試験管から放り出された炎司さん──四八二一号の炎司さん──は燈矢さんをみとめるとにこりと微笑んだ。
「燈矢じゃないか。ここはどこなんだ……さ、寒いな。何か着る物はないか」
荼毘さんは、俺が見ていた中で初めて破顔と呼んでいいほど喜びを浮かべた。四八二〇号の炎司さんとヤった後の荼毘さん、俺に研究内容を聞かせる荼毘さん、どの荼毘さんとも比べようがないほどの笑みで。
俺は、おぞましさのあまりさぶいぼが立ちっぱなしだったが、一人の男の執着の深さに感じ入って拍手を贈った。
「あー もうなんかハッピーエンドって感じー」
荼毘さんは恍惚とした表情で、記憶を持った炎司さんが入浴しているところを待っている。俺はなんとも居心地が悪い気持ちで悦に浸る荼毘さんを眺めていた。
「おめでとうございます。よかったですね」
「ありがと」
「で、記憶がない炎司さんや今試験管にある記憶がないかもしれない炎司さんをどうするんですか」
「考えてなかったなあ。俺には時間だけはあるしゆっくりやるよ」
「そういえば、あなたがこんなに長く生きている理由を聞かせてくれませんか」
「いいよ。信じるなら聞かせてやる。お前、火の鳥って知ってる?」
「ええ……血を飲めば不老不死を得るという……荼毘さんが信じているとは」
「オカルトの領域だって俺も思ってたけど、まあ実際俺が血を飲んで二千年以上生きてるんだし信じるしかなくてさ」
「ついていけません」
「今更すぎない? 俺はさ、お父さんが望む個性を持って生まれなかったから見放されてさ。それに怒って仕返ししたけどまあ殺すほど憎かったけど、殺せなくて」
「はあ」
「ある日お父さんは俺に火の鳥の生き血を飲ませて俺を永遠《とわ》に生かすことにした。本当はお父さんも飲んで二人で生きたかったみたいだけど足りなくて、俺だけが生きることになった。俺はお父さんにまた煉獄を生きることになったって怒ったけど諦めたくなくて……お父さんのその……芸名みたいなやつが『エンデヴァー』っていうんだけど……それの意味が『努力』なのね。だから俺も努力して、お父さんと生きる方法を探ったってわけ」
「それが、お父さんのクローンを作ることだった?」
「そう。お父さんの遺灰からお父さんを作ろうとずーっと頑張った」
「そりゃあすごい。お父さんに褒めてもらえるでしょうね」
「お前なんか投げやりになってない? まあいいや」
「全くここはどこなんだ。俺はどうしてしまったんだ?」
「お父さん」
荼毘さんはうれしそうに頬を緩ませて四八二一号の炎司さんに抱きしめられている。
その様子を四八二〇号の──記憶を持たない炎司さん──が見つめていた。
「な、なんで俺が二人も?」
記憶がある炎司さんは狼狽え、そして記憶がない炎司さんは全てを悟ったように優しい顔をして「燈矢、願いが叶ったんだな」といった。
それは確かに親子の絆を感じるものであった。いびつで、俺が持つ倫理のどれとも合わないものであっても、俺が知る愛とかいうやつそのものであった。記憶を持たない炎司さんは、最後は燈矢の炎で燃やしてくれと懇願した。
「何も死ななくてもいいんじゃないですか?」
俺の言葉に耳を貸さず、記憶を持たない炎司さんは静かに首を振った。
「愚かだと笑ってくれて構わない。燈矢がくれた記憶しか持たない俺だけど、確かに燈矢を愛していた。俺であり、俺でない何かを愛する燈矢を見ていたくはなくて……」
「俺が作った責任あるし、お父さんのまがい物であることはわかるけど、俺は失敗作があると信じたくないし……俺はお父さんを、殺せない……」
勘弁してくれ〜という俺の思いは通じず、三人の痴話喧嘩は三日三晩続いた。
記憶を持たない炎司さんは再び試験管に戻り、いつの日か記憶が芽生えることを夢見て眠りにつくことになった。途方もない、もしかしたら成功してしまった個体がいる以上日の目を見ないかもしれないのに。誰もが気づいていながらも指摘をしなかった。言葉にしてしまったなら荼毘さんが作った砂上の楼閣が崩れ去ることを誰もが知っていたからだろう。記憶のあるなしに関わらず、二人ともが轟炎司であり、荼毘さんのお父さんだったのだ。子供が頑張って作ったものを壊したくない気持ちが愛でなければ何を愛と呼ぶのか、俺にはわからない。
時が流れ、俺は手配したロケットで地球に帰れることになった。人口が溢れているとはいえ一人生きるくらいならどうにかなりそうだと考え直してのことだ。というのは建前で、この星から一刻も早く脱出したいというのが本音だった。
「頼みがあるんだけど」
「……まあ恩がありますし、俺ができることなら」
「お父さんの遺骨、地球に散骨してきてほしくて」
「それ俺にやらせるんですか?!!」
「俺、地球に行ったら捕まるから」
「えーーーっ嘘無理無理無理ですって」
「しゃあねえなあ……ロケットのミサイル部分を改造して散骨できるようにしたから、海が見えたら俺がスイッチ押して散骨するわ」
「最初からそうしてください」
醜い岩肌が徐々に遠ざかり、荼毘さんが築いた楽園は邪魔者が消えて永遠《とわ》に二人きり正しくは、二人と百二十八体(見える分だけで)ということになった。美しい結末じゃないか。努力は実を結び、愛するものは結ばれた。非の打ちどころのないハッピーエンドに頭がくらくらする。
「地球ってどんくらいかかるの」
「ギャーッ!」
「うるせえな」
「放送乗っ取らないでくださいよ」
「チャチい作りのロケットなんか送り届けるから悪いんだろ」
「えー……」
それから三年近く航行し、俺は地球をこの目で見た。海は汚れ、大地はやせ細った可哀想な姿を荼毘さんは想像しただろうか。彼があの星に行った時はまだ海は青く、山は茂っていただろうから。
ロケットの降下に合わせて、骨壷が海に向かって放たれる軌跡を見た。まるで星が流れるように美しい輝きを纏い、海へと落ちていった。
「それでは、荼毘さん。お幸せに」
「ありがと。じゃあな」
俺はこめかみを押さえ、大きく息をついた。吐き気のするほど美しい愛を胃に直接送られ続けて食あたりになりそうだった。
ピリオドをつける前にこうしておくべきだろう。
こうして、二人は末長く、幸せに過ごしましたとさ。
おしまい
『火の鳥 煉獄編(未来) 完』
火の鳥 煉獄編(過去)
炎のうなばらが、うねりをあげています。
叫びも嘆きも全てを覆い隠す炎は少年を変えてしまうには十分すぎるほどの火力で身体を焼き尽くし、少年は消えゆく命の灯火を大火に呑まれそうになっていました。
一人の男が、少年がきてほしいと望んだ男ではない男が少年の前に現れ、少年を助けました。
男は、男なりに思惑がありました。
けれど少年は、心に灯った光がありました。男の思惑を跳ね除け、少年は飛び出します。ドブに沈み、人に蔑まれながらも少年は歩みを止めませんでした。
少年は、心の灯火を照らし続ける存在をいつか自分の手にかけたいと考えていました。しかし、その時が近づけば近づくほど自分には憎み、怒り、そして愛した父を殺せないと思うようになりました。
ただもう一度、父に褒められたかった。
それを哀れに思った火の鳥は、永遠の命を授けてやろうと少年……いまは、青年の元へ行きましたが、危うく焼き鳥にされるところでした。
青年は、哀れまれることを嫌い、憧れた父に殉じることを望んでいました。
父は、エンデヴァー……努力という言葉を掲げていました。その父が努力ではない方法で強くなっても価値を感じてくれないだろうと思ったからです。
しかし、どうでしょう。
青年の父は、努力によってではなく、交配によって力を得ようとしました。滑稽で、愚かだと笑ってしまえればよかったのですが、青年はどうしてか、父を嗤うことができませんでした。父の理想に殉じたいと心から願った自分の少年時代を足蹴にすることができません。
青年は、力の代償に命を失う間際に願いました。
ずっとお父さんのそばにいたい。お父さんの全てになりたい。お父さんが、俺のことを作ってよかったと思ってほしい、と。
青年は、自身の力でそれを為そうと考えました。そう、轟燈矢はどこまでも轟炎司の息子で、エンデヴァー……努力を美しく思うひとであったのでした。
おしまい
『火の鳥 煉獄編』 完
2022/12/17
目次
火の鳥 煉獄編(現代)
火の鳥 煉獄編(未来)
火の鳥 煉獄編(過去)
あとがき
“ 煉獄
れんごく
purgatorium; purgatory
浄罪界ともいう。キリスト教において神により罪をゆるされ義とされたが,その罪の償いをまだ終っていない死者の霊魂が死後至福の状態に導かれるまで,残された償いを果すためにおかれると信じられる苦しみの状態。”
ブリタニカ国際大百科事典 より引用
火の鳥 煉獄編(現代)
私は、永遠を生きる「火の鳥」と人々に呼ばれ人からしてみれば永遠《とわ》とも言えるほど長く生きてきました。私の血を飲めば人は永遠の命を手に入れることから、私の血を求める人が現れました。それは今私の眼のまえで笑う男もそれが目的のようです。
男は轟燈矢という男です。
個性という、およそ人に扱えるものではない過分な能力を持つ時代に生まれ、父親である轟炎司が求める力を持たずに生まれたためにもたざる者の暮らしを強いられ絶望した哀れな子です。
「黙って血をくれりゃあ、殺しはしない」
「父に似て、他人の気持ちを考えられない子なのですね」
男は気に障ったといった様子でこちらに向かって炎をけしかけます。焼き殺して仕舞えば新たな私が生まれてくることを察してのことでしょう。その聡明さがあれば、たとえ父が望む力でなくても『ヒーロー』とかいうものにはなれたでしょう。けれど燈矢は『ヒーロー』になりたかったのでしょうか。
「もうすぐあなたは死ぬことでしょう。今立っていることすらつらいはず。それでも生き永らえたいのですか?」
「俺を生かすんじゃねえよ」
「では、誰を」
「気になるなら、黙って血搾られろや」
「まあ、粗暴で愚かとは……どこまで父親に似ているのでしょう」
「このクソ鳥が」
私は面白くなってきてしまい、燈矢に血を与えることにしました。こんなからだに燈矢を産んだ母でしょうか、それとも自分が持たぬものを持った腹いせに、弟を死なぬからだにするのでしょうか。それとも、まさか……父親でしょうか……
燈矢は乱雑に私の脚に刃を立てると、持ってきた布に血を染み込ませました。その恍惚とした顔は彼の父が、望んだ個性を持った子供を授かったと悟った時の表情にそっくりでした。
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「燈矢がご飯を作ってくれるなんて珍しいな……けれど、うれしい。ありがとう燈矢」
「喜んでくれて俺もうれしいよ」
「何だか……血なまぐさいような」
「ごめんね。俺まだうまく作れなくて」
「い、いいんだ燈矢。作ってくれてありがとう。おいしい。よくできている」
お父さんがほめてくれた。
俺にまだ修行をつけてくれていた時、ほんの時々褒めてくれた。よくできたじゃないか、いいぞ、なんて。そんな、焦凍は両手にいっぱいもらっているようなものの欠片を後生大事に何度も取り出して眺めているような暮らしはもうたくさんだ。俺は俺のやり方で、お父さんを手に入れる。俺のことだけしか見ていれなくしてやる。
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「し、心中……」
「そうとも言う。お父さん、俺はお父さんのことだけ見ていたよ。お父さんも俺のことだけ見てて……勝って見届けるって言ってたよね。勝ったよね……見届けてよ……」
しおらしい俺の言葉にお父さんは散々迷った末に、肯定の意を示した。俺以外の家族を全て手放して俺だけのお父さんにできたことがうれしくて、俺はお父さんにキスをした。お父さんは驚いていたようだけど、片っぽだけになった腕を不器用に動かして、俺のことを抱きしめてくれた。その温もりを生涯忘れることはないだろう。
俺とお父さんは思い出の瀬古杜岳に来た。
月のない、涼しい風が吹くいい夜だ。俺の仏壇に手を合わせ、俺が『荼毘』になってから俺は夜に生きた。昼間活動するには目立ちすぎるから。俺の人生に陽は登らず、夜が満ちていた。そんな俺の人生の幕切れにはちょうど良い日だ。
お父さんの遺書には、燈矢がこうなってしまった責任を取ると書かせた。悪意のきっかけはお父さんだったけど、育てたのは俺だからお父さんのせいにするつもりはなかったけど、俺のせいで死んだという事実が美しすぎるからそうした。それに死んで責任から逃げたと評されるお父さんがかわいそうすぎてかわいいというのもある。
ぽ、ぽ、ぽ、とガソリンが撒かれる間抜けな音と、お父さんの月のない夜でもわかるくらいひどい顔色のミスマッチさがかわいくて、俺は所在なさげに正座するお父さんの頭を撫でた。俺が知る限り一番美しい青が俺を捕らえて白く濁る。
せ〜の、とか、いくよなどの合図はせずに俺はガソリンの端に火花を散らした。熱風が俺たちの頬を撫ぜ、そして骨すら残さず焼き尽くしていった。
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それから数日、瀬古杜は燈矢が焼けてしまってからやっとまばらに生えてきた草花をなんの感慨もなく塵に還し、燈矢は命を終えました。そして次生まれ変わるものへと転生していきました。
炎司は、というと……
『俺は、どうして生きている……』
「身体が焼かれ、声すら失ってなおそうなっているのはお前の科《とが》があってのことです。お前の子が、お前の意識が続く限り子の菩提を弔えとのことで、お前に永遠《とわ》の命を与えたのです。ここがお前の……煉獄です」
『こんなことをせずとも、俺は燈矢のことだけを見ていると誓ったのに』
「お前の言葉だけでは足らず、自分の縄で縛りたかったのでしょう」
『俺の、科《とが》……』
「そう、誰にも認識されることなく悠久のときを生きること……それが燈矢という子供を自らの理想に供じた罰なのです」
「おい、勝手なこと言ってんじゃねーぞクソ鳥」
『燈矢、死んだはずでは?』
「死んだけど、転生した先がさ、つまり神様だったってわけ。俺の愛がこの世の仕組みに勝ったってわけ。愛が勝つんだよ。愛が」
『度し難い……』
「うるせえ。お前の基準で測るな。消えろ」
『燈矢、なのか……』
「形は違うけど、そうだよ」
『手も、声もないけれど……俺は』
「お父さんだろ。わかるよ……これからはずっと一緒だよ」
『そのようだな』
声も顔もないけど、お父さんが微笑んだのがわかった。抱きしめるための身体はないけど、そこにお父さんがいる。社会にも、他の家族にも干渉されないところで、ずっと一緒。
それから、長い時を過ごした。
冬美ちゃんのひひひ孫が死んでしまうところを眺め、個性を持った最後の人が死んでしまうところを眺め、なんの能力もない人たちが価値を認め合って生きているところを眺めた。お父さんは時々終わりのない時間を恐れていたけど、俺の気が済んだら次の転生ができるように手配してやるつもり。そしたらまた、俺はお父さんの子に生まれる。たとえ人でなくても、ずっと、ずっと……俺たちが何者であったか忘れてしまわないように、ずっと一緒にいよう。
『火の鳥 煉獄編(現代)』 完
火の鳥 煉獄編(未来)
地球は、人口爆発を迎えていた。
食糧をはじめとしたすべてのものが賄えず、たくさんの裕福なものは皆宇宙に飛び出していった。裕福なものの中には先んじて調査を行なってから行ったものもいれば、俺のようになんの前情報もなく行きあたりばったりの開拓民もいた。
「み、水……」
この星に降り立ってから何日経ったかもわからない。当て所なくさまよい、もう出なくなった唾液を飲み込む動作をした。そんな時に人が建てたと思われる建物を見つけて俺は歓喜に震えた。神は見放していなかったと、俺は鈍くなった頭をどうにかして動かし、建物へと急いだ。
「すみません、どなたか」
「……誰だ、お前」
「み、水を……」
水道に案内してくれたその男は、荼毘と名乗った。火傷だらけの身体を縫いとめている風態をした不気味な男だ。
「本当に死ぬかと思った」
「通信切ってたから今知ったけど、地球はもう人が溢れてんだろ。地球で死んでりゃあよかったのにな」
「それでも、生きたいと思ったのです」
「ふーん」
男は興味なさげに返答すると、適当に水飲んで散れやと言った。食糧も水もない、なんでもするからここに居させてくれと頼むと男は心底嫌そうにため息をつき、働けよと言った。
「お前、個性は?」
「は? 個性……? 強いていえば、愛嬌がありますが」
「は? んなこと聞いてねえよ」
よくよく話を聞くと、荼毘と名乗る男は二千年以上前に突如現れ、そして突如として現れなくなった超常現象である『個性』と呼ばれる能力を持つ男だった。俺は二千年以上も前に生まれたはずの男がこうして今も若々しく生きていることに気味の悪さを覚えて、地球に帰るためのロケットを地球から手配することにした。
気味の悪さはそれだけでは治まらなかった。
「燈矢、お客さんか?」
「ああ、お父さん」
荼毘こと燈矢はお父さんと呼んだそれにキスをして、俺が目を白黒させていると俺に向かって炎をどこからともなく出し、そしてしまってみせた。
「お父さんに触ったら殺すから」
「ああ……」
その時の荼毘の目は、本気で俺が彼の父に手を出すと信じていてそれをしようものなら殺してやると物語っていた。俺は、宇宙に散らばるどんな数詞を使っても数えきれない星があるのに、このようなファザー・ファッカーと星が被るなんて俺はなんて不運なんだと嘆いた。
話す分には許すらしく、俺はお父さんこと轟炎司さんにいくつか質問した。
「いつからここにいるのか……わからない。ほんの最近の記憶しかないんだ」
「なぜ、荼毘さんはあんなに長く生きているのかわかりますか?」
「すまない……燈矢は俺がその話をするのを嫌がるんだ」
大した収穫がなく落ち込む俺に、炎司さんは申し訳なさそうにしている。どうしてここにいるのかも、炎司さんも荼毘さんと同じように『個性』と呼ばれる能力を持っているはずなのに、今は出せない理由もわからないそうだ。
「けれど、何もわからなくても燈矢が何かをしようと頑張っていて、それを微笑ましく思う親心はあるんだ」
それって本当に親心だけですか?だとか、普通の親子は唇にキスしませんよだとか言うと荼毘さんの逆鱗に触れるだろうことは火を見るより明らかであったので俺は大人しく「そうですか」とだけ返した。
その炎司さんの疑問はすぐに明らかになることになった。ある日、おそらく実父である炎司さんとまぐわった直後であろう荼毘さんはドン引きしている俺を連れて地下へのエレベーターに乗った。俺は今機嫌がいいんだ、と言っていたけど俺は最悪だ。今すぐにでも逃げたいが命あっての物種だ。地下に呑まれていくたびに気持ちが萎れていくのがわかる。
扉が開くと、人間一人入れそうな大きな試験官が地下室いっぱいに配置されている部屋と、その中に溶液に満たされて眠る炎司さんの顔をした……
「ひでえ顔色。ゲロ袋やろうか」
「いただけますか?」
俺は気が澄むまで吐いたあと、狂ってるとつぶやいた。聞かないふりをしているのか、いや、荼毘さんのことだから何に嫌悪を抱かれているのかわかるつもりがないのかもしれない。
「ここで俺はお父さんのクローンを完成させようとしてるんだ」
「なぜ?」
「なんでって……そりゃあ、お父さんが俺を置いて死んじゃったからさ」
「クローンの炎司さんと、死んでしまった炎司さんは別個体なのでは……」
「お前、頭いいな! だから俺は死んでしまったお父さんから、これから作るお父さんへの記憶の引き継ぎをしようと頑張ってるってわけ」
「へ、へえ…… そういえば、炎司さんは荼毘さんが自分の子供だとわかっている見たいですし、だいたいは成功しているのでは」
「それは俺がお父さんを作るたびに俺が子供だって教えているだけ」
「なら、二人とも親子だとわかってその……セックスをしているわけで……」
こぽり、と溶液が音を立てるだけの空間に、奪う側と奪われる側が生まれた。
火傷さえなければ息を飲むほどの美しい青年であるだろう荼毘さんは俺をじっと見つめると、焼けてしまった喉から声を絞り出し
「お前、頭が、良すぎるなあ」
死を覚悟したが、試験官の中で一人の炎司さんが目を覚ましたということで気が逸れたことで命拾いした。
「お父さんが起きた」
「記憶が引き継がれているといいですね」
「理論上はさ、一〇七七号のお父さんから記憶が引き継がれているはずなんだけどね」
試験管から放り出された炎司さん──四八二一号の炎司さん──は燈矢さんをみとめるとにこりと微笑んだ。
「燈矢じゃないか。ここはどこなんだ……さ、寒いな。何か着る物はないか」
荼毘さんは、俺が見ていた中で初めて破顔と呼んでいいほど喜びを浮かべた。四八二〇号の炎司さんとヤった後の荼毘さん、俺に研究内容を聞かせる荼毘さん、どの荼毘さんとも比べようがないほどの笑みで。
俺は、おぞましさのあまりさぶいぼが立ちっぱなしだったが、一人の男の執着の深さに感じ入って拍手を贈った。
「あー もうなんかハッピーエンドって感じー」
荼毘さんは恍惚とした表情で、記憶を持った炎司さんが入浴しているところを待っている。俺はなんとも居心地が悪い気持ちで悦に浸る荼毘さんを眺めていた。
「おめでとうございます。よかったですね」
「ありがと」
「で、記憶がない炎司さんや今試験管にある記憶がないかもしれない炎司さんをどうするんですか」
「考えてなかったなあ。俺には時間だけはあるしゆっくりやるよ」
「そういえば、あなたがこんなに長く生きている理由を聞かせてくれませんか」
「いいよ。信じるなら聞かせてやる。お前、火の鳥って知ってる?」
「ええ……血を飲めば不老不死を得るという……荼毘さんが信じているとは」
「オカルトの領域だって俺も思ってたけど、まあ実際俺が血を飲んで二千年以上生きてるんだし信じるしかなくてさ」
「ついていけません」
「今更すぎない? 俺はさ、お父さんが望む個性を持って生まれなかったから見放されてさ。それに怒って仕返ししたけどまあ殺すほど憎かったけど、殺せなくて」
「はあ」
「ある日お父さんは俺に火の鳥の生き血を飲ませて俺を永遠《とわ》に生かすことにした。本当はお父さんも飲んで二人で生きたかったみたいだけど足りなくて、俺だけが生きることになった。俺はお父さんにまた煉獄を生きることになったって怒ったけど諦めたくなくて……お父さんのその……芸名みたいなやつが『エンデヴァー』っていうんだけど……それの意味が『努力』なのね。だから俺も努力して、お父さんと生きる方法を探ったってわけ」
「それが、お父さんのクローンを作ることだった?」
「そう。お父さんの遺灰からお父さんを作ろうとずーっと頑張った」
「そりゃあすごい。お父さんに褒めてもらえるでしょうね」
「お前なんか投げやりになってない? まあいいや」
「全くここはどこなんだ。俺はどうしてしまったんだ?」
「お父さん」
荼毘さんはうれしそうに頬を緩ませて四八二一号の炎司さんに抱きしめられている。
その様子を四八二〇号の──記憶を持たない炎司さん──が見つめていた。
「な、なんで俺が二人も?」
記憶がある炎司さんは狼狽え、そして記憶がない炎司さんは全てを悟ったように優しい顔をして「燈矢、願いが叶ったんだな」といった。
それは確かに親子の絆を感じるものであった。いびつで、俺が持つ倫理のどれとも合わないものであっても、俺が知る愛とかいうやつそのものであった。記憶を持たない炎司さんは、最後は燈矢の炎で燃やしてくれと懇願した。
「何も死ななくてもいいんじゃないですか?」
俺の言葉に耳を貸さず、記憶を持たない炎司さんは静かに首を振った。
「愚かだと笑ってくれて構わない。燈矢がくれた記憶しか持たない俺だけど、確かに燈矢を愛していた。俺であり、俺でない何かを愛する燈矢を見ていたくはなくて……」
「俺が作った責任あるし、お父さんのまがい物であることはわかるけど、俺は失敗作があると信じたくないし……俺はお父さんを、殺せない……」
勘弁してくれ〜という俺の思いは通じず、三人の痴話喧嘩は三日三晩続いた。
記憶を持たない炎司さんは再び試験管に戻り、いつの日か記憶が芽生えることを夢見て眠りにつくことになった。途方もない、もしかしたら成功してしまった個体がいる以上日の目を見ないかもしれないのに。誰もが気づいていながらも指摘をしなかった。言葉にしてしまったなら荼毘さんが作った砂上の楼閣が崩れ去ることを誰もが知っていたからだろう。記憶のあるなしに関わらず、二人ともが轟炎司であり、荼毘さんのお父さんだったのだ。子供が頑張って作ったものを壊したくない気持ちが愛でなければ何を愛と呼ぶのか、俺にはわからない。
時が流れ、俺は手配したロケットで地球に帰れることになった。人口が溢れているとはいえ一人生きるくらいならどうにかなりそうだと考え直してのことだ。というのは建前で、この星から一刻も早く脱出したいというのが本音だった。
「頼みがあるんだけど」
「……まあ恩がありますし、俺ができることなら」
「お父さんの遺骨、地球に散骨してきてほしくて」
「それ俺にやらせるんですか?!!」
「俺、地球に行ったら捕まるから」
「えーーーっ嘘無理無理無理ですって」
「しゃあねえなあ……ロケットのミサイル部分を改造して散骨できるようにしたから、海が見えたら俺がスイッチ押して散骨するわ」
「最初からそうしてください」
醜い岩肌が徐々に遠ざかり、荼毘さんが築いた楽園は邪魔者が消えて永遠《とわ》に二人きり正しくは、二人と百二十八体(見える分だけで)ということになった。美しい結末じゃないか。努力は実を結び、愛するものは結ばれた。非の打ちどころのないハッピーエンドに頭がくらくらする。
「地球ってどんくらいかかるの」
「ギャーッ!」
「うるせえな」
「放送乗っ取らないでくださいよ」
「チャチい作りのロケットなんか送り届けるから悪いんだろ」
「えー……」
それから三年近く航行し、俺は地球をこの目で見た。海は汚れ、大地はやせ細った可哀想な姿を荼毘さんは想像しただろうか。彼があの星に行った時はまだ海は青く、山は茂っていただろうから。
ロケットの降下に合わせて、骨壷が海に向かって放たれる軌跡を見た。まるで星が流れるように美しい輝きを纏い、海へと落ちていった。
「それでは、荼毘さん。お幸せに」
「ありがと。じゃあな」
俺はこめかみを押さえ、大きく息をついた。吐き気のするほど美しい愛を胃に直接送られ続けて食あたりになりそうだった。
ピリオドをつける前にこうしておくべきだろう。
こうして、二人は末長く、幸せに過ごしましたとさ。
おしまい
『火の鳥 煉獄編(未来) 完』
火の鳥 煉獄編(過去)
炎のうなばらが、うねりをあげています。
叫びも嘆きも全てを覆い隠す炎は少年を変えてしまうには十分すぎるほどの火力で身体を焼き尽くし、少年は消えゆく命の灯火を大火に呑まれそうになっていました。
一人の男が、少年がきてほしいと望んだ男ではない男が少年の前に現れ、少年を助けました。
男は、男なりに思惑がありました。
けれど少年は、心に灯った光がありました。男の思惑を跳ね除け、少年は飛び出します。ドブに沈み、人に蔑まれながらも少年は歩みを止めませんでした。
少年は、心の灯火を照らし続ける存在をいつか自分の手にかけたいと考えていました。しかし、その時が近づけば近づくほど自分には憎み、怒り、そして愛した父を殺せないと思うようになりました。
ただもう一度、父に褒められたかった。
それを哀れに思った火の鳥は、永遠の命を授けてやろうと少年……いまは、青年の元へ行きましたが、危うく焼き鳥にされるところでした。
青年は、哀れまれることを嫌い、憧れた父に殉じることを望んでいました。
父は、エンデヴァー……努力という言葉を掲げていました。その父が努力ではない方法で強くなっても価値を感じてくれないだろうと思ったからです。
しかし、どうでしょう。
青年の父は、努力によってではなく、交配によって力を得ようとしました。滑稽で、愚かだと笑ってしまえればよかったのですが、青年はどうしてか、父を嗤うことができませんでした。父の理想に殉じたいと心から願った自分の少年時代を足蹴にすることができません。
青年は、力の代償に命を失う間際に願いました。
ずっとお父さんのそばにいたい。お父さんの全てになりたい。お父さんが、俺のことを作ってよかったと思ってほしい、と。
青年は、自身の力でそれを為そうと考えました。そう、轟燈矢はどこまでも轟炎司の息子で、エンデヴァー……努力を美しく思うひとであったのでした。
おしまい
『火の鳥 煉獄編』 完
2022/12/17
